「新たな来訪者」
学業優先していたため、しばらく放置していました。すみません。
30話「新たな来訪者」
見覚えのある、暗い石造りの部屋。壁沿いに松明が置かれ、部屋の隅には、怪しげな凶器達が並べられた机が置かれている。
ソフィーの全てが変わったあの日と同じ、あの部屋だ。
彼女は、部屋の入口の扉を背にして、立っていた。
すると、背後からコツコツと階段を降りる足音と共に声がした。
「こんな奴が悪魔なのかよ。角以外ただの男じゃねぇのか?」「気をつけろ、こんなナリだが、1人で王都を丸ごと滅ぼせるからな。」「えっ、そんなに強いんですか…」
黒いマントの二人の男が1人の男の腕を掴んで扉を開けて、部屋の中に入ってきた。掴まれている男に意識は無く、手足は鎖で拘束され、ソフィーがされたのに似た首輪を付けられている。
本来なら、扉が、ソフィーに当たって突っかかって開くわけがない。だが、ソフィーの体は霊体の様にすり抜けてしまった。
「ひっ?!」
すり抜けた瞬間気味が悪くて、声を上げてしまった。だが、男たちには聞こえていない様で、何一つ反応することなく連行してきた男の腕を、部屋の中心に天井から下げてあった鎖に繋いだ。
鎖に繋がれた事で下を向いていた体が持ち上がり、最初は分からなかった顔が、松明の光によって、ソフィーに見えるようになった。
それは、ソフィーもよく知る赤髪の、角の生えた美青年の顔だった。彼女が会った時よりも幾分か健康的な身体をしているが…
アガレスは、凄まじい形相で自身を部屋に連れてきたマントの男を睨んだ。
「おいおい、怖い顔すんなよ、元はと言えば、悪魔のくせに人間なんかを信じようとしたお前が悪いだろ。」
「なんで…ダンタリオン…お前がこの国に…お前も…」
アガレスが何かを言いかけた瞬間、ダンタリオンと呼ばれた男によって、アガレスの腹に蹴りがお見舞いされていた。
「うぐっ…」
「捕虜は大人しく黙ってろ。おい、さっさと始めるぞ。」
「はっ、はい…」
ダンタリオンに言われてもう一人の男は、若干怯え気味で、机の凶器達の方に歩いていき、お肉屋さん等でよく見かける包丁に似た大きめの刃物を手に取り、それをダンタリオンに渡した。
「さてと、どうせ簡単に死なないんだから、楽しませてくれよ!」
語尾で声を上げて、ダンタリオンはアガレスの胴と腕の繋ぎ目に向かって、手に持っていた刃物を振り下ろした。
(こんなの…おかしいよ…なんで、アガレスは人を傷つける気なんて無いのに…)
ソフィーは振り下ろした瞬間、思わず目を閉じてしまった。
人を信じ、歩んで行けるという思いを踏み躙られたアガレスの姿は、やはり、自身に重なるものがあった。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「はっ…」
アガレスの肩に刃が当たる瞬間、ソフィーは目を覚ました。
夢のせいで息が荒く、じっとりと汗までかいていた。
「わっ、ちょっ!」
本人は、実家から持ってきたベッドで寝ていると思っていたが、実際は違い、机で作業していたまま寝落ちしてしまった。パジャマに着替えてすらなく、昨日着ていたワンピースのままだった。
寝ているのがベッドだと勘違いし、寝ぼけてバランスを崩し、椅子から転げ落ちた。
「痛た…」
普段はレイも呆れるほど寝起きが悪いソフィーだったが、椅子から落ちたおかげで瞬時に目が覚めた。
尻を擦りながら、よろよろと起き上がり、机の方に目を向ける。そこには、小さな暗い灰色の鎖に繋がれたネックレスが2つ置かれていた。ソフィーのアイデアで決めた、三日月の欠けている部分に宝石をはめ込むデザインだ。
1つ目は金色の魔石が取り付けられ、2つ目は、1つ目と違って魔石は取り付けられておらず、空洞になっている。
(なんだっけこれ…)
“通信用の付与をしたオリハルコン製のネックレスだ。主のは、宝石状態の地獄之炎鎌をはめ込む事にしたはずなんだがな…設計は我だがこれを思いついたのは主だぞ?“
ソフィーの率直な疑問にアガレスが瞬時に答えた。
(ん…覚えてない…それより二度寝したい。)
頭の中で会話をしながらソフィーは自身のベッドの方に歩いていく。
“はぁ…主よ…自覚はあるか?”
(何が?)
“主の王都に居た頃の記憶を覗いたが…”
(…覗くとか…えっち…)
“そ、そうじゃなくてだな…最近、自身の生活習慣が怠惰になったという自覚はないか?”
(うーん…)
気づけば、クトル村の双子マナとルナと出会ってから、およそ半年が経過していた。
最初はぎこちなかった、かつてアガレスが使用していた住処での生活も、ソフィーもレイも大分慣れていた。
王都や屋敷の頃と比べると、やはりどうしても不便に感じてしまう所はあったが、そこはソフィーの魔法を工夫して解決をして上手いことやりくりした。
収入は、魔物の素材を村にある小さめの冒険者ギルドに買い取って貰うことで得ることにした。基本的にソフィーが行なっている。
冒険者登録は逃亡中の身のため、足がつく可能性を危険視してまだしてはいない。買い取りだけは未登録でも大丈夫だった。
ギルド側に怪しまれるとあれなので、平凡なソフィー位の容姿の魔法使いの少女が倒せそうな魔物だけを倒して、持っていき、それより強い魔物は、自分の魔導具等の制作の素材にに用いた。
普段は住処で過ごし、深夜まで読書や魔導具制作に没頭し、日中はぐうたら過ごし、時折気が向いたら、魔物狩りや、村のマナとルナに会いに行く。
確かに、今の彼女には、肉体的にも精神的にも休養に近いものが必要ではあるが…
(そんなに怠惰かな?)
“自覚が無いのか…じゃあ説明してやろう。起きるのは、レイに起こされなければ、昼前まで寝ているだろう。夜更かししなければいいものを…服装も、せっかくレイが用意してくれたのに、大体いつも同じような緩い服ばかり…魔物狩りも面倒くさがる…これのどこが怠惰じゃないと言うんだ?来た当初はまだあれだったが、段々と雑になってきているぞ。”
(なんか、最近アガレスが私の保護者みたい。)
“主がそんなだからだ。そうでなければ口出しはせん。”
(はいはーい、分かりました。ところでさ、このネックレス完成してるの?)
“後、少しだ。とりあえず、地獄之炎鎌を取り出せ。(主、完全に話をそらしたな。)”
(わかった…)
右手のひらを上に向けて、心の中で何を取り出したいか魔力を用いて念じる。すると、黒い魔力の帯に似た物に球体状に包まれ、現れた。以前なら、アガレスに任せ切りだった収納も、数ヶ月かけて、自力で出来るようになっていた。
黒い魔力に包まれて現れたのもつかの間、1秒もかからずに魔力は霧散して粒子になって消え去った。手のひらには宝石状態の地獄之炎鎌が残っていた。
キラキラ輝く宝石とは違い、石の中には禍々しい瘴気が漂っている。
そして、ソフィーは石を空洞だった方のネックレスの金属部分にはめ込んだ。
三日月のデザインと合わさり、赤い禍々しい満月になる。
“最後に、両方のネックレスに主の血液を垂らせば完成だ。”
(血?)
“あぁ”
(やだ。)
“何故だ。”
(痛いんだもん。)
“なっ…今更そんな事を言うのか…既に比べ物にならないくらい痛い目にあっているだろ!”
(そうだけど…)
思い当たる節が多過ぎた。
“そうだろう?早く終わらせるぞ。”
(はいはい…)
嫌々ソフィーは氷の針を生成し、ちゃんと利き手とは逆の左手の人差し指にぷすりと突き刺し、すぐさま抜く。
「いっ…」
抜いた穴からすぐに赤黒い鮮血が溢れ出す。それをアガレスに言われてた通り、2つのネックレスの宝石に垂らす。
垂らした瞬間、ほんの一瞬、光輝き、隙間のない固形物の宝石と魔石であるにも関わらず、中に染み込んでしまった。
まるで、石がソフィーの血液を受け入れたかのようだった。
(終わり?)
“あぁ。これさえあれば、遠距離での会話も可能だ。レイ用のは、この住処に入る事も出来るようにした。”
(そっか、なんか…ありがと)
“礼は生活習慣を直す事で示してくれ”
アガレスのその言葉にはわざと反応をせず、ソフィーは立ち上がり、レイを探した。
「レイー!」
語尾が上がっているその声に反応して、流し台の前にいたレイが振り返った。
“(また無視しよった…はぁ)”
「あっ!お嬢様、おはようございます!やっと起きたんですね!」
「うん…おはよ…あのさ…頼まれていた扉のやつ、完成したよ。」
目を擦りながら、元は隠し部屋だった現在はソフィーの個室として用いてる部屋から、ネックレスを片手に、今は食事等に用いている部屋に入る。
来た当初は、おそらく、アガレスが捕まる前に使っていたであろう書物や魔導具だらけだったのを片付けるという名の全てソフィーの中に収納をし、今では非常に家庭的な、以前より清潔感のある空間になっている。
レイは、魔導具のコンロで加熱している鍋の中身をかき混ぜながら、ソフィーの振り返って挨拶をした。
「扉のやつ…?あっ、来た時に頼んでたやつですね!ありがとうございます!とりあえず食べてから見ますね。今スープを温めているので。座っててください。」
そう言って、鍋から、村で調達した木の器に盛り付ける。
「ん、分かった。」
その日の朝ごはんは、野菜と鶏肉のスープと、パンだった。
「ふぅ…温まる…」
スープを1口飲んだ時、心の声が漏れてしまった。
「ふふっ、良かったです。薬草とかも煮込んでるので体にも良いんですよ。」
そう言って、レイは、微笑んだ。
「確かに…なんかポカポカする…」
その後も雑談をしながらの食事を済ました。
「それでお嬢様、そのネックレスが頼んでいたのですか?」
ソフィーが渡したネックレスをじっと見つめる。
「綺麗…」
「そう、この部屋にも入れるようにした。あと…」
「あと…?」
ソフィーが言いかけたのに対して神妙な顔をした。
「まだ試してないから、分からないけど、離れたところでも会話が出来るはず。多分ね。」
「えっ?そんなことが出来るんですか?」
流石に驚きを隠せていない様子だ。
この世界にも通信用の魔導具は存在しているが、それは軍や貴族が持っているような高価な物で、簡単には作ることも手に入れることも出来ない。更に、ネックレスの様な小型の物は存在していなかった。
ソフィーとアガレスの共同制作のこのネックレス…異世界版携帯電話?に近いものだが、原理はいまいちソフィー自身も理解しきれてはいない。
仕組みとしては、ソフィーの魔力この場合は、血液を用いて、2つのネックレスを繋いでいる。転移魔法を応用し、通話亜空間を経由してアガレスが繋ぐ。
簡単に言うと、前世の携帯会社の役目をアガレスが果たしている状況に近い。
本来記憶の中にある場所に転移する魔法だが、そこを応用し、ネックレスの血の魔力と、通信相手の魔力を座標にし、音声を繋ぐ。
その音声は魔力を利用して、テレパシーに近いやり方なので、お互いの声が他人に聞こえる事は無い。
ここの設計に苦労した。どうすれば盗み聞きを防げるか。庶民が小型の持ち歩ける通信魔導具なんて物は世間には知られていない。知られた時は大騒ぎだ。設計はおそらく、ギルガゼイヤが居ない今はもう、ソフィーとアガレスにしか出来ない。万が一普通の人間がやろうとして闇魔法に呑まれたら危険だ。
そこで、考えた末に出した結論は、口に出さない会話の方法だ。つまり、ソフィーとアガレスの会話のやり方だ。
人体に悪影響を与えない微量の魔力で直接脳に入り、口に出さずとも、頭の中で会話をする。
アガレスの存在はレイにも教えてないので、魔導具の会話は別チャンネルに近い扱いにしてもらった。
元は、ソフィーが居なくても出入りが出来るようにするための物だったが、アガレスのアイデアで通信機能を追加した。
今後の生活の上で、万が一離れたところでトラブルが起きた時の為の備えでもあった。
アガレス曰く、72柱の悪魔達も全員、似たような通信用の魔導具の宝玉を持っていたらしい。アガレスが持っていたのにも結果的には71柱全員分の血が垂らされていた。
血を垂らすのもその時にした手順だった。ただ魔導具を所持しているだけでは、相手の座標が分からず、繋がらない。
人間達が、使っているのはこの技術の劣化版と言える。2つの魔導具の宝玉を対にして用いるため、血を垂らす必要はない。代わりに通信中は多くの魔力を注ぎ続ける必要があるため、会話中は魔法使いがいなければならない。
加えて、対の魔導具以外とは連絡を取ることは出来ない。軍務局にも、遠征等で持ち出した魔導具の宝玉と対になるのを置いておく部屋があった。
そのため、もし、今後このネックレスで会話をする相手が増えたとしても、更にソフィーの血を垂らした魔導具を用意すれば、その相手とも連絡することが出来る。
人間とは比べ物にならない優れた魔法操作能力を有していたアガレスであること、使用しているのが、この世界で1番魔力を通し易い物質のオリハルコンである事が可能にしたと言える。
何故、亜空間を用いて繋ぐこの技術が人間に伝わっているのかは、アガレスにも分からなかった。
「ありがとうございます、お嬢様。頼んだのが大分前だったので、すっかり忘れられていたと思っていました。」
(あっ…)
“…”
何も言わずとも、アガレスが呆れているのが、ソフィーにも分かった。
「遅くなってごめん…」
若干顔の温度が上がっているのを感じる。
「いえいえ、とんでもないです。大事にさせていただきますね。」
そう言って、金具を取り外して、手を首の後ろに回してネックレスを付けた。
「あっ、お嬢様のも私が付けますね。」
そう言ってレイは立ち上がり、ソフィーの後ろに回った。
そして、ソフィーの首にネックレスをかける。
「ほんの少し魔力を魔石に送りながら、私に話しかければいいから。慣れるまでは大変だろうけどね。後で練習しましょ。」
「そうですか、分かりました。」
「後なんか、分からないことある?」
「えっと、なんか…」
「ん?」
「お嬢様のネックレスの魔石って私のと違いますよね?」
「えっ、あ、うん…」
(流石に言えないよね…絶対心配するだろうし。)
「まぁ、何となくですよ?私はお嬢様程魔法に明るくないので…それでも、この石の魔力が特殊なことくらいは分かります。」
「私にも上手く説明しずらいんだけどね。この眼の持ち主の物だから。分かったら教えるよ。」
「あっ…はい…分かりました…」
レイの返答は完全に納得できたものではなかったが、これ以上追求して来なかった。
「さてと、じゃあ、ちょっと村に行ってくるね。ネックレスに不具合があったら教えて。」
ネックレスをシャツの中にしまいながら立ち上がる。
「お嬢様、着替えは…昨日のままですよね?」
「いいよ、そんなに汚れてないし。」
そして、自分の食器を水のためた盥の中に置いて、レイの声に対して右手を振りながら、扉を開けて、出ていったしまった。
「はぁ…」
レイはため息をついて、食事の後片付けを始めた。
「お嬢様可愛いんだから、もっとおしゃれに気を遣えば良いのに…」
それは本心だったが、もしかしたら、今の彼女はそれどころじゃ無い程の苦しみを抱えて生きているんじゃないか、と心のなかで自身に問いかけていた。
そして、ソフィーがまだ何か隠してもいるんじゃないかと察してもいた。最近は1人自室に籠ることが多い。一緒に居ても、時々上の空で1人の世界に入っている時もある。
ソフィーの首に下げられた石もそうだ。
(1人で抱えずに教えて欲しいのが本音だが、こちらから問うよりも、お嬢様自身の口から教えて貰うのが1番なのかもしれない…)
そして、レイは、自身が仕えると誓った相手の負担をほんの少しでも代わりに負いたいと強く感じるのだった。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ソフィーは、外に出てすぐ、クトル村の街道のすぐ近くの茂みに転移した。そこから、道に出ることで、あたかも森の中から出てきましたよと示すためだ。
相変わらず、村の外からの人の出入りは少なく、正に辺境の集落だ。道はある程度整備されているが、ソフィー以外誰も歩いていなかった。
最初は、王宮での事件のトラウマで人と会うだけで具合が悪くなる程、人間恐怖症に近いものになっていたが、半年かけて段々と克服する事が出来た。
そこまで至ることが出来た要因は、マナとルナを置いてほかに居ない。レイと同じ獣人だった事もあり、2人には直ぐに心が開くことが出来た。
そして、2人の周りの人間関係と触れる事で、段々と彼女の中で凍りついていた心が溶けて行った。今では、ある程度は1人で買い物等も出来るようになった。
レイは、転移魔法が出来るのを知っているため、突然のおつかい等を彼女に頼むことも増えた。
だが、それでも警戒は怠らない。アガレスの力を手にして魔力探知は格段に成長し、半年鍛えたおかげで、今では、クトル村全域をカバーしている。
村に王都時代の知り合いや、王国軍の兵士が居たりすれば直ぐに分かる。
ちなみに、この魔力探知は、常に発動させている。簡単に言えば、飛行機や船のレーダー探知機に近いだろう。
決して少ない消費では無いが、回復するのに長くはかからない。アガレス曰く、転移魔法の方が消費は多いとか。
更に、アガレスのおかげで、その魔力探知は、ソフィーが意識していない所で行われている。
彼女の記憶の中で、彼女に敵対した者、アガレスの知っている悪魔側の者に分類される者が魔力探知圏内に入った時のみソフィーに伝える。
おかげで、意識を探知に向ける必要も無く、精神的にも幾分か安心することが出来た。
丸太で出来た魔物が入るのを防ぐ柵の途切れた、村の入口に入る。王国軍ではない、村で雇われた冒険者の門兵に軽く会釈をした。この兵士はマナとルナが攫われそうになった事を受けて依頼をして雇ったそうだ。
村の中は多少賑わっており、様々な商店で買い物をする村人がちらほら目に入る。
“主よ、大分人馴れしたではないか。”
(確かにね…そうかも…)
軽く返事だけしてその後も村の中を歩き回った。
時折知り合いと会うとちゃんと挨拶をした。
そして、ふと、ぽっと湧いたように思い出した疑問をアガレスに投げかけた。
(アガレスさ、)
“何だ、主よ”
(ダンタリオンって名前に聞き覚えは?)
“やっぱり覚えておったか…”
(屋敷を襲った王国軍の兵士を差し向けた奴の名前だったよね。)
“あぁ…”
(で、誰なの?その反応は知ってるんでしょ?)
“あぁ、やつは…”
アガレスが自身に主の問いに答えようとした時だった。
村の魔物が襲ってきた時の警告用の鐘の甲高い音が鳴り響いた。
(アガレス、何?)
“主よ、上だ。速すぎて探知した途端だった。”
そう言われて、顔を空に向けると、そこには、漆黒の巨大な竜が立派な翼を羽ばたかせて飛んでいた。
以前王都でソフィーが倒した飛竜の2~3倍の大きさはある。
その竜は村を興味を示すことなく、襲わずに通り過ぎて行った。
そして、向かって行ったのは…
(あっちって…)
“我らの住処だ…”
(これってまずいよね。)
“あぁ…だが…”
(だが?)
“いや、何でもない。”
アガレスが変に誤魔化すのは一緒に過ごしていても滅多に無かったので、ソフィーも直ぐにその異変に気づいた。
(何なの?あの竜とは知り合いなの?)
“とりあえず、会えば分かる。”
(なら良いけど、向こうが襲ってきたらその時はやるよ。)
“あぁ…(あの魔力…やはり…)”
村中は先程の竜のせいで大騒ぎだ。村の中に居た冒険者達はそれぞれ武器を手に警戒をする。他の村人達は怖がって自分達の家に隠れた。
(とりあえず住処に戻ろう。)
“あぁ。”
村の中で転移は出来ないので、村の外に走る。
急いで戻りたい所だったが、その彼女を追ってくる者が居た。
「ソフィリアお姉ちゃん!」「お姉さん!」
「えっ?!2人とも!」
声をかけてきたのは、マナとルナだった。
「ほら、危ないから家に戻って。」
「お姉ちゃんは?」
マナが、怯えた表情でソフィーに尋ねる。
「私もこれからお家に戻るところだよ。」
「うそ、あの竜の所に行くつもりでしょ。」
ルナが痛いところを突いてきた。
「い、いや、流石に私もそれはしないよ。さっ、2人ともお家に戻って、ここも安全か分からないから。」
「わ、分かった…」
マナが若干しょんぼりした様子で返事をした。
「本当に戦おうなんてしないでね。」
ルナが更に念を押す。
「分かってるよ。じゃあね!」
手を振って2人と別れて、再度走り出す。村の外に出て、来る時に転移した茂みの所まで来る。
そして、躊躇う事無く住処に転移する。
竜の事で、それどころじゃ無いが、ソフィーの転移魔法の扱いも以前より上手くなっていた。
アガレスの補助があるのは変わっていないが、それでも自身の覚えている所にまで転移するのに所要する時間は減っていた。
そして、この時も直ぐに住処の扉の外の岩場に転移する事が出来た。
だが、やはりここでも転移魔法の弱点が出てしまった。屋敷の時と同じだ。転移魔法は転移先の状況は、その場に行くまで知ることが出来ない。
住処の前に転移した時、目の前には、木々を押し倒して、4本足で力強く立つ、漆黒の竜が居た。よく見ると、その竜の立派な牙の生えた頭の近くに1羽の赤い鳥が羽ばたいている。
「いや、あの、わ、私は…こ、攻撃する気はありません…」
“主よ、落ち着け。”
(この状況じゃ無理だって!)
「お嬢様!下がってください!」
剣を手にしたレイが住処の中から現れ、竜とソフィーの間に立ちはだかった。
「私達に、何の用ですか?」
“主よ、こいつらは…”
アガレスが何かを言いかけた瞬間だった。
「えっ…?!」
突然、目の前の巨大な竜の体が、真っ黒の帯に似た魔力に包まれた。そして、それはどんどん小さくなっていく。帯の隙間からは金色の光が零れる。
そして、その帯がするりと消えると、そこには黒髪黒スーツの執事の様な姿の1人の男が立っていた。首元に一部だけ鱗の肌があるだけで他は人間とさほど変わらない。見た目は2、30代くらいの男だ。
そして、その男はその場で跪き、ソフィーに頭を下げた。
一緒に居た鳥は、男の隣に来ると、先程と似た黒い帯によって体を包み、今度はどんどん大きくなってゆき、その中からは体長2メートルを超えるがっしりした体格の、黒い毛並みのオオカミが現れ、男の隣に地面に足をつけたと同時に頭を下げて、前世の犬で言うところの「伏せ」をした。
そして、男が口を開いた。
「魔王軍配下第2位にして我らが主、アガレス様、ご復活おめでとうございます。このアズラエル、遠くの地で貴方様の魔力を感じ取り馳せ参じました。」
アズラエルと名乗った男の声は力強く、どこか優しさの感じ取れる威厳のあるものだった。
「へ??」
ソフィーの脳内は、先程の恐怖を上書きするかのように大量の疑問が押し寄せていた。
To Be Continued
やっぱり竜は異世界のお決まりよ。