第90話 転がりゆく、時代に
山科さまのあとに続くお話。
……なのだがなぜかクルマの話から始まる。
大きく造られた樫の木で出来た車輪が
軋みながら、時折小石を踏みながら回る。
ようやく実用段階に届いた"板バネ"が、
振動をそれなりに軽減させる。
まだ綿を手に入れる事ができないため、
座席の衝撃を緩和する目的で
ハンモックとブランコを複合させたような構造の
吊り下げ式の椅子。
日光や雨を避けるために折り畳み式の屋根。
オープンカーみたいな折り畳み構造にしている。
人力で引くにはちと重くなったので、
荷物引き用の馬につなげる。
…………馬車から人力車に移行しかかって、
その後に再び馬車に戻った展開だ。
未だ粗削りなモノではあるが、
ようやく実用できるようになってきた。
職人たちに専属チームを組ませて、
ただそれのみを研究させていた甲斐があったな。
西洋馬車の牛車カスタムとでもいうやつだ。
車輪が大八車よりゴツイのだよ。
基本的に低速で走ることを前提としているからな。
モータースポーツの様な仕様はいらない。
……………今 は ま だ 。
スポーツタイプの高速仕様や
戦闘チャリオット型の特化仕様に
超ラグジュアリーな高級車の仕様など、
やるべき方向性や技術蓄積はいくらでも存在する。
これが、自動車の基礎技術にでもなれば良いさ。
なんせ現行の技術ではボールベアリングだとか
コイルスプリングだとか、
その辺りのモノは製作不可能だからな。
それらはずいぶん未来の話となる。
それ以前の問題として、西洋のそれに対して
日本は冶金技術のレベルが低すぎるのだ。
そちらも一応チームは組ませているが、
こちらはまだまだ全然だ。
そもそも日本には鉄鉱石がないのだから。
まあともあれ、馬車の方は技術開発が進行中だ。
いずれ乗り合い型の馬車バスもつくる予定だ。
そんな訳でテストも兼ねて熱田やら津島やら
そして那古野やらへ乗り回してみたところ。
……………案の定、釣れた。
殿と三郎さまからの注文、入りました~。
――――――てな。
殿の方は4人乗り位の疑似西洋型。
三郎さまの方は防御マシマシの要人仕様。
三郎さまの方には総鉄板張り、
四頭立て装甲馬車の仕様で造らせる。
文字通りに"矢でも鉄砲でも持ってこい!"
な代物となる予定だ。
―――――さすがに大砲には負けるがね。
これで鉄甲船でも思い付いてくれ。
馬車の運用データが集まりつつあるので
平地限定とはいえ、
これで私の行動範囲も広がるというものだ。
がらころと車輪は音を立てて転がる。
ちなみに馬車においては初期から末期にまで、
車輪と車軸は消耗品である。
運用するためには当然、予備が必要となる。
実は結構な金喰い虫なのだよ。
これを解決するためには、
ベアリングとグリスの登場を待たねばならない。
後は高性能スプリングな。
重量や磨耗、衝撃による反作用ダメージなど。
馬車には大敵が多いのだよ。
泥濘や坂道もそのひとつでもある。
欠点は多い。
そして………………
「つくづくに目立つことだが、良いのか?
目立つのは好きではないのだろう?」
横で馬に跨がる平手さまが声をかけてくる。
この人と旅をするのも久々だな。
三河以来か。
無論、前回同様に村田衆たちを引き連れている。
私の場合はむしろ必須だ。
彼らは私の手足にして端末にあたる。
居なければ話にならない。
一部の者は経験と見識を積ませるための同行だ。
村田の若手の他にも、
例の"平手や林"の若者たちも一緒に連れている。
彼らもそろそろ
"机上だけの空論"からは卒業させる段階だろう。
一応、平手のじいさまに会わせないようには
配慮はしているぞ?
それで、今回は何で平手さまと同行しているか?
――――――そりゃ、平手さまが
担当者であるからだよ。
こればかりは仕方がない。
そうそう。
目立っているがいいのか?
…………でしたね。
別に構いませんよ。
これは『数寄者』としての私の一面です。
こういう時には便利なのですよ?
『数寄者』は目立ってナンボですからね。
目立って見えるのはそれはあくまで私の外面。
私自身の本質までには目は届きませんから。
新鋭を往く私が異端になりきらないのは、
"アレは数寄者だから"という
私に貼られたお札のお陰なのですよ。
そこで思考が止まってくれるのです。
はい、そうですね。
最初から狙って付けたあだ名ですね。
隠れ蓑、というものです。
こういう所で意味もなく無駄に目立つから、
いざという時にはプッツリと姿を消せるのですよ。
「・・・・・・・」
―――――ふふ。
武家の思想とは合わないのは存じておりますよ?
ですが、仕方がないではありませんか。
なんせ、"数寄者"ですから。
……………さてと。
今回の目的地が見えてきましたね。
稲 葉 山 が。
車体が大きめの石を噛んで少し跳ねた。
というわけで、大きく重くなりすぎたために
人力車から馬車へモデルチェンジ。
無論、人力車バージョンもまだ諦めてはいません。
日頃からの"数寄者スタイル"で目立つから、
それ以外のステルスモードでは気配が消せる。
主人公はハナからそのように動いています。
マメ知識
『冶金』
おおざっぱにいうと、金属製造の基礎技術をさす。
鉄骨・車のフレーム・装甲鉄板・スプリング。
これらに必要とされる金属の剛性・軟性・弾性は
同じ鉄製でもそれぞれの用途によって全く違う。
それらの要求を叶えるために成分比や合金で
金属の性質を加工する技術体系をさす。
日本の鉄の入手は砂鉄がほとんどのため、
大量生産ができずこの技術が大いに遅れている。
逆に木工加工技術はかなり目を見張るのだが。




