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17/32

17話 俺は……まだ、死ねないのか……

 俺はまどろんでいた。


 幼稚園の頃の記憶は朧気だ。

 幼い頃のリナの笑顔だけが、俺の脳に残っている。

 それが、俺の最初の記憶だ。


 小学生。

 俺とリナは仲良しだった。

 漫画の貸し借りをしたり、家で一緒にゲームをしたり。

 運動会の時には家族ぐるみでお弁当を食べたっけ。


 中学生の頃。

 リナを異性として意識しだしたのはこの頃だ。

 天使のような笑顔に、優しい声音。

 誰がどう見たって、リナは最高の女の子だったと思う。


 高校。

 俺はリナに告白した。

 返事はすぐにもらえて、俺は晴れてリナと付きあうことになった。

 毎日が楽しくて、楽しくて、堪らなかった。


 走馬燈のように流れていく記憶の中、俺は自分の人生の虚しさに悲しくなった。


「リナは……俺のこと好きじゃなかったんだな……」


 俺の人生の全ては、リナと一緒に進んできた。

 リナと同じ景色を見て、楽しいことを共有して、これから先もそうやって進んでいくのだと信じていた。

 だけど、リナは俺の事なんて見ていなかったのだ。


「はぁ……俺の人生、なんの意味があったんだろう……」


 思い返せば何もない気がする。

 ただの学生だし、社会人になって少しでも誰かの役に立つようなことをしたわけでもない。

 ただただ無意味に浪費して、リナの周囲でわちゃわちゃ騒ぐだけの目障りなハエだった。

 それが俺の人生だ。


「……ん? これは……」


 俺は記憶の中から気になったものを引きずりだす。


「優さん! 翼竜めちゃくちゃ強くないすか!?」

「飛び立つ時の最初のモーションを狙うといいよ」


「優さん、初心者向きのヒラ講座とかは開かないんですか?」

「良いね! 最近ヒラに興味がある人多いし、ちょっと解説動画でも作ってみるよ!」


「優さん! このアイテムって……」

「優くん、あのダンジョン一緒に行って……」

「優殿! 前のヒラ向けの動画凄く役に立って……」


 ああ、NZOでの記憶か……。

 もう顔も覚えていないようなプレイヤーばかりだけど、確かにこんなやり取りをしたなと思うのはいくつかある。


「この中の、何人がNZO続けてくれてるのかな……」


 もし、一人でも続けてくれているのなら……

 その人の中に、少しでもいい。

 俺のことを、忘れずに……


「優ちゃん!」


 その声に俺は振り返る。

 そこにあるのは姫乃との記憶だ。

 一番古い、初めて会った頃の……


「起きるのじゃ!! 諦めるな!!!」


 俺は姫乃との記憶を掘り返していく。

 思えば、姫乃との時間もそれなりに長かった気がする。


「死ぬな……死ぬでない……!」


 この声は俺の幻聴だろうか。

 それとも、昔こんなことがあったのか……

 俺は姫乃との記憶を眺め、ふっと微笑む。


 姫乃は、NZOを続けているんだ。


 俺が生きた意味は、姫乃の中にある。

 だから、俺はもう……


「諦めるな! この、馬鹿!!!」


 瞬間、俺は微睡みのなかから叩き起こされる。

 瞼を開くと、そこにはぼんやりと姫乃の姿が見える。


 俺は全身水びたしで、すぐ横にはバケツが転がっている。


「昔映画で見たな……バケツで水かけて起こすやつ……」


 これは全部回復薬みたいだけど……。


 瞬間、姫乃は俺に抱きついてきた。


「死んだかと思った……」


「俺も……」


 俺は腹をさすり、まだ完全には塞がっていない傷に痛みを感じて、苦痛に顔を歪める。

 だけど、これも生きている証だ。


 ふと横を見ると、頬を赤く腫らしたリナが座っている。

 ムスッとした彼女のほうを見て、姫乃が言う。


「責任を取って、全魔力をお主の回復に使わせたのじゃ。何度か平手打ちをお見舞いしてやったがな……」


「そうか……」


 姫乃の頬も腫れているため、ふつうに殴り合って実力行使で脅したのだろうと見当は付く。

 俺はリナのほうに向き、呟く。


「リナ……ごめん。俺はお前の気持ちに全然気付けなかった。好きでもないのに付きあって……辛かったんだろ?」


 俺の言葉にリナは顔を背ける。

 彼女は泣いている。だけど、その背を抱くことは出来ない。

 俺はリナの彼氏じゃない。


「山岸の件……悪かった。でも分かってくれ。世界がかかってるんだ……」


 俺は立ち上がり、姫乃の肩を借りて、上層を目指して歩き出す。


「待って……」


 振り返り、リナと顔を合せる。


「私……やっぱり優くんが好き……」


「リナ……。嘘はいい。お前は前にも同じようなことを言って……」


「違うの!!」


 リナは俺の言葉を遮って言う。


「私……本当にダメで……。寂しくなるとすぐに浮気しちゃうし、優くんの気も惹けて一石二鳥だななんて思っちゃう……。でも、それで優くんが傷ついてるなんて、気が付かなくて……」


「リナ、もういいから……」


「優くん、もう許してくれないかもしれないけど……でも、私……」


 リナはぼろぼろと涙をこぼす。

 こどものように……小学生の頃、運動会で転んで擦り傷を作ったあの日のように。


「私……本当に大切なものが何なのか、失いかけて、やっと気付いたの……」


 嗚咽を上げながら、崩れるようにしてその場にへたり込むリナ。

 俺は息をするのも苦しい身体で、リナのほうに向かう。


「姫乃、ありがとう。ここからは……」


「分かったのじゃ……」


 俺は姫乃の肩から手を離し、リナの前で腰を下ろす。


「優くん……優くん……」


「リナ……」


 俺は泣いているリナの頭を撫でてやる。

 小さい頃から、リナはこうすると泣き止んでくれるのだ。


「俺は……疲れたよ。この戦いで全部終わらせて、それから考えたい……。それでも……いいかな?」


「うん……うん……。私待つ……。優くんが答えを出すのを、いつまでも、ずっと待つから……」


「ありがとう」


 俺は立ち上がると、リナに手を差し伸べる。

 リナはその手を取り、立ち上がった。


「さ、行こう。原始なる滴を破壊して、それで、全部終わりだ……」


「うん……。優くん、大好き……!」


 横に並ぶリナと一緒に、俺は最上階を目指し歩み出す。


 リナはクソ女だけど……。

 俺は、性根から腐ってるとは思わない。


 俺はリナの幼稚園からの幼馴染みで、誰よりも彼女のことを近くで見てきたのだ。

 そんな俺だから分かる。リナは本当は優しくて可愛い、裏表のない女の子なのだと。

 だから、俺はリナを見捨てない。


 リナがきっと、自分の気持ちを整理して、また満面の笑みを見せてくれると信じているから。

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― 新着の感想 ―
[一言] 性根まで腐ってると思うがなあ。
[一言] まだまだざまぁが残ってると信じたいですね。
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