第74話 恵比寿堂七号店主、京太郎の場合
よくよく考えると、書くのを忘れていた話。
………全部、和葉が悪いんや。
「おう、ありがとうございます!」
今日も店は盛況。
店のモンどころか店主のオレさえもてんてこ舞いだ。
客が多いのは歓迎なんだがね、
商いの世界には在庫という敵がいる。
どうしても途中で店じまいをしないといけない。
村田の仕入れの仕組みは優秀なんだが、
その辺りの融通が効きにくいのが難点だ。
村田では、材料を集めるのに系列の各店に
仕入れ量を計上させて完全に一括で買いそろえる
――――――という手段をとっている。
行うのは村田の本店の仕入れ専用部門。
生粋の交渉事に特化した者達だ。
彼らが近隣の村衆から材料を買い集める仕組みだ。
――――上役の土侍や国人を小銭で黙らせて。
彼等に"税として"銭を握らせることで
この村衆との商いを認めさせているのだ。
そもそもこの商い、結構な品数にのぼる。
米類は市場から買うとしても、
麦類・野菜類・雑穀から炭に至るまで。
それを村田系列の店に全て行き渡らせるためには、
たとえそれがいくつもの村々からとは言え
個々で見ると相当な大商いになる。
――――――実のところ、
握らせた小銭程度では税としては足らないのだ。
全然。
薄々は感じる。
……………………こいつは恐らく、
村衆の者達も商いに巻き込む一手だろうな。
「京太郎の旦那、野菜はここでいいかい?」
そうこうしてると、明日の分の野菜を
男衆が担いでやってきた。
確か近くの△○村の者達だったか。
品物自体は産地をあちこちと回されながら来るが、
ここの村の野菜がアタリだったので頼んでみたら
彼等に固定してくれたので有難かった。
いつもの所に置いてもらって、
―――――――そういえば、
「――――ああ、そうだ。
あんた達、村田の"米手形"って知ってるか?」
ふと思い出して口に出す。
どうも最近になって形になったらしくてな。
"米手形"って言うのは
『先に銭を出して米を買う約束』をすることだ。
手形を提出すると、
手形と引き換えに米が貰えるという仕組みだ。
――――――うん?
先に銭を出すとか危ないだろう?
……………ああ、それは問題ない。
村田のところの若様は、
『代金の踏み倒し』というのが
するのもされるのも心底に嫌いらしいんだ。
だから問題ない。
したら店員が間違いなくえらい目にあうから。
―――――――何でそんなことを知ってるかって?
"局"の経営講座をあの人がやっていてな。
少しずつ言うことが違ってえらく為になるんで
毎回聴くことにしてるんだよ。
銭扱いをしていると本当に再発見があってな。
自分でも"まだまだたな"って思うんだぜ。
ま、話を続けようか。
何でそれが必要かだ。
…………今は見逃されているがな、
いつか武家の連中が
あんた達のもつ銭に目を付けるときが来る。
――――――その時に、抵抗できんだろう?
………が、みすみす奪われるのは腹が立つ。
なら、言ってやるんだよ。
『もう使ったんで無い。』
はっはっは。
………………無い銭は出せんだろ?
それでだ、
ほとぼりが冷めた頃に米を引き出す。
銭のほうが良ければちょっと少なくなるが
銭に戻してくれるぞ。
………後は飢饉の時に引き出すとかな。
失くしさえしなければ、何時でも換えられる。
便利に使うと良いぜ。
武家だってオレ達を良いように使うんだ。
連中を良いように遇ってもいいだろう?
それからこの手形が面白いのは、
こいつが相場に左右されることだ。
米の値段は生き物でな。
夏の足らなくなるときには高くなり、
秋のだぶつき余る頃には安くなる。
交換時でもらえる米が変わってくるんだ。
…………せめてこの先、長男だけでも
"読み書き"や"算術"の講座を
学ばせておいた方がいいぜ。
―――――阿漕な商人に騙されたくはないだろ?
案外に、役に立つもんだぜ?
騙されるくらいなら利用してやれ。
――――そうそう、
出来れば野菜を増産してくれると嬉しい。
今でも結構ギリギリだからなあ。
もし開発などに銭がかかるなら
少しくらいなら貸せるぞ?利子は要らん。
――――なんでそんなことをしてくれるかって?
あんた達が豊かに成れば野菜の仕入れ量もあがる。
あんた達の村の野菜は気に入ってるんだ。
いくらでも買ってやるぜ?
…………それにな、
オレも元はと言えば貧しい出身だ。
弱い立場の気持ちはわかるんだよ。
こんな世の中だけどよ、
せめてオレ達だけでも助け合おうぜ?
一緒に豊かになって、
争ってばかりの武家どもを笑ってやろうや。
…………………しかしだ、
何回か講座を聴いてるうちに
思うところがあって若様に直談判したんだが……
「それが解るようになったのなら、
お前さんは一流に足を踏み入れかけている。
素養だけなら堺の商人とやりあえるぞ?」
――――なんて言われた。
あの人、どこまで先を見透しているんだ?
つくづく底の知れんヒトだ。
那古野の町ではこの時代に、身分に関わらず
急激に資産を持つ者が多く現れます。
彼等は"那古野長者"と言われました。
彼等の特徴は、『横に極めて強い繋がりを持つ事』
もともと弱者の出であった彼等は、それ故にこそ
同じ弱者に対して手を貸し援助しました。
義理と恩とでつながった彼等の団結は強く、
追い込まれた時にこそ
その真価を発揮したといわれています。
近代においてその在り方は、海外の
企業家や投資家から嘲笑われる事もありました。
しかし、いくつかの大不況の中で
苦しめられる彼らを尻目に那古野長者たちは
その団結力でいち早く立ち直ります。
それどころか、彼等は以前に嘲笑った者達にも
手を差し伸べました。
「早く立ち直って共に儲けようぜ?」
その在り方は大変に畏敬され、後に映画
『Last Winner』として制作・上映されました。
これが主人公の望んでいた商人成長のルート。
お幸と和葉のは完全に例外です。
那古野長者の思想は主人公の仕込み。
講座の時に何度も口にして印象付けています。
しかも口だけでなく実際に資金投資・投入も
しているため、そうやって恩を受けた者から
思想は広がる。
それぞれが縁を広げ、
それが蜘蛛の巣のように拡がる。
そしてお互いに良い影響を与え。
結果として、那古野商人のモラルは劇的にあがる。
『一括購入』
大型スーパーなどの仕入れの方法。
これを各店に配送する。
この方法だと仕入れが安くあがる。
生産者があおりを受けているように見えるが、
今までこういう制度はなく
商人の買い叩きのみだったため、逆に潤っている。
『武家に小銭を握らせる』
"村衆の売り上げから税を引いた"という形式。
このお題目で商人が銭をだしている。
実は村の衆は丸儲け。
『米手形』
原始的な銀行のシステム。
支払いが米であることで、飢饉対策にもなる。
支払いに相場による流動性をもたせており、
万人に勉学の必要性を暗に説いている。
『Last Winner』
全米が泣いた。
非道の原理で動く企業家が時代に負け、
思いやりの原理で動く彼らが勝つ。
これだけで正義と悪、勧善懲悪の構図であるのに、
それだけでなく"正義が悪を救う"。
アメリカ人のハートにブッ刺さります。
これでもかと。




