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鵬、天を駈る  作者: 吉野
5章、『○○○○○○○』
90/248

第88話 想定事象、戊の3番




この話と次の話は本来は一つの話。


だが文字数をみると4000字オーバー。



さすがに、そりゃ多すぎやろ?


……ということでこちらは前半です。







「………………い、一万貫ですと?」




さすがに愕然(がくぜん)としたようだ。




吹っ掛け気味の献金要請に対して


まさかその倍を提示して来るとは、


山科さまも予想だにしていなかっただろう。



とはいえ、多いことは喜ばしいことだろう。


――――ただ、そのことに困惑するだけだ。




「それは大変、ありがたいことにて。



……………………それで、


弾正忠家はどの様な事をお望みで?」



(ゆえ)にこういう返事が来る。




現在において、朝廷への献金は


朝廷に対する『ナニカ』の要求であるとされる。



少なくとも武家も公家も、


それを共通認識として持っているからだ。






――――――――で、あるからして。



「…………いえ、特には。」



などと三郎さまから返されるとひどく混乱をする。









「そもそも朝臣(あそん)として朝廷の窮地(きゅうち)を放置するのが


不敬にして不遜(ふそん)の極み。



一度(ひとたび)幕府に(くみ)して(そむ)こうとも、


想いは都の尊き方と共に御座います。




―――――どうしても心苦しいようであれば、


以前に帝がお書きになられた経典を。


――――――疫病(えきびょう)退散の大願が込められた


『般若心経の写本』を2組………頂ければ。




朝廷ともご縁ある熱田と津島の(やしろ)


祈願と共に奉納したく。」



このような()()()()()()発言をされると、


パニックになるのだ。




「――――――う、む。


…………確かに、その…忠義の心


(うけたまわ)った。



…………………(みかど)にも、お伝えしたいと思う。」





ふふふ。



―――まあ、想定外であろうよ。


"要求の2倍の献金"に"限りなく無償"の要求。



こんなもの、予想なんて出来るわけがあるまいよ。






そもそも、"あなたが来る"ところから


想定と対策が練られたモノだからな。



もう、半年近く前から。





『想定事象』計画は、これより先に起こりうる


様々な事柄について


事前に想定・対応するために造られた存在だ。




弾正忠家の一部の家臣や寺社の者、村田らを集めた


()りすぐりの戦略部門によって実行される。



事前にFAQを造っておくのだよ。





あなたの訪問は、かなりの早期において


提言・想定されている。



そのために対応策は高めに練られているのだ。






山科さまの訪問は、荒川山の法要で確定する。


むしろ、アレはそのために()いたエサだから。




どうせ(いず)れは来るのだ。


こちらでタイミングそのものは


コントロールしておきたかったからな。




最初は私が想定していた代物(しろもの)


それを戦略部門が補強したものだよ。





そいつの骨子を、


殿と三郎さまに叩き込んでいたわけだ。




()()()()()()()



………これが、昼まで時間稼ぎをした理由だ。




―――――――そして内容は。









『向こうの提示した銭の倍額を出すと?』



ええ、はい。



恩というのは、売り付けられる時に


高く押し売りをするものです。




どうせですから向こうが泡を吹くほどに


恩を押し付けておきましょう。




こうすることで交渉の流れを


一方的にこちらが掴むことができます。




達者な山科さまでも、


まさか相手の方から増額をしてくるとは


思いもよらないでしょうから。






『………何も要求しないというのは?


献金に見返りを求めないのか?』





求めないわけではありません。


今回は、近年にない高額の献金となります。



であるからこそ、こちらから要求すると


帝の機嫌を激しく(そこ)ねる恐れがあるのですよ。





………今上帝(きんじょうてい)は、噂によれば


大変に清廉(せいれん)にして潔白(けっぱく)なお方で在られると


お聞きしております。




聞いた話では土佐の一条家や長門の大内家。



彼等の献金が、


後に官職の斡旋(あっせん)ためのモノであると知って、


激怒して献金を突き返したとか。




今回の献金は、


その条件に物の見事に直撃しますから。



献金して嫌われるとかありえません。






ですから無条件の献金です。




――――たとえば三郎さま。



弟の勘十郎さまがある年に新年の祝いを、


"いつも頑張られていることへの(ねぎら)いです。"


と一万貫を(おく)って来られるとどう思われますか?




『…………さすがにそれほどの額を


(もら)いっ(ぱな)しというのは心苦しいな。


そしてその心遣いをありがたく思う。』




でしょうね。



その感謝の念と申し訳なさ。


それこそが献金を頂いた帝のお気持ちとなります。




『……………ほお、なるほどな。』



膨大(ぼうだい)な銭をほぼ善意だけで、


見返りなしでもらうと


よほどの恩知らず・恥知らずでない限りは


何かの形でその恩を返したいと考えます。



この想いはもはや強迫観念に近いものです。


帝は必ずそう願い、公家に命じます。



何より、上の者が下から多大な恩を受けておいて


何ひとつお返しをしない。



これは大変に()()()()()()()話ですから。




帝は自身から望んで弾正忠家に見返りを与えます。




『・・・・・・・』





さて、次は。


―――――たとえば殿、


先ほどとまったく同じ条件での仮定です。


…………ただし、それを行うのは"美濃のマムシ"。




如何様(いかよう)に、思われますか?



胡散臭(うさんくさ)いにも、程があるわ。』




……………でしょうね。



一方で、それが公家が抱く思いです。




長年に権謀術数(けんぼうじゅっすう)(はざま)にある公家は、


基本的に(まつりごと)において無償の善意を信じません。




"必ず裏がある"と信じ込みます。


……たとえ実際にそんなモノなど


どこにも、何一つ無かったとしても。





そのため、『多額の無償の献金』などという


"薄気味(うすきみ)の悪い"代物を受け取りたくありません。




公家衆は、そのために必死になって


"相応の返礼"を見繕(みつくろ)うために


"借り"を早々に返すために動きます。




都において帝と公家が。



両者の意図が組み合い、噛み合ったその結果として


こちらは一切に何も要求していないにも関わらず


朝廷の方から勝手に"手土産"を持ってくるのです。




『……………なるほど、なあ。


こちらは何の要求もしていないなら、


"結果"を受け取ってもこちらの風聞は傷つかない。



―――――うまいことを考え付くことだ。』




――――――ええ。


後は"手土産"をしぶしぶに受け取ったそれ以降に、


朝廷の行いを尾張近辺に善行として持て(はや)せば。



公家衆は『やはり()()()()()()であったか。』


……………などと"()()()()()()"をしてくれます。




―――――――これ以降には


こちらは無償の善意と献身という大義が、


あちらには忠義・忠勤への謝意という大義が。



・・・双方に成り立つ事となります。




『どちらにも害のない、益しかない関係か。』



その様になります。









…………しかしこれにはひとつ、


大きく重大な落とし穴がありまして?









尾張の弾正忠家。


山科さまにとって近年にないカモではあるのだが


外交戦でゴリゴリと押される。





これは半年近くかけて考案された懸案(けんあん)で、


山科さまをトリガーとした策。



帝と公家、感謝と猜疑(さいぎ)


双方の心理を分析したなかなかエグい策です。






マメ知識




『献金一万貫』




この時点で朝廷に必要だったのが、


およそ3000貫から5000貫。



一万貫を持って帰ると、数年分の予算が手に入る。


かなりの余裕ができるから帝はそれは大喜び。



ただし、山科さま的には"裏が怖い"。





『今上帝』



当代に即位されている帝(天皇)のこと。


当代は、"後奈良天皇"なのだが、


これは死後の(おくりな)追号(ついごう)であり


今そう呼ぶのは間違いとなる。



あからさまに官位を要求する献金を


キレて返金した話はそれなりに有名で、



歴史小説でこの方の御代(みよ)に献金をどうするか悩む


・・・という描写がたまに見られる。




疫病が発生した時に自身の無力を嘆き、


一心に般若心経を写経して


『せめてこれで疫病が()えてくれれば』


と願ったりするかなり真面目な方であったようだ。





『FAQ』



"Frequently Asked Questions"。


"頻繁(ひんぱん)(たず)ねられる質問"


という意味となる。



頻繁にある質問であるがゆえに、


事前にその回答を想定して決めておく。



一種の想定マニュアルにあたる。




()()



荒川山の祭祀は恐るべき大規模なモノ。


当然、アホみたいな費用がかかる。



そんな話をききつければ、山科さまは絶対に来る。


つまり最初から()り込み済みの話。



今回…実際に来たために宴会で時間稼ぎをして、


計画プランを伝授した。





『帝の印象』




これは、言ってみれば"北風と太陽"の原理。



目に見えた利益要求という北風ではなく、


無償の善意という太陽をもって攻める手段。



だが、これは公家たちには猛毒に見える。





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