29話 リナ……嘘、だろ…………?
俺とインペリアル・ストライカー・ゴーレムの戦いは、熾烈を極めた。
99層のイン・ストは98層のイン・ストとは何もかもが違い、今まで立てた対策や攻略法は全て水泡に帰した。
幾多もの新技に俺は苦しめられ、全身に強烈なダメージを負った。
それも当然と言えば当然か。
今まで無傷で戦いに勝利し、ここまでやって来られたことが奇跡だったのだ。
敵の攻撃は一つ一つが必殺で、さらに言えば、回避不能技の威力はそれまでの三倍以上のものだった。
俺は脇腹の多段ヒットが無いことを最初に確認すると、短期戦に持ち込むために、これまで以上の最高速で弱点を探りに行った。
つまり、俺は防御装備全てを解放し、文字通り、全部を使い切って、勝利をもぎ取ったのだ。
その際に最も役に立ったのは、ここに来るまでの間に「ワールド越境で役立たずになった」と判断していた「イカロスの靴」だった。
能力の劣化があったとはいえ、第一ワールドで最強の装備品のひとつだ。
姫乃の「幻想灯の欠片」が根岸との戦いであれだけの効果を発動したことを思い出せば、当然の結果とも言えるかもしれない。
俺はイカロスの靴で縦横無尽に駆け回り、イン・ストは何度も俺を叩き落とした。
それでも俺はトライデントだけは解放しなかった。
これは、原始なる滴を破壊するために、さっきーから受け取ったものだからだ。
これを壊せば、これまでの努力が全て無意味になる。
だが、そのせいで俺はリナの回復ではどうしようもないほどの痛手を負った。
俺は全身から血を流し、防御装備のぼの字すらない、初期装備以下の「村人の服」でリナを引きずり、100層へと登った。
そこにあったのは、何の刻印もない門だった。
「あるよな、こういうの……最後の敵は正体を明かしません、みたいなやつ……」
俺は勢いよく門を蹴飛ばした。
「はぁ……はぁ!!! こんな仕打ちがあるかよ!!! これ開けたらなんだ? レベル30000のイン・ストが出るとかそういうオチか? それとも、これまでの経験的に、次は第二ワールド製の新しい強力な魔物か!? 本当に勘弁してくれぇ……!!」
俺は扉の前で崩れるようにして座り込む。
目の前の巨大な門が、俺には実際に見えている以上に、絶望的に大きく見える。
「もう限界だ……これ以上は戦えない……。俺は全ての装備を融かして、99層を攻略したんだぞ? それに対して今の俺はどうだ……? 装備はもうトライデントしかねえ! 身体中血だらけで、傷だらけで、骨も折れてる! 脇腹が滅茶苦茶だ……足も、本当は折れてるんだ……。だけど、どうにか我慢してここまで来た……」
俺は天を見上げ叫んだ。
言葉でない何かを。
誰に向けて叫べばいいのか分からないから、ただ、自分の叫びたいままに叫んだ。
このゲームを作ったのは運営だ。
だが、運営はこんな攻略を想定していない。
10連続の単機でのボスラッシュ……こんなの、トップランカーでも一握り……いや、トップランカー中のトップランカーでも不可能な偉業だ。
だけど俺はここまでやった。
やり遂げた。
「やり遂げてねえよ……」
最後の一体が残っている。
これを倒して、初めて俺はやり遂げたと言うことが出来る。
だけど、出来るか……?
こんな身体で、こんな装備で、この俺に、何が出来るってんだ……?
「姫乃……助けてくれ……」
俺は泣きながら地面に手を付き、そして頭を付けた。
もう、力が出ない。
身体も限界だ。
この一枚の門が、俺にとってはどうしようもなく苦しくて、苦しくて、どうしようもなくって、それでも俺はこれを開けなきゃならないんだ……。
「優くん……」
俺はリナのほうを見た。
まだ無傷のリナのことを。
「お前は……無傷なんだな……」
「む、……無傷じゃないよッッッ!!!! 優くんが私にどれだけ酷いことしたか、自覚が無いの!? 私は、こんなに痛いの、初めてなんだよ!? あれだけ殴られて、蹴られて、もう嫌なの!! 私がどれだけ苦しいか、優くんには分からないでしょ!?!?」
リナの絶叫に俺は呆然と彼女を見た。
「お前が……それを言うのか……?」
リナが痛いというのは分かる。
確かに俺はリナを蹴ったし殴りもした。
だけど、それを俺の前で言える神経は分からない。
「リナ、俺は肋骨が何本か折れてる。足も折れてる。全身に切り傷があるし、左腕は動かない。頭も痛いし、右腕は痺れていて、満足に動かせない」
「それが何!?!? 私が痛いのと何の関係があるの!?」
リナの咆吼に俺は涙が零れてきた。
「お前は……この期に及んでまだエゴを通す気なのか……?」




