第80話 甲賀と伊賀、停戦和議
話はおおよそまとまりました。
…………で?
そこにある主人公の思惑とは?
さて、どうせ経済的に一蓮托生となるのですから。
この際、皆にお願いと共に
深い裏の話までしておきましょう。
まずは甲賀・伊賀ともに。
協力を要請しますので、いくつかの家から
"技術の供与"をお願いしたい。
そう、『忍び』としての技術です。
特に情報獲得と隠密・特殊戦闘の部類になります。
簡単に言いますと、
『地領に悟られずに入り込み、
情報の獲得や操作をした上で無事にそのまま出る。
多少の荒事程度は軽く切り抜けられ、
その争いの痕跡そのものを消し去り離れる。』
そういった能力に特化した者達を育てたい。
『上級情報捜査員』とでも言いましょうか。
忍びから、破壊工作の要素を除いた職種です。
……………これの教育をお願いしたい。
――――――――やはり難しいですか?望月さま。
それが甲賀の極意であることは知っての上です。
その上でお願いをしています。
…………伊賀とは既に話が付き、
幾つかの家に協力を頂いていますので
………甲賀の協力も願いたかったのですが。
然程に驚くことでしょうか?
既に伊賀は、忍び働きなどしなくてもいい。
その様な立場にあります。
我等が無理を言って協力を願っている状態です。
………………もう、とうの昔に
伊賀は依頼を受け付けてはいないのですよ。
とはいえ、一寸先は闇と申します。
将来のこの国のため、未来の有事のために
この技術は継承をせねばなりません。
乱世のときのみならず、治世の時にも
情報とは宝となるのです。
未来にこそ活きる宝を持った者を今、
意味もなく無駄に死地に送る訳にはゆきません。
伊賀の皆には、
情報獲得に特化した方向に変わって頂いています。
将来、"忍び"という呼び名も消し去るつもりです。
無駄死には許しません。
甲賀の業を全て見せよとは申しません。
そんな失礼な事は言いません。
それは甲賀の者が、命を懸けて築いた財です。
当然のことながら対価は出しますので、
わずかだけでもお教えください。
伊賀と甲賀。
二つの秘技を伝承した者達を磨き上げます。
彼らは、伊賀と甲賀。
あなた達の部下となる者達です。
あなた達の下に彼等を働かせ、
日の本に無双の情報組織を造り上げます。
この国において無双の技術を持つ者です。
もはや、彼等を蔑むことなぞ出来ません。
超上位の職種であり、特級の高給取りとなります。
…………それとも、ただの忍びで終わりますか?
あなたの子や孫に"そんなモノ"を継がせますか?
"誇りあるわが一族の相伝"ではなく、
"下賎とまで呼ばれ蔑まれる業"を。
…………………ありがとうございます、鵜飼さま。
そしてどうぞ止めないでください、望月さま。
人の親なら、子や孫に幸福を願います。
血に染まった悪業など背負わせたくありません。
ましてや今、それを改める好機が訪れたなら。
これは"抜け忍"ではありません。
未来へと、歩き出しているのです。
………………協力はいつでも受け付けております。
なんせ教える者は全然、足りませんから。
――――――――さて、と。
では気持ちを切り替えて、もうひとつ。
『深い裏の話』とやらをいたしましょう。
伊賀と甲賀は言わずと知れた忍びの名門。
全国に名が知られています。
ですが忍び等と言われるモノ達は
総じて極めて安い報酬で働いており、
しかもその扱いはとても低く見られています。
…………………では、そんな業界の伊賀と甲賀が。
ある日、突然に高い報酬を受け取りはじめ。
里が大いに繁栄をはじめて重用されたなら?
そうですね。
戸隠・鉢屋・軒猿・黒脛巾・風魔。
その他、数多の忍び衆が注目します。
………………で?
どうなると思いますか?
―――――――さすがは望月さまに藤林さま。
人心というものをよくご存知だ。
当然の問題として、それぞれの忍びが
待遇の改善を要求を主に願い出ます。
…………そして、必然の問題として。
その願いは素気無く、いともあっさりと
拒絶されることになるんです。
かくして、全国の忍びが主と大なり小なりの
確執を持つようになります。
中には下克上を試みたり、逆に危険分子として
里を追われる者も出るやも知れませんね?
そうして散り散りになった者達は、
希望を求めてあなた達の下にやって来ます。
彼等の業を採り入れれば、
より高い技術を得られますよね?
つまりあなた方の重用は、
全国の忍び衆への揺さぶりも兼ねています。
『まずは隗より始めよ』ですねえ。
まさに。
1556年、長らく争っていた伊賀と甲賀は
朝廷からの和議の取り成しを受け入れて停戦した。
これによって、伊賀で飽和状態にあった
開発ラッシュは一気に甲賀へも流れ込む。
小さな小競り合いは続いたものの、
二つの国は先を争うように発展を続ける。
しばらく後には、伊賀と甲賀。
この二国を貧しい忍びの国と蔑むものは
誰も、どこにも居なくなった。
二国の仲介をした織田弾正忠家は、
その繁栄の恩恵をいち早く受け取ることが
出来たという。
"甲賀の里"はこの和議により、
"甲賀の町"へと生まれ変わる糸口を見付けたのだ。
ぶっちゃけると、伊賀が偏向をかけられている
ベクトルの先にはブリテンの秘密情報部や
合衆国の中央情報局がある。
つまり破壊工作員から情報局スパイへの移行。
しかもその組織を伊賀・甲賀の下へ付ける。
もう出世なんてレベルではない。
当然、驚異的な高額報酬が待っている。
しかも無双とまで持ち上げる。
しかもその後、
『イヤなら別に今のままの地位でもいいんだが?』
これは選択肢になっていない。
伊賀と那古野を見た鵜飼さんは甲賀忍びとしての
ハートが折れてあっさりなびく。
しかもこの先にもっと極悪な戦略策が動いている。
この辺りで、望月さんも
『あ、こいつヤベエや。』という認識が発生。
下手に逆らわない方がいいと判断する。
マメ知識
『先ずは隗より始めよ』
"戦国策"や"史記"からの出典である故事。
燕の国の王"昭王"が亡国の危機に際して、
優秀な人材を確保しようとした。
"郭隗"という人物が、
『優秀な人材を招きたいなら、
まずは私のようなボンクラを重用しなさい。
"あのボンクラでも重用されるなら私でも"……と、
より優れた者がやってくるだろう』
と、説得したという話から。
なお、この郭隗が本当にボンクラだったかは不明。
意味としては、
"大事をなすなら、まずは手近なところから"
という意味。
それが転じて
"言い出しっぺがやれ!"という意味にも使う。




