第93話 井ノ口にて、銭の数寄者
まさに兵は神速なり。
即座に商人たちとの交渉に動く。
『本当に行きおった・・・』
ヘビ殿が呆れる様が見える。
「………お集まり頂き、ありがとうございます。」
有言実行。
許可を得たからには当然、井ノ口の町衆には
話を通します。
実のところね、
稲葉山の城に出向いたのは平手さまと私のみ。
ただし、美濃へ同行したのは
それに大橋さまや生駒さまが追加される。
端っから、盟約は押し通す予定だったのだよ。
だからこそ銭の出血はこちらで受け持った。
本題はむしろこちらだ。
ではお集まり頂いた理由をお話しましょう。
つい先程、道三さまから許可を得たばかりですので
皆様には早速お知らせをしようかと。
おそらく初耳かと思います。
まあ少し先の事ですが、
美濃領内にて大きな市を開き
尾張と美濃の商人が商いが出来る場を設けます。
たった今、
城にてそのような盟約を結んできました。
市が開くのはおよそ夏が過ぎて秋に至る辺りかと。
皆様には、この大市に向けて準備をして頂きたい。
まず皆様もご存知のとおり、
尾張では琉球経由の交易品が存在します。
我ら尾張の商人は、
これを市に目玉として持ち込みます。
これらの交易品は、
会場を設けて"競り"により値段を決めます。
競りでどれ程に額が上がろうが、
それは堺から買うよりも安くなるでしょうな。
そ う 、 絶 対 に 。
美濃のあなた方は、それを持って商いをどうぞ?
『あなた様だけの特別な値段です。』
などと客と誼を結ぶことも可能です。
そして、
たとえそれを行っても多大な稼ぎが出来ます。
今まではこれを尾張商人が独占できていましたが、
これからは美濃商人もこれが可能になります。
驚くほどの、震えるほどの商機となりましょうな。
無論、それ以外の物も持ち込みます。
尾張と美濃は断絶していたため、
今までは行商人による細々とした商いしか
出来ませんでしたが?
これからは伊勢モノ・三河モノも含めて、
流通の量は大市を通して一気に増えます。
これを見過ごすならば、
あなた方は今すぐ商人を止めたほうがいい。
向 い て い な い か ら 。
まあ、無論そんなアホウはいないと信じています。
――――――言ってみただけですよ。
当然ですよね。
………………ところで?
大市に参加する以上、
そちらでも美濃の産物を持ち込むわけですが。
量が全然、足らないのですよ。
新規の商いであるがゆえに、
商いのために品物を増産しなければなりません。
これまでの商いを維持した上で。
更に新しく在庫の追加を願いたい。
ですが皆様もおわかりの通り、
事は簡単ではありません。
品物を増やすためには、
材料・原料を増やさねばなりませんから。
そして材料・原料はそんなに簡単には増えません。
多くの準備、多くの銭が必要となります。
今のままでは、商機があるにも関わらず
準備が出来ないために勢いに乗ることが
機会を掴むことが出来ないのですよ。
これほどに口惜しいことは無いですよね?
――――――――ですから。
ここに6000貫があります。
井ノ口において、『どこにも断じて負けぬ』
と胸を張れる産物を三つ挙げてください。
それに対してそれぞれ2000貫の投資を行います。
この銭をもって"準備"を行ってください。
こちらとて商いをする以上は、
新たな儲けのタネを得たいのです。
その時に『品が無い』では困るのですよ。
皆様には自身の銭のタネのため、
しばし奮起をしていただきます。
この2000貫の三口、返却は要りません。
あなた方との商いの儲けで取り戻しますから。
尾張との商いが始まる以上、
美濃の扱う産物取引量は確実に絶対に増えます。
将来のためには産物の増産は必須です。
…………商人の意地の見せどころですよ。
――――――では、何れ美濃の大市にて。
共に唸るほどの銭を手に入れましょうや?
此方が笑うばかりでは、詰まらないですからねぇ?
それから。
三口とは別に、
"鳥の子紙"には4000貫を叩き込みます。
それ以外の三口をお願いしますね?
よその商人・産業に対して合計一万貫を投資する。
それも返却ナシで。
こういうデタラメな事をするから、
主人公は商人から期待も畏怖もされます。
ヘビ殿には打ち合わせをするとは言ったが、
投資するとは言っていない。
むしろそこで投資するという発想が、
戦国時代には『絶対に』出てこない。
この時代は
自分を、自分達を守ることで精一杯だから。
これは当時の人間の『思考の死角』となる。
誰も思い付かないし、思い付けない。
それが百戦錬磨の堺商人であろうとも。
最近になって、
大橋・生駒は何となく理解できるようになる。
なんせ横で恩恵を受けているからね。
それが有益なことは理解できる。
出来るかと言われると困るだろうが。
マメ知識
『端から』
よく使われる言い回し。
カタカナで"ハナから"と使用されるのは
よくあるが漢字ではこう書く。
"端"、つまり先端のほうからという意味で、
"最初から"と使われる。
『競り』
市場などで使われる、買い手が値段を競うやり方。
主人公はオークション形式でやるつもり。
これも一種の競りです。




