第87話 京の、山科には。
タイトルだけでピンときたあなたは、
それなり以上の歴史通です。
ある意味で
"来るべき人が来た"感じですね。
最近は弾正忠家の継承問題も落ち着いたせいで
先々の予行演習も兼ねて三郎さまが
上段に座るようになってきている。
無論、すぐにでもフォローが出来るように
殿が横に控えているのだが。
……まだまだ殻がついたままのヒヨッコですから。
ご隠居さまを気取るのは、まだまだ先ですよ?
一同が会する中で、
殿と三郎さまがやってくる。
………………前から思ってはいたのだが。
そのドカドカと足を踏み鳴らして歩くのは、
弾正忠家の伝統か何かですか?
―――――――いつか聞いてみよう。
広間へ入ってこられると、
殿はいつものように一段下へ。
続いて三郎さまも、一段下へ。
これが意味するのは、
この場において二人が最上位ではないこと。
――――――すなわち、
『"来客"が弾正忠家よりも上位にある』
…………ということだ。
しばらく待つと室内に合図の声がかかる。
廊下より聞こえるはひどく軽い足音。
……先ほどのお二人の後だから余計に。
緩やかで優雅な歩みと共にやってきたのは、
一人の公家さま。
これが"想定事象、戊の3番"。
"戊"こと五の段は、
想定した相手の家格が"公家・公卿"であること。
その3番目の想定事象とは、
………………………それがこの人物。
山科 言継の訪れである。
「さて、山科さま。
都よりわざわざ鄙びた尾張までのお越し、
光栄に存じます。
つきましては歓迎をと思い祝いの席を設けました。
…………楽しんで頂ければと。」
代表して三郎さまが発言する。
――――――ひとまず、
公家が来たら歓迎パーティーをやっとけ。
というのは近年の王道だ。
特にこの御仁は極度の酒好き、重度の蟒蛇である。
ちょっと限度ナシ見境ナシの飲みっぷりで、
この人は後世でも有名だからな。
飲み競べを挑まれたら絶対に逃げろ。
メンツとか気にするな、大負けするよりはマシだ。
近日中にこの人が来ること。
そして前記の事柄は、厳重注意事項として
口を酸っぱくする程に弾正忠家幹部には
散々に話している。
ちなみに三郎さまは逆に、
後世に名の知られる程に"下戸で有名"だ。
最初から宣言して酒精の薄いものしか飲ませない。
これは領内どころか国外にも告知してある。
無理をして無様を晒すくらいなら、
ハナからバッサリ"お断り"をしておいた方がいい。
そんな感じで、
本日はパーリーで終わるし、終わらせる。
今日は本題なんて話させませんから。
特に酒の席では絶対に。
――――――開けて翌日。
…………………………のお昼頃。
山科卿の疲れを確りと休んで癒して頂く為だとか、
呑んだくれたアホの酔いを醒ます為だとか。
そんなテキトーな理由でここまで先延ばしさせた。
…………………で、本題。
まあ、話は少々に長くなったが
お公家さま特有、言葉の装飾を除くとこうなる。
「弾正忠家は先の三河といい今の那古野といい、
随分と羽振りが良いようだなぁ。
………………良かったら、
帝の御為に献金をしてもらえんかの?」
近年の朝廷の台所事情は極めてマズくなっている。
さすがに生活をするくらいの献金は
普通にあるようだが、大嘗祭などの祭祀や政策が
ほとんど出来ない状態になっているらしい。
三郎さまのお返事。
こちらも色々と省く。
「―――――――なるほど?
………朝廷の方もなかなか大変なようで。
それは当方としてもとても心苦しいことですね。
――――――――ちなみにどれほどご入り用で?」
実のところ、この人は殿の時代にも
献金の無心に来ている。
平手さまが対応したらしいが、
その時もかなりガッツリと持ち帰ったとか。
二匹目のドジョウを、狙っているんだろうなあ。
………………なんか面倒になってきたので、
以後は全て省略したモノで。
「………………うむ、
何分にあれこれと不足しておってな?
おおよそ五千貫ほどあるとありがたい。」
……………まあ
いくら困っているとはいえ、百戦錬磨の山科さま。
さすがに吹っ掛けるのものだ。
…………ひょっとして、交渉術の
『ドア イン ザ フェイス』だったりするのかねぇ。
概念すらないこの時代に使いこなしているなら、
えらく大したものだが。
さすがは"ひとり財務省"だな。
………………だが残念。
今回はこちらの方針が勝ったな。
「その様にお困りでしたら、是非もございません。
五千とは言いませぬ。
―――――織田弾正忠家は、
一万貫を献上させて頂きます。」
「…………っ?!?」
最初からそちらが提示し吹っ掛けた額の、
倍プッシュをする予定だったのだよ。
国内の大名家に、銭のにおいを嗅ぎ付けると
絶対にやってくるのがこの人。
某野望ゲームで、官職の窓口になってますよね?
例の荒川山の行事のせいで、
もう彼が来るのはとっくに確定していた。
しかし、
わかっているなら当然に対策は取られます。
なお、『想定事象』は
甲の段は"武家"
乙の段は"商人"
丙の段は"村衆"
丁の段は"僧侶"
そして戊の段が"公家"である。
この次には己の段として"南蛮人"があるが、
現在は尾張で存在を認識されていないために除外。
主人公の心の内にのみある。
マメ知識
『三郎さま親子が下座へ』
こういう会合では、
地位が最も高いものが上座へ座る。
それゆえに山科さんがそこへ案内される。
個人対個人なら話は別だが、
宴会に持ち込んだために今回はこの形に。
『鄙びた』
田舎っぽくて、野暮ったい。
大抵は現地の者が謙遜で使う。
まあ、相手に言われたら明らかなディスり行為。
普通にカチンと来るから、ほぼ言われない。
『山科 言継はうわばみ』
この人、"常軌を逸するほど"の大酒飲み。
よその大名家へ訪れて、宴会中に
「飲み競べしようぜ!
勝ったら献金してくれよな!!」
と勝負を吹っ掛けた挙げ句に、
普通に勝ってのけた。
また今川家に行って毎日飲み会をした後、
"…義元さんて酒が飲めないんだね"なんて発言。
(彼は普通以上に呑んでいる)
そういうデタラメな経歴をもつ人。
この人に宴会中に"本題"を話させるのは厳禁。
『交渉術、ドアインザフェイス』
正式には
"シャットザドアインザフェイス"、
"門前払いをする"という意味になる。
最初に断られない程度のボッタクリ価格を提示し、
イヤな顔をされた直後にそれを割り引く。
相手は得した気分になるが実際にはそうでもない。
そういうテクニック。
『ひとり財務省』
朝廷の財務のトップである内蔵頭であった
山科さんは、朝廷の資金獲得のために
あちこちの大名家を渡り歩いて献金を依頼する。
こういう行動をしていたのは、実質的に彼のみ。
『倍プッシュ』
ギャンブルで、次の勝負に倍額をかけること。
どれだけ負け続けても、
最後に勝てば負けを取り戻せるという
気の狂ったギャンブルスタイル。
某マージャン漫画でよく使われる。




