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10話 トライデント

「さっきー……?」


「って思うじゃん? ほらほらみんな集まって~!笑」


 さっきーの掛け声に一斉に声が上がった。


「どっきり~! 大成功~!!!」


 は?

 はぁ……???(困惑)


「いやぁ、状況が状況だしさ! ちょっとした遊び心があったほうがオタクくんも楽しいかなって思ってさ! ね、みんな!」


「「「ウェーイ!!!!」」」


「いやいや待てやオイ!!!!」


 俺の叫びに通信の先の空気が淀む。


「え、何……? どこから……? どこからなの……?」


「え?(笑) 何が?(笑)」


 俺の至極当然の疑問にさっきーは半笑いで質問を返す。


「いやだから、どこからがドッキリ……? 銃撃戦は?」


「いやだからドッキリだって! オタクくんビビりすぎ!笑」


「え、じゃあデスゲームも嘘……?」


「いやそれはマジ(笑)」


 そっちはマジなんか~いwww


 じゃあ普通にドッキリやってる暇なんかねえだろうがよ。

 何も状況変わらんわ。

 結局命の危機だし。


「そう……で、何? 武器がどうとか言ってたけど、何くれんの?」


 命に関わる冗談は疲れるからやめてほしい。

 ってか今日あまりにも厄日過ぎるだろ。

 嫁は寝取られるわ間男には殺されかけるわ、挙げ句の果てにはテロリストの人質にされて……。


「さっき送ったデータ見て! 二つあるけどデータ転送の容量の都合で片方しか選べないけど!!」


 俺は送られてきたデータを解析し、その二択を表示する。


 絶望の槍・ロンギヌス

 不倫の槍・トライデント


「嫌な二択だな! てか片方著作権引っ掛かりそうじゃねえか!!」


 てか不倫の槍てなんやねん!

 いい加減このネタ擦りすぎなんだろ。


「オタクくん不倫されたんでしょ?笑 みんなで元気出してもらいたくてこの名前にしたんだ~!笑」


「お前もしかして俺のこと嫌い? 悪意しかねえだろ!」


 しかし絶望と不倫の二択だったら不倫のほうがマシな気がする。


「お主はよせんか……!!! こっちが持たん!!」


 姫乃の叫びに忘れていた現実(ゲーム内)のことを思い出す。

 根岸と姫乃の激突は熾烈を極め、体力的に姫乃がキツそうだ。


「すまない姫乃……。よし、決めたぞ……」


 俺は不倫の槍・トライデントを選択した。


 結晶に魔力が集中し、激しい煌めきが放たれる。

 降り注ぐ雪のようなエフェクトに周囲に舞う魔力の風。

 大仰な専用BGMが流れ始め、俺の手元に槍が形成されていく。


「演出長い!! 演出長いって!!!」


 天からは天使が現れ、キューピッドたちがラッパを吹く。

 一方で大地は割れ、赤く煮えたマグマの底から地獄の魔王が現れる。


「何……!? 緊急時なんだから演出スキップさせて!!!」


「オタクくん慌てすぎ(笑)」


「お主早くしてくれ!! もう持たんぞ!!!」


 姫乃が泣きそうな声で助けを求めるが、トライデントは未だ完成しない。

 こちらの体たらくに勝利を確信した根岸はニヤリと笑い、後方へと飛び天使狩り(エンジェル・ハント)を天高く掲げる。


「地獄の門よ、悪虐なる悪魔の王よ、今この剣の下に全ての不義を集結せよ。怒れ、嘆け、苦しみ叫べ!!! 天より来たりし者の眼を、光をも呑み込む深淵の闇で潰し給え!!!」


 スペル――!!!

 なっっっっっがwwwwwwwwww


 明らかに即応性の低い技ではあるが、そのぶん威力は高そうだ。

 アレをくらえば俺も姫乃も生きては帰れない……。


「優ちゃん……槍はまだか!?」


「すまない姫乃……なんか生成のための特殊イベント始まった……」


 俺は手元に現れたパズルゲームを解きながら姫乃に半泣きで謝罪する。

 姫乃はこちらに見切りを付け、手に入れたばかりの大盾のスペルを唱え始めた。


永久(とこしえ)より伝わりし善なる想い、希望紡ぐ英雄の信念……過去が現在を紡ぎ、現在が未来を照らす。英雄は時を超え全てを照らす光なり! 現れよ、奇跡の城壁!!!」


 姫乃のスペルにより光の城壁が築かれ、それに対し根岸のスペルによる光の閃光がぶつかる。


「ここで死ねぇええやぁああああああ!!!!!」


「ッ……!!!!!」


 叫ぶ根岸。

 耐える姫乃。


 究極と究極。

 その激しいぶつかりあいを前に、俺はパズルゲームを解き終え、次はテトリスをやっていた。


「早く終わって……(泣) はやくぅ……(泣)」


 俺はテトリスのレベル999をやっとの思いでクリアし、姫乃に叫ぶ。


「姫乃! 今行く!!」


「早く……はぁ……! はぁ!!!」


 城壁にヒビが入り、そのヒビから閃光が激しく暴れ狂う。


「おめでとう! この槍は晴れてキミのものだポン!!」


 なぞのマスコットキャラクターが何かを言っているがイベントは全部聞き流していたからコイツが何か分からない。


「アポロニアは悪魔たちの巣窟……。自らの力に驕った神は配下の天使たちに」


「うるせぇ!! スキップさせろや!!!」


 この期に及んでまだ続くイベント。

 俺は謎のマスコットの悠長な話を全て血眼になりながら聞き、限界を迎えようとしている姫乃に心の中で懺悔した。


「もう無理じゃ……。もう……すまん……。すまん……」


「ヒャヒャヒャヒャ!!!!! 死ね死ね死ね死ね死ねぇ!!!!」


 城壁が壊れる。

 姫乃の腕はずたずたに裂け、鮮血が滴り、閃光が広がっていく。


 視界の中、広がっていく光。

 姫乃はそこに死を悟っていた。


「勝ったぁあアアアアア!!!!!!!」


 根岸は勝利を確信し、砕け逝く天使狩り(エンジェル・ハント)を最大で解放する。

 光の城壁が砕け散り、閃光が目の前の全てを飲み込み破壊する。


「あひゃひゃひゃ!!! もう終わりだァ!! これでリナは俺のもの!!! 残念だったなぁ~優くぅん! それに姫乃ォ!! これからのNZOは絶対強者の俺が唯一のトッププレイヤーとして君臨する時代だぜぇえあああああ!!!!」


 よだれを撒き散らし獣のように絶頂しながら叫ぶ根岸。

 勝利の快感に白目を向きあまりの気持ちよさに股間からは白濁液が滝のように流れている。


「あひゃぁあッ!!! ンぎもぢぃいいいいい!!!!」


 刹那、根岸の視界に、閃光の範囲外でこちらを睨んでいる姫乃の姿が映った。


「……え?」


 完全に当たっていたはずだ。

 あのタイミングで外れるはずがない。


 なのに、閃光の辺り判定の外側で姫乃はぐったりと木の幹に身体を預け、こちらを睨んでいる。


「ナンデダ……? アレ……? エ……? アレェ……?」


 ありえないありえないありえないありえない……。

 だって、瞬間移動でもなければ躱せるはずがないのだ。


 姫乃は勝利を確信した瞳で、根岸を蔑むように見つめる。

 その視線に根岸は必死になって言い訳を紡ぐ。


 今の一撃で殺せるはずだった。

 何もかもが完璧なはずだった。

 今を以てまだ有利であることに変わりはない。


 でも、なぜ……?


 閃光は躱せない。

 辺り判定を無視できるスキルでも無ければ……。


()()()()()()()()……」


 背後、根岸は恐れ戦いた表情で振り返る。


「あ! あぁああ!!! そんなぁあああああ!!!!!」


 ()()()()


 俺はトライデントを振り抜き根岸の両腕を切断した。


「運が悪かったなぁクソアタッカー一位!!」


 回し蹴りを腹にぶち込み木の幹に叩きつける。

 絶叫しながら地面を這う根岸の腹を三叉槍で貫き、それをグリグリと、鍋を煮詰める魔女のようにかき混ぜる。


「ぎゃああああひえええ死ぬ!!!たすけてぇえええ!!!!」


「リナのこと謝っとけばよかったなぁ!! オマケに姫乃に酷いことしやがって……よぉ!!!」


 勢いよく槍を引き抜き、もう一度ぶっ刺す。

 血飛沫が舞い根岸は発狂する。


「ああぁああああ違う違う違う……違ぁう……」


「何が違うってんだオラァッッッ!!!」


 何度も何度も槍を突き刺し、俺の奥にある恨み辛みを吐き出していく。


 リナを奪われたこと。

 リナとの思い出を穢されたこと。

 リナを利用してアイテムを盗み、あまつさえそれを売り払ったこと。


 そして、姫乃を殺そうとしたこと。


「オラなんとか言ってみろや悪党が!! テメェのしたことの懺悔を今ここでするんだよォ!!!」


 血塗れの根岸を蹴っ飛ばし、仰向けにさせてやる。


「チッ……さすがは一位だな。無意識に防御してやがる」


 殺す気で刺していたのだが、まだ息はあるようだ。

 ひゅーひゅーと苦しそうに息をする根岸の口許に耳を近付ける。


「言い残すことはあるか?」


「り、な……」


「ああそうか、死にてえか」


 俺はトライデントを構え、根岸に振り下ろす。

 その瞬間、後ろから抱きつかれた。


 誰に……?


「姫乃……?」


「もう……死んでおる」


 泣きながらそう言う姫乃に、俺は呆然と根岸を見下ろす。

 根岸は既にボロ雑巾のようになって果てていた。


 最後の呟きが俺の幻聴だったのか、それとも本当に根岸の断末魔だったのか、今となっては分からない。


「これ以上は……やめて欲しいのじゃ……。お主がお主でなくなってしまう……」


 優しい優ちゃんでいてほしいのじゃ……。


 そう言って、姫乃は俺の背中を抱き泣いている。

 俺はトライデントを下ろし、地面を見た。


 地で染まった地面が赤黒く濡れている。

 月の灯りがやけに眩しい。


「夜ってこんなに明るかったっけ……」


 俺はふとそんなことを呟いていた。


 夜が明るいのではなく、それを見る俺の心がどす黒く染まってしまったから、そう見えているだけじゃないのか……?

 夜よりも暗い黒に染まったから、そう見えるだけなのでは……?


「何やってんだろうな、俺……」


 そう呟き、俺は姫乃の手に触れた。

 血だらけの手がとても温かくて、だけど、その震えに涙が止まらなかった。


「ごめん……ごめん……」


 姫乃は俺のことを優しいと言っていた。

 俺に憧れてタンク一位になったと言った。


 俺はそんな奴じゃない。


「俺は嫁を取られて頭がおかしくなっちまった。脳が壊れちまったんだ。だから、もう俺に憧れるのは辞めてくれ。俺は優しくないし、何もない。俺と一緒にいてもお前には何の得もない。俺に憧れたお前を貶めるだけだ」


 姫乃の手を離させ、森を後にする。

 俺は……これからどうすればいいんだろうな。


 後ろ手を引かれ視界が揺れる。

 一瞬、頬にヒリヒリとした痛み。


 ……あれ、俺叩かれたのか?


「……なんじゃ臆病者」


 ああ、そうか。

 姫乃は俺をぶった手をさすり、泣きながらこっちを見上げた。


「お主がそんな恥知らずだとは知らなかったわ!! 自分を卑下して悲劇のヒーローにでもなったつもりか? わっちはお主にだけは同情せん。お主は卑怯者じゃ!! わっちを憧れさせるだけ憧れさせて!!! それで、少し都合が悪くなったら憧れるのを辞めろじゃと……? 無責任にもほどがある!! 反吐が出るわ!!!」


「ああ、その通りだよ」


 俺の解答に姫乃は歯軋りし、再度俺の頬を叩く。


 痛いな。

 なんだよ、お前が勝手に憧れたんだろ。

 俺は本当のことを言ってるだけで、お前はもう俺と関わらないほうがいい。


 それだけの話じゃないか。


「ひどい。ひどい、よ……」


 そう言って姫乃はぐすぐすと泣く。

 ぼろぼろと溢れる涙が地面に落ちて、嗚咽を漏らしながら目元を擦る。


「私は……なんなの?」


 俺はその言葉に、彼女の瞳に思わず息を呑んだ。


「だって……私は今優ちゃんに助けられたんだよ……? あのままだったら絶対に死んでた。優ちゃんが私を助けてくれたんだ……。それなのに……」


 違う。

 俺がいたから襲われたんだ。

 それに、別に助けたわけじゃない。


「根岸を殺しただけだ」


「だけど、私を傷付けたこと怒ってた……。"だけ"なんてことない……。それなのに全部自分が悪いみたいに言うの……ひどいよ……」


 俺は何も言わずに俯く。


「私から憧れを奪って、助けておいてそのまま置いて行くの……? 私は、ずっとずっとあなたと一緒に戦いたくて、一緒に遊びたくてここまで来たのに……?」


「……」


「責任取ってよ……っ! そんなに悪人になりたいなら最初から助けなければよかったのに……っ! 武器なんてくれなければよかった! ダンジョンに置き去りにすればよかった! 何も教えないで、放っておいて、関わらなければよかったじゃない!! でも、あなたは私を助けるんでしょ……?」


「……」


「だったら最後まで責任取って……格好付けてヒーローのフリしてよ。私はあなたが悪人でも知らない。だって、あなたは私を助けてくれるから」


 ……。

 夜空が眩しいな。


「なんで泣いてるんだ?」


「え……?」


「泣かなくていい……。俺がいるから。さ、これを使って」


 ハンカチを渡し、俺は姫乃の背をさすり、微笑む。

 姫乃はハンカチを受け取り涙を拭った。


「街に戻ろう。夜の森は危険だけど、安心して。どんな敵が来ても俺が絶対に守るから」


「……!」


 姫乃は俺の意図に気付いたのか、少し息を呑み、それから嬉しそうに微笑んだ。


 まったく、これだからファンが多いと困るんだ。

 だけど、俺はちやほやされるためにNZOをやってる側面もあるからな。


 だから俺は今日も抜かりなくファンへのサービスを欠かさない。

 だって俺はNZOの中では勇者だからな。


「ついてこい」


 そして好きなだけ憧れろ。

 カッコいいとこ見せてやるからよ。


「どこまででも……ついていくぞ!!」


 背後から聞こえるその声に、俺は嬉しくて少し泣いた。

 だけど、この涙は姫乃には見せない。


 格好悪いからな。

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