「初めての…」
20話「初めての…」
【国王との謁見から数十日後】
ソフィーは軍務局の正面の入口の前に立っていた。
普段と違って、魔法使いのローブでは無く、アイシャセレクトのレースがあしらわれた可愛らしい白いワンピースだ。
ファッションセンスが悲惨な程疎いソフィーの代わりにアイシャがコーデしてくれたのだ。
そう、遂にこの日が来たのだ。
ソフィーとジークが約束していた食事の日だ。
厳密に言うと、ソフィーはジークと2人で食事に行きたい言っただけなので、本人はデートと思ってはいないかもしれない。
だが、先日、それぞれの親から、公式に恋人として認められた2人なので、デートと言って良いかもしれない。
前世は医学バカで、男女付き合い等は放棄していた彼女にとって、好きな異性と2人きりの食事と言える。
(やばい、超緊張する…)
ソフィーは緊張でソワソワしながらジーク事を待った。
だが、何もしていないで突っ立っているのも落ち着かないので、腰に下げていたアイテムボックスから魔法操作に関する本を取り出して読みながら待つことにした。
数分後、しゃがんで本を読んでいる彼女の目の前に茶色いマントの男が仁王立ちで見下ろした。
「またそんな本読んで、特別な日なのに普段と変わんないじゃんか!」
「いや、待ち時間にちょっと読んでただけだもん…って、ぷっ、何それ!」
ソフィーは今回の食事相手の顔を見て吹き出した。
ジークの眼には見慣れない黒縁のメガネがかけられていたのだ。
「うるせっ、これでも変装なんだよ。今回は、お忍びだから、街中で正体バレたら面倒だし…」
「ごめんごめん、見慣れなくて笑っちゃった。」
(言わない方が良いだろうけど、あんまり似合わないな…)
「今日を、邪魔されずに楽しむためだと思ってな…王子として公式じゃお前も落ち着かないだろ?」
「うん、分かってるよ。わざわざ、ありがとね…」
ソフィーは、自分のために気を遣ってくれたジークに感謝し、彼に無邪気な笑顔を向けた。
「お…おう…このくらい大した事じゃ無いよ。」
ジークは恥ずかしそうに若干顔を赤らめて返事をした。
「そ…そっか…」
「あらぁ…仲良しでお似合いねぇ…うふふっ」
2人がソワソワしていると、すぐ近くを、優しそうな婦人が、微笑みながら通り過ぎて行った。
「あっ…」
恥ずかしさで俯いたソフィーの顔も、どんどん温度が上がっていく。
「そ、それじゃ、行こうか…」
ギクシャクした雰囲気の中2人は軍務局の前から、並んで歩き始めた。
(うぅ…きまずい…どうにかしないと…)
「あ…」
急にジークが口を開いた。
「?!」
「あ、あれから、体調は大丈夫か?」
「うん…平気だよ…」
「そ、そうか…良かった…」
そんなぎこちない雰囲気のカップルは、きまずさを少しでも緩和しようと会話をしながら王都の商業地区へと歩き続けた。
すると、ソフィーが何かに気づいた。
(やっぱり誰かいる…尾行されてる。)
「ねぇ、つけられてない?」
ソフィーは、尾行されている事をジークに教える。
「あぁ、知ってるぞ。」
「え?!知ってたの?」
「あぁ、だってあいつらレイモンドの部下だからな。」
「え?どういうこと?」
「えっとな、今回のこの食事の事を、誰にも言わないのは流石にやばいと思って、一応信頼出来るレイモンドに伝えたんだ。そしたら、護衛を付けると言ってきて、それじゃあソフィーと楽しめないと言って、色々議論して、暗部の人をこっそり付ける、こっちには緊急事態以外何も干渉しないで決まったんだ。」
「そういう事ね…」
「まぁ、あんまり気にするな、基本居ないものと思ってくれて良いよ。」
「うん、分かった。」
「それより…」
「ん?」
「暗部って諜報とか潜入が専門なのに、ソフィーにこんなにあっさり見つかっちゃうのもあれだな。一応レイモンドに伝えとくかぁ…」
「ごめん、多分時々『周辺探知』をしてるからだと思う。何かあった後じゃ遅いから…ごめん」
「ううん、ありがとな」
そして、2人はとある店の前についた。
冒険者や庶民などの大衆向けの食堂だった。
「へい、いらっしゃーい!好きな席座りなぁ」
店の中は、陽気な声や、今にもヨダレが垂れそうな程美味しそうな匂いに包まれ、ソフィーが前世で読んだ本に出てきた冒険者が着ていそうな服装の人や、魔法使いのローブを来た人、ジークのと似ているマントを羽織った人が何人も席に座っていた。
更には昼間なのに所々から酒の匂いもしていた。
2人は窓際の空いている席を見つけ、木の椅子に座った。
ソフィーはそのまま座ったが、ジークは羽織っていた茶色いマントを脱いだ。
そのマントの下には、白いシャツの上に、茶色い皮の上着を着ていた。ボトムスは、黒い布のズボンを履いていた。
(この世界の流行とか、ファッションは全く分からないけど…かっこいい…)
「何ジロジロ見てるんだ?」
座ろうとしたら目の前の視線に気づいてしまった。
(あっ、やば)
「な、何でもない…」
恥ずかしさで一瞬で目を逸らした
その後は大衆向けの店の経験が少ないジークの代わりにソフィーが中心となってメニューを見ながら数品注文した。
「はいよ、じゃあ少し待ってな。」
「はい、お願いします。」
注文を受けて20代位の容姿の店員の女性が去っていった。
「それにしても、なんか、賑やかでいいな。こういう所中々来ないからな」
(そうだよね、王子様なんだし。)
「ごめん、こういうの嫌だった…?」
「嫌、真逆だよ、こういう所で食事するのが憧れだったんだよ!昨日の夜から楽しみで中々寝付けなかったんだ!」
「遠足前の子どもかよ…」
「エンソク?なんだ?」
「ううん、気にしないで。でも良かった。楽しみにして貰えて。前に姉さんと来て美味しかったんだ。私にお店を決めてって言ってくれた時、真っ先にここが思い浮かんだんだ。ここね、とっても美味しいの!オススメはね、やっぱりイノシシのステーキ!楽しみにしてて!」
「あぁ、分かった。楽しみにしとくよ。」
「あっ、そういえば、こないだの大丈夫だった?うちの両親。」
「あぁ、行きの馬車は緊張したけど、その前に王都で会ってたし、2人とも優しかったし。大丈夫だったよ。君ならソフィーを任せられるってさ。幸せにしてやってくれって。」
(ちょっ、かーさま、とーさま!)
「恥ずかし…」
また目を逸らしてしまった。
(目逸らす癖無くしたいな。)
「安心しろ。ちゃんと約束したから。どれだけ喧嘩しようと、気持ちが離れようと、お前の事を好きでいるって。」
「ジーク…ありがと…」
「じゃあ、今日はいっぱい楽しもうな。約束してたんだ。」
「うん、約束は守ってもらわないとね。」
少ししたら料理がどんどん運ばれてきて、2人はレイモンドのヘマや、アイシャのドジを初め、しょうもない会話をしながら食事を楽しんだ。
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「うーん、美味しかったー!」
店先で伸びをしながらソフィーが、感想をぶちまけた。
(好きな人と2人で食べるのってこんなに楽しいんだね。)
「あぁ、言ってた通りステーキ美味かったな。この店教えてくれてありがとな。」
「ううん、どうたしまして!」
「それで、この後はどうするんだ?寮戻るなら送ってくよ。」
「ジークは?用事ある?」
「いや、今日は丸一日自由にさせて貰ったよ。」
「じゃあさ、せっかくだし、色々気になるお店見て回ろ!」
「俺は構わないけど、ソフィーは?研究室は?」
「平気、ジークとの約束って言ったら、直ぐに休み貰えたよ。師匠がニヤニヤしてたのは少し気になったけどね。」
「じゃあ、行くか、お互いに何かプレゼント買っても良いしな。」
「良いねそれ!やろ!」
「とりあえず、服飾店が並んでる方に行くか…」
店先で、この後の事を話す2人は、最初の時の気まずさは消え、傍から見たら仲むずましいカップルがデートしている姿だった。
行く所を決めて、2人は歩き出した。
だが、少し歩いてからソフィーは、『周辺探知』で何かに気づいた。
「ちょっと、ジークここで待ってて、」
そう言ってソフィーは、走り出した。
(あの子達って…もしかして…もしかして…)
そして、ソフィーは建物の間の薄暗い通りで立ち止まった。
そこは、陽の光があまり届かず、ゴミが転がっていて衛生管理が悪そうだ。
所々に薄汚れた木箱が置かれている。
ソフィーは少し怖かったが、気を取り直して、その通りに足を踏み入れた。
少し歩いたところで目的の子達が見つかった。
そこには、2人の幼い獣人の子どもが、木箱と木箱の間に隠れていた。
小学校低学年くらいだろうか、痩せた細い体に、薄汚れたボロボロの服を着ている。
その頭には、生まれた時から身の回りの世話をしてくれた、実家のメイドのレイと同じ茶色地尖った猫に似た耳が付いており、尻からは、耳と同じ色の尻尾が生えていた。
(レイと同じケモ耳…それより、服装的に…やっぱり…)
猫耳の子ども達はこちらを警戒している様子だ。
ソフィーは、2人の前でしゃがんで、ポケットから銀貨を数枚取り出して、2人の目の前に差し出した。
「お腹すいてるでしょ。これで何か食べておいで。」
すると、2人は無言でそれを受け取り、走り去っていった。
ソフィーは、その姿を見送って、来た道を戻ろうとしたら…
「急に何かと思ったらそういうことかよ…」
通りを出た所でジークが待っていた。
「ごめんね。どうしても放っておけなくて…」
「はぁ…まぁ、襲われたりとかが無くて良かったよ。」
「それより、あの子達…」
「あぁ、獣人だろ…まぁソフィーは辛いよな、一応同じ亜人として括られるわけだし。」
「うん、そうだけど…どうして…」
ソフィーは言葉に詰まってしまった。
「どうしてあんなことになっているのかって事か?」
「うん…」
「あんまり、良い話じゃないけどな。
ガイロニア王国としては亜人に対して何か制限はしては居ないんだが、これまでの歴史的では、差別されて、虐げられてきた種族なんだよ。
国は差別しなくても、国民の血にはその意識が未だに流れている。
嫌われる存在だとしても、悪い意味で需要はあるんだ。
男は安い労働力として、女は性奴隷として一定数需要が存在している。
国は無くそうとするけど、水面下では消えないんだろうな。
あの子達も、あんな所で生活する事になった原因があるんだろうね。」
「そうなんだ…」
「逆に、ソフィーは珍しい方かもな。そもそもエルフはほとんどが山奥から出てこないから。ソフィーの家は国としても認められてるし。あ、それに、魔王を倒した英雄様を差別したら俺が許さないけどな?」
「ふふっ、ありがと。」
「じゃあ、気を取り直して、服とか、アクセサリーを見ようぜ!」
「う、うん!」
2人は再び歩き出した。
だが、ソフィーの頭の中には先程の事が頭から離れずにいた。
(これまで、全く気にしないで居た…少なくとも自分は何にも苦労しないで居たから…この世界でも亜人に対する風当たりはあれなんだね…無関係とは思えないのが余計に辛いな…でも…今の私には…)
近い種族としては放っておけないと感じていた。
だが、今のソフィーが解決するには、どう見ても難易度が高過ぎる社会問題だった。
魔王を倒せたのに、根本的解決が出来ない自分に無力感を感じながら、ソフィーは愛する人の隣で歩き続けた。
(今は何も出来なくてもいつかは…)
To Be Continued
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