第70話 なんだ、コレ?
さて?
経営講座が終わればいよいよ新規店舗の
計画ですが。
ですが。
………ですが?
「――――――うーん。」
ひとつの書簡の前で腕を組む。
和葉の方からの提案書を読んで
ゴーサインを出した、
弁天三号店の"お幸"の奨学金の件。
その後の話だ。
ひととおり講座の終わったお幸から
いわゆる事業計画書が届いたのだが。
のだが。
だが。
「…………………………なんだ、コレ?」
まさかこんな斜め上から斜め下に突き刺さる
豪速の変化球が来るとは思わなかった。
―――――もう魔球の類だな。
予想外にも程がある。
――――まあ、ともかく内容の精査だ。
店の内容としては、まず定食屋をバッサリやめた。
もういっそのこと調達と調理の簡単な
軽食のみに絞るらしい。
まずここから突っ込み所だ。
飯屋を増やすコンセプトに完全に逆行している。
酒の類は出さない。
暴れたり絡まれたりしないようにとの事らしい。
本番となるものはここから。
店の奥に舞台を組んで、舞い手に舞を舞わせる。
それを観ながら軽食を楽しむわけだ。
客は"お捻り"の代わりに店に"礼金"を渡す。
業務としてはこの礼金が主になる。
……飲食店というよりもショービジネスだな。
ただし、これがメインではない。
メインは店での舞い手を
他の飲食店へ派遣させたり
どこかの舞台で公演をする事にある。
飲食店への派遣というのはまあ、アレだ。
無名の芸能人が飲み屋などで
歌ったりする流し営業。
アレを店のプロデュースで行うこと。
どちらかというと、"広報営業"に近い。
公演というとコンサートが思い付くが、
おおよそ似たようなもの。
能舞台を借りて舞い手に舞わせるわけだ。
これが本当の業務の中心となるだろう。
能とは違って開催者が自分たちのため
パトロンが居らず、観客から銭を取るわけだが。
能はパトロンに雇われパトロンのために演じる。
不特定多数から銭を徴収するシステムは、
まだハッキリしたものが存在していない。
―――――彼女から届いたモノ。
この計画書の内容を現代風に訳するとこうなる。
『 ( ア イ ド ル ) 芸 能 事 務 所 』
…………いや、何でだ。
自社持ちのライブハウスと、
コンサート事業と言う訳か?
――――――誰が考え付いたんだ?コレ?
………何で(アイドル)を付けたかというとな、
この企画、
明らかに女のコを着飾らせる目的が混じっている。
和葉のヤツ、また妙な関わり方をしているな。
定食屋はどこへ行った。
まあ正直なところ、ボロは多い。
多すぎる。
突っ込み所満載だ。
ハッキリ言って、普通の企画なら即ボツだな。
問題はコイツが"普通の企画"ではないことだ。
日本史どころか、世界いや人類史上初の試みだ。
普通に考えてこんなもの、
ボロが出るのは当たり前だろう。
なんせ前例がまったく無いのだから。
惜しい。
一度でも水をさして情熱を燻らせるのが
余りに惜しい。
下手にブレーキをかけてしまえば、
その火を消してしまいかねない。
そうなればこの種火は、
二度と日の目を見ることが叶わないだろう。
ううむ、
あー――……、
まったくもう…………
―――――――――はあ、仕方あるまいな。
ひとまずは私がスポンサーになっておくか。
…………また数寄者の肩書きが増える。
そんなことはどうでも良いが。
そうはいっても今始めた所で、
業務としての経験値も認知度も足りない。
なにより時期が悪すぎるからしばらくは下積みだ。
技量と認知度、そして時期さえ整えば爆発出来る。
それまではひたすら鍛練を積み重ねさせるか。
概算で二年か三年か。
その時期を本格的デビューと想定して、
その間に下地となる那古野という環境その物を
改造しておくことが必要だな。
まずは業務システムの改善。
ライブハウスについてはそこまで改善は要るまい。
ただしショーの方に梃入れする。
まずは舞の方はその道の大家を招く。
招いた上で、
これを倍速で舞わせる。
同時に、後ろに琵琶・三味線・鼓・横笛や尺八など
日本古来の楽器に加えて小さく造った銅鑼を
そろえて数人で楽団を創る。
バランスは一度揃えてから考えれば良かろう。
こいつもプロの教え手を用意する。
ついでに歌も加える。
唄でなく歌だ。
これも舞いにあわせ従来のモノに比べ倍速に。
全てを重ね合わせると、
―――――――全く新しい新芸能ができる。
……………将来、どうせ近いうちに業界を騒がせた
歌舞伎という新芸能が出来るのだ。
もうひとつ増えても問題はあるまい。
――――歌舞伎だってこの先、
大概に異端よばわりされていたのだからな。
服装も着物の上から和風に変えた
フリルやレース、ベールをつければ
二人も満足するだろう。
あとは小さな梵天とか。
あとは順次思い付いたのを追加してゆけばいい。
楽器を響かせ歌を歌うなら、
営業中は入り口を一部解放しておこうか。
外に漏れる音、その物が宣伝となる。
飲食店への営業派遣は要らないな。
これは却下。
バックバンドにダンサー込みのアイドルなぞ
嵩張るから逆に相手の迷惑になる。
むしろ許可をとってのゲリラライブの方が
余程に効果はあるだろう。
こうなると問題はコンサートか。
歌舞伎同様に、間違いなく能の一門ともめる。
ならば、野外コンサートと
独自のホール辺りを用意しておいた方がよかろう。
…………歌舞伎と兼用出来そうなものをな。
あっちのギミックもコンサートで使えるだろう。
結構、あのギミックは斬新で面白いからな。
あとは、
―――――そう言えば着物というものはステップに
致命的なまでに向いてないとされている。
しばらくは摺り足オンリーのダンスになるか。
―――――着物をミニにするのは不味かろう。
世相的に深刻な客離れが起きる可能性がある。
………………"はしたない"ってな。
ま、とりあえずはムーンウォークでも教えておけば
後は勝手に進歩が始まるだろうさ。
――――こういう娯楽概念が定着するためには、
休養と休日という観念が必要となってくる。
『休みを取る・休みが取れる』
という思考がなければ娯楽産業は成り立たない。
休みをとってもいい、と思わせるだけの
経済的・思考的余裕を早めに創らないといかんな。
娯楽を広げるには
それを観るための、観てもいいと思わせるだけの
余裕を与えなければならない。
――そういうことならもう少し調整と交渉の予定を
早めておくか。
……………もう少しの間はてんてこ舞いか。
――――――やれやれ。
およそ1555年から1560年頃より、
那古野の町で新しい芸能が産まれます。
これまでにない軽やかで早めの演奏にあわせて
『舞い手』と『歌い手』が舞い歌う。
今までにない新しい芸能に、町のものたちは
たちまち魅了され夢中になりました。
この新しい芸能『舞踊歌謡』……略して『舞歌』は
新しい娯楽文化として、大衆文化として
那古野の顔のひとつとなりました。
おおよそ200年後、
熟成された『舞歌』の文化は満を期して西洋へ
上陸します。
ウィーンにてヨーロッパ風
パリにてアジア風
そしてロンドンでの日本風の『舞歌』は、
同時に発表され西洋音楽文化を激震させました。
それぞれ
『ゲッツェ』・『イドール』そして『アイドル』。
そう訳された舞歌は、たちまちの内に
西洋文化のひとつとなります。
日本から西洋へ、
初めて完全な形で文化が伝来した瞬間でした。
現在でも舞歌・アイドル文化は、
世界中で姿をかえながら歌われ続けています。
いや、確かにざまあ系ではないと言ったが。
なんだこの大暴投。
おそらく三号店のメイドカフェもどきと何かが
謎の化学変化を起こした模様。
だいたい和葉のせい?
主人公としては、娯楽文化・産業の重要性は
充分にわかっている。
あまりに唐突だったのと、時期が早すぎたために
ここまで悩んだ。
まあ、
時期が来るまで技術の熟成に充てればいいか、
と半ばなげやりに決定。
マメ知識
『舞いを倍速』
主人公がイメージしたのは超スローな日本舞踊。
ただしこれは歌舞伎からの派生であり、
現在存在しない。
試行錯誤の結果、
"日本舞踊に近いものを倍速"で運用する形となる。
これはこれで新ジャンルが誕生する。
『三味線』
実はまだ流通していない。本来は。
琉球に大陸から伝来した三味線の原型がある。
沖縄で有名な三線である。
本来は16世紀後半の伝来だが、
本作品では先の交易で、
産物のひとつとして持ち帰った設定です。
『梵天』
山伏が胸元などに付けている丸い球状の代物。
もしくは大きな球状のモノを付けた御幣の一種。
御幣というのは神社にある紙垂という
飾り紙を棒につけたもの。
紙垂の飾りは雷のイメージらしい。
『歌舞伎のギミック』
歌舞伎というのはなかなか面白いギミックを使う。
舞台の下から上へと迫り上がるという装置や、
板の間の一部がグルリと回転したり。
それを全部人力で作動させる。
色々と面白いですよ。
『ムーンウォーク』
知っている方も多いとは思うが、
マイ○ル・ジャクソンがダンスに用いた事で有名。
元々あるバックスライドという技術を
彼がさらに進化させて命名した。
バックスライドが初めて使用されたのは、
1930年頃。亜種の"The Buzz"というもの。
つまり、300年以上先のオーバーテクノロジー。
『西洋の舞歌』
200年も伝来が遅れたのは、主人公の遺言で
基督教の勢力が弱体化するのを待ったため。
16世紀の伝来だと確実に排除されそうだから。
ウィーンが西洋風なのは西洋音楽の歴史が長いため。
拒絶反応が出そう。
"音楽業界に激震"するのは、
ビー○ルズの例を考えればわかると思います。
当時はかなりの衝撃だったそうだ。
因みに、村田系の店舗(この頃は企業化)は
先にすでに西洋圏に存在している。
タイミングを図っていた。




