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鵬、天を駈る  作者: 吉野
5章、『○○○○○○○』
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第83話 青年の、主張


独白から始まる物語。



…………で、誰?




まあ、ひとまずお読みください。







まったく。



誰も彼も情けない。







今朝も目を覚ます。




昨日の荒れた気分が残っているため、


庭に出て木刀を振って気鬱(きうつ)を晴らす。





(しばら)く無心で振り続けると、


身も心も暖まって来た。



激しく身体を動かした為に流れた汗を(ぬぐ)い、


気を入れるために諸肌に脱いでいた


上半身の着物を直して(えり)を正す。






深く息を吸って息を整えた所で部屋に戻り、


やや遅めの朝食を味わう。




食事後、(ぜん)を下げさせてから


書を読んでいると、傅役(もりやく)(じい)がやって来る。




「……………それで、様子はどうなっている?」


頼んでいた家中の有り様を(たず)ねる。




新年が開けてより、此方(こちら)側が一気に不利になった。


―――――どこまで状況が変わったか?


確認しなければならない。





「………………大変に難しく。



新年の祝いとして、三郎さまの名義で


弾正忠家の全ての国人に200貫が。


地侍・土侍たちにも30貫が贈られています。



……………年賀の祝いと銘打(めいう)っておりますが、


実質的な継承の根回しかと。



我等にこれほどの莫大な財などございません。


………悔しいですが、大きく差を付けられたかと。



―――――残念です、()()()さま。」




―――ひどく口惜(くちお)しげに林の爺が、(うめ)いた。







この世は無情だ。



長年付き合ってきた家も、


分かりやすい利益を示されたらあっさりと


身を(ひるがえ)してしまう。



つながりなど簡単に切れる。


人の世の情けの薄さよ。




―――――それもそうか。



誰だって主に選ぶなら、


自分に利のある者を選びたいだろう。




兄は明らかなる(きら)びやかな未来を示した。



現状維持の我等と、望む(みち)を選べ………と。




やられたな。






……………しかし?




「―――――――爺。


斯様(かよう)な銭はどこから沸いて出た?



いくら父上の信任を得たとしても


兄上にその様な銭など無い(はず)だぞ。」





尾張中の武家となれば、彼等に贈る銭は


正気を疑うような額となるはずだ。




いくら商人を手懐(てなず)けても限度というものがある。



―――――――どういうことだ?




「……………ううむ、銭……ですか。



―――――そうですな。


(ウワサ)のあやつかも知れません。


………村井の商い狂いの小倅(こせがれ)



かの者が三郎さまと接触しておると


聞き及んでおります。



銭を出したとなれば、その者かと。」




少し考えた後に出た名前は、音に聞く小僧であった。



数え歳にして9つの小僧が、


武家の身分にありながら商いをする。


商人と共に町に出て銭稼ぎに励む。



…………曰く、『村井の数寄者』。







―――………ふん。



村井の、な。



「――――爺。



今、そやつは何処にいる?


ちょっと顔を拝んでやろうではないか。」




どの様な者かは知らないが、


取りあえず会ってみようではないか。




聞いてみようか。


どの様な心積もりかを。




「かしこまりました。


人をやって、


今どこに居るのかを探らせてみましょう。」





詳しく話を聞くと、


かの者は領地に那古野、ひいては熱田や津島。


尾張をあちこちへ飛び回っており、


きちんと調べないと留守を喰わされるそうだ。






――――――面倒な。





数日後、今のところ


那古野の持ち(たな)に居るとの知らせが入る。



どこぞへ飛んでゆかれては困る。


爺と足早にそちらへと向かうこととする。







………………そして店の前へ。




「―――――――御免!


ここに村井どのが()られると聞いたのだが。」




共の者が暖簾(のれん)をくぐり声を張り上げ呼び掛ける。



やけに丁寧な店の者がこちらの話を聞き入れ、


店の奥へ。


確認と了承を()に行った。





ふうむ?



共に来た者たちはどうだこうだと言っているが。


数え歳9つでこのような店屋敷を持つか。





極度の変わり者とはいえ、大した者だな。


爺もやや警戒するような素振(そぶ)りを見せている。




やがて店の者が案内を申し出る。


了承は取れたようだね。



ぞろぞろと皆でついて歩く。


あわせて10人。



多いのではないかと聞いてみたのだが、


護衛も兼ねているのでこの程度が妥当だと。




…………威圧も兼ねているのだろうな。





「皆様をお連れしました。」


案内をした者が襖の奥に声をかける。



どうやらここが目的地のようだ。



連れてきた者達がぴりりと気配をさせる。


……………よもや、刃傷(にんしょう)騒ぎにするなよ?




「……………どうぞ、いらっしゃいませ。


ご自由に。」




やや幼い返事が返ってくる。



―――――本当に小僧が。


どこぞの傀儡かと思ってはいたのだがな。




戸口に手をかけ、緩やかに引いて()ける。





「…………兄上?!」



それ程に広くない部屋に狼狽(ろうばい)した声が響く。




―――――まさか、このような手を打ってくるとは。



こちらの話が()れている?


それとも手を読まれたとでも言うのか!?




………………なんて事だ。





そこに居たのは、噂の小僧と共に居たのは


()()兄上ではない。




三郎兄上ではない。










―――――――――――林 新五郎どの。



爺の…………兄上だ。










勘十郎とは、織田 信勝ことカッツさん。


カッツさんはノッブ兄上のひとつ下。


新年過ぎたので今は数え15歳です。




年賀の祝いとして贈られた大金(本人基準)は、


三郎さまの継承の根回しだけでなく


"李部"の構築への口添(くちぞ)えの意味が強くあります。



尾張に大規模な変革をもたらす大事業を行う上での


事前の挨拶(あいさつ)・予告です。



そして"先々、尾張中が豊かになる"


(ほの)めかしています。




どう考えても主君に仰ぐなら、お零れの多そうな


金回りのいい相手を選びたい。




そういう意味でカッツさま陣営は絶望的なことに。






そして最後の一幕における一手。


不意打ちのつもりで、


ドカドカと押し寄せた一同が驚愕(きょうがく)する。




一番に魂消(たまげ)たのがカッツさんをけしかけ


誘導したはずの"林 通具"その人。







マメ知識





『諸肌を脱ぐ』





着物の上半身をはだけて肌を(あらわ)にする様子。


そこから"全力で事にあたる"ことも意味する。






『えり』




衣服の首回りのことを指す。


漢字で、


"衿"と書くと着物のそれを。


"襟"と書くと洋服のそれを指すことが一般的。



なお、今では"襟"が一般的に用いられており


"衿"は常用漢字では無くなっているために


名前でしか用いられない。





『林の爺の兄上』



林 通具は"信勝"派閥の筆頭となる。


一方で、その兄の


林 秀貞は"信長"派閥の上位にあたる。




派閥的にも一族的にも、


"通具"には最も居てもらっては困る相手。




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