第69話 子、曰く
前の話で"経営学"という話題が出てきましたが
実際にできるモノは少ない。
…………で、どうなるかと言うと。
――――――さて諸君、ようこそ?
『経営学』というものの最初の講義だ。
知っている者も居るだろうが、一応言っておこう。
村井の家の妙見丸だ。
ウワサの『数寄者』だよ。
……………おう、
其処のと彼方の。
ガキに物を教わるのが嫌か?
先ずはひとつ、教えておいてやろう。
『あきないするなら嫌な顔は絶対に面に出すな。』
お客さんが嫌がるしな、
何より同業の商人がそこからつけこんでくる。
嫌な顔と愚痴は家の中ででも晒せ。
もしくは井戸にでも吠えろ。
…………ただし、聞かれぬようにな。
ウワサは怖いぞ。
後は、どうしても嫌なら帰れ。
特例として、銭は返してやる。
た だ し な 、
二 度 と『 経 営 学 』 は 受 け ら れ な い 。
世の中、特例というのはそういうものだと思えよ。
旨い話には裏が有ると疑え。
さもなくば喰われる。
今の世はそんな世知辛いものだ。
因みに、しばらくこの講座をするのは
私しか居らんぞ。
『商いの極意を知られたくない』らしい。
まったく、狭量な事だ。
もう少し先を見ないとな。
お陰でしばらくは諸君らのような
『商人の雛』を独占できる。
店を興すなら声をかけよ。
脈のある話なら幾らでも後押ししてやろうとも。
古いものの改装どころか、
新築の店を建てるくらいはしてやるさ。
縁もヒトの力の内だ。
諸君らも私を利用するくらいの志を持て。
無論、私も諸君らとの縁を利用するとも。
商いの相手としてあてにさせてもらうさ。
―――最初ということで今回は話をしようか。
ま、込み入った専門的な講義は
順を追って行う予定だ。
まずは触りからだな。
さて?
そもそも商いとは何だ。
…………うむ、そういうことだな。
商いとは『銭による物のやり取り』だ。
大きく言うと物々交換も含まれる。
この商いの語源はな、はるか大昔に大陸に
存在した"殷"という国に由来するといわれる。
この国は別名『商王朝』、
つまり文化として民族が本格的に
商いを始めた国だとされる。
驚くなよ、
この国が出来たのは
今からだいたい三千年以上も前の話だ。
お釈迦様の誕生よりもはるかに旧い。
ヒトはこの頃から商いというものを
やっていたのさ。
なんとも業の深いはなしだ。
――――で、今の世の話だ。
商いを『銭のやり取り』と仮定すると、
今…………商いを誰がやっている?
村衆は銭など持っていない。
銭のタネを他人に獲られるからだ。
わずかなタネも買い叩かれる。
村衆は商いに参加できない。
武家はどうか?
諸君らは知らないかも知れないが、
世のほとんどの武家は借金地獄だ。
借金の期限が近付くと新しい借金をして戦をし、
略奪で獲た銭で借金を返す。
中には取り立てた税を借金のカタとして
そのまま商人に取られるアホウもいる。
…………バカみたいだろう?
そんなモノに付き合わされるのは。
ここにいる諸君はそんな日々から脱け出したい、
そんな願いと共に居るのだろう?
――――――――結構。
話を続ける。
武家は商いをする資格がない。
お次は公家衆だ。
彼らは銭のタネの荘園を横取りされて、
極貧生活を送っている。
ウワサに聞くところでは、
薬草取りと称して山菜をとり、
趣味と称して釣りで魚を釣る。
そうやって飢えをしのいでいるとか。
後は身につけた教養の切り売りだな。
望む者に教えて銭を取る。
……………まあ、これも商いといえばそうだな。
余りに細々としたものだが。
よって彼らも除外される。
―――――先々に、那古野の皆が
それを必要とする段階・高みに達したら、
"お公家さま"を呼んで講座を創るゆえに
早くそこまで達することだ。
さしずめ、『最上級教養講座』だ。
公家衆とも正面からやりあえるモノを教えてやる。
期待しているぞ?
まあなんだ。
結局のところ、銭を持つのは
商人と寺社の連中だけだ。
"商い"が成り立つのは彼らしか居ないのだよ。
これでは商いの範囲が狭すぎてならん。
ちいさく銭がグルグル廻るだけだ。
……で、この打開のために尾張の"局"は創られた。
"局"の目的は織田弾正忠家の繁栄以外に、
"銭を下々まで行き渡らせること"だ。
尾張の全ての者を"商い"に引きずり込む。
そうすれば商いの世界は大いに膨らむだろう?
誰もが一攫千金を狙えるようになる。
皆が銭を持てば日々の糧だけでなく、
好きなものを買える。
食い物だけでなく、寒さを耐える為の衣も。
新しい簑を買い換え、新しい道具を買い集める。
小腹が空いたな。ちょっと摘まんで帰るか。
そう言えば衣も古くなってきた、買い換えよう。
苦労をさせる母や妻に簪のひとつでもやるか?
今日も頑張った。ちょっと一杯、ひっかけるか。
流行りの衣があるらしい。買いたいな。
ちょっくら、"能"というものを観てみるか。
蓄えも貯まったし、ちょっと伊勢の神宮へでも
ご威光を拝みに詣ろうか。
一族郎党をひきつれて。
―――――夢のようであろう?
まもなくそれは、
手に掴むことが可能なモノとなる。
銭を掴むことはこの夢を叶える手段のひとつだ。
ただ働くことでさえちょっとした贅沢くらいなら
出来るような世にするつもりだ。
況んや自ら商いの城を拓く諸君をや。
まあ、ただな。
銭に取り憑かれるなよ。
世の中には『銭に取り憑かれて、夢を失う』という
悪例がある。
銭のためでなく、夢のために生きることだ。
おや?
どうした?
―――――――ふむ?
銭を配るのは良いが、何処から持ってくるのか?
良い心がけ、良い問いかけだ。
商人にとって最も大切なのは考えることだ。
不便を見出だしこれを改め、
産み出した便利をヒトに売り付ける。
無いものを手に入れるために、
いかに脳髄を巡らせるか。
そういったことが肝要だよ。
その答えだがな、
――――――思い付けば簡単だぞ?
銭の無い者を連れて、
銭の有る者と商いをすればいい。
連中の好きそうな物を下調べして扱い、
カモにしてやればいいのだよ。
事実、私がそうしている。
銭を持ちすぎている輩という奴は、
自分の好む処には銭を惜しまん。
―――私の商い道楽や、人材育てのようなものだ。
………良いタネを持ってくれば、高く買い取るぞ?
無いなら、有るところから取ってこい。
分配とはそういうことだ。
急に出てくる主人公。
何故出て来たかは、当時の者に
高高度経営学を語れるだけの人間が居ないため。
実はこの講座は時代としては相当に恵まれた話。
当時の人間は超秘密主義。
寺社も公家も商人も、秘訣は語らない。
故に文化が独占され広まらない。
(これは西洋でも同様。基督教が独占している)
主人公は意図的に文化の流出を行っている。
目指すは文化の大衆化。
なお、この話は以上です。
高高度経営学を語れるだけの知識が作者にない。
マメ知識
『不平を井戸に吠える』
"王様の耳は驢馬の耳ぃ!!"
以上。
この話はギリシアのマイダス王の話。
表現言語によりミダス王、ミーダス王とも。
触った物を金に変えるという寓話のヒトでもある。
『殷王朝(商)』
"封神演義"で滅ぼされる国のこと。
文書として残される最古の国"夏"を滅ぼした。
この中原の国、"夏"が後の"中華"の語源。
『況んや○○をや』
古文・漢文で習うかと思います。
前文の"✕✕さえ△△である。"に続く。
"ましてや○○は✕✕以上に△△である。"
と反語によって強調する表現。
『願い』
当時の世相は、
一覧にした願いの最初の二つ三つを
叶えるのがやっとの事。
一族郎党の伊勢詣りなんて夢の夢。




