第63話 見返しの、三太
なぜか四話構成となった"三太シリーズ"。
これで完結となります。
少し長いですよ。
『三太?!』
村の皆が驚く。
―――まあ、そうだろう。
送っていた手紙から推測すると
本来、私は伊賀にいるはずだから。
伊賀で働いて、そこから仕送りをしていたはずだ。
「三太!
なんでお前がここにいる!!
働いていたのではないのか?!
直訴とは、どういうことだ!!」
"村長"が立ち上がり、
大声でまくしたてる。
――以前は『力強く頼もしい』と思っていたが、
………これは"恫喝"と言うものだろう。
大声で注意をひきつけ頼もしさを演出し。
顔付きと剣幕で意見を封殺し、意見を押し通す。
威圧によって我と無理を圧し通して
道理を潰して引っ込めさせていただけだ。
村の未来を考え話しているようで、
結局は自分たちのことしか考えていなかった。
「皆の衆、前々から思っていただろう。
『ウチの村は税が重い』と。
村としてまさかの為に蓄えをつくる余裕もない。
日照りや冷夏があれば村が死にかねないと。」
伊賀で働き始め、この地の話やほかの村から
来た者達からの話を聞いてふと思ったことがある。
『ウチの村は他所より税が重い』
なぜかは説明できなかった。
何となく、漠然と感じただけだ。
当時の私に、
それを理解する頭が無かった。
伊賀にて様々な不便を感じ、
読み書きと共に拙いながら算術を教わるようになり
物の道理がぼんやりながら解ってくると
改めてこの不審が浮かび上がった。
税率に対して取り立てられる量が合わない。
即ち、
『ご領収の林さま自身か、税を集める誰かが
取り立ての途中過程で不正をしている』。
しかし、誰が不正をしているか分からない。
誰に不正を訴え出ればわからない。
困り・悩み……考えた末に。
密かに伊賀の普請から休養を取り、
那古野で仕事を請けた大元の施設へ
――――"局"へ相談する事とした。
"困ったことがあったら相談してほしい。"
その一言に一縷の望みをかけて。
結果からするとこれが大正解だった。
この"局"は織田の若君の直轄の組織。
税の不正の可能性と聞いて即座に動く。
まずは、実際に取り立てに
"誤差"が発生しているかの確認。
林さまの家と村での取り立ての分量の確認を行う。
これについては結果は歴然。
『キッチリ二割』取り立てのかさ増しが行われ、
それはご領主さまの元へ届いてはいない。
調べが進むと、さらに状況は悪化する。
近隣のいくつかの村でも
同様の不正が行われていたのだ。
山間の苦しんでいたあの村も、犠牲となっていた。
この事態に林さまは大激怒。
事態の全貌を明らかにすることと
行った全ての罪人への厳罰をこちらに依頼された。
……………あれ?
なんで私も"局"の一員扱いされているの?
ふと疑問を投げかけたところ、
全員が『…………あ。』となった。
これを機会に、ありがたいことに"局"に正規に
雇って頂くことになる。
調査の過程で"村田衆"の働きに
普通についてきたことが高い評価を得たとか。
調査中の分も給金を頂けたのですよ。
―――――というわけで、
それ以後はずっと尾張へおりました。
…………調査を続けてゆくと、
どうもこの企みは大がかり過ぎることがわかる。
村長程度が共同で企めるような物ではない。
――――――首魁がいる。
全てをあやつり、村長たちを唆し
影で北叟笑む知恵者が。
それゆえ
調査は秘をもって密となすものと成りました。
――――大変手間がかかりましたね。
そうして、ようやく黒幕に辿り着いたのですよ。
玄 斎 和 尚 。
寺の講堂にいた全ての村人が沈黙する。
そんな? まさか?
視線のみがただ交錯する。
あれほどに親身になってくれた和尚が、
近隣の村々の税の横領に首魁として関わり
我等を長年に渡って苦しめていた。
――――信じられるわけがない。
このにこやかに笑われている和尚が。
「突然そのような事を言いがかりを言われても。
―――――何か根拠でも有るのですか?」
全く動じずに、ただ困ったような顔をされる。
誰が信じようか?
この罪業などに縁のなさそうなお坊さまが
多くの民を苦しめる"大悪人"だなんて。
「……私たちも信じられなかったのですよ。
ですから必死に他の悪党をさがしましたとも。
過去数年に渡って不審な者の
接触の形跡が無いかと探しました。
共通の接触者がいないか?
役人からの接触は無いかと。」
……………結局、
あなた以外に疑わしい者は居なかったのですよ。
「―――疑わしいだけで、私に嫌疑をかけると?」
あくまで笑顔を崩さない和尚。
村の者達も和尚を疑えない。
今までの付き合いから思いつかないのだ。
私でもそう思う。
……………思いたかったが。
「――――――いつぞや、手紙の中に
村田の米の商いのことを書いておりましたよね。」
―――――――――あれが、罠でした。
…………あれが決定的だってのですよ。
「―――罠?
どういうことだ?
わしらは聞いてないぞ?」
文が読まれるのを聞いていた筈のおっとうが言う。
一緒に聞いていたであろう、
おっかあとヨメも頷く。
「文面的に、
読まないように書いておいたのです。
『どうか、気をつけて。』の後に。
その後の経過を調べました。
…………………一割、誤魔化しましたね。」
村田の契約は『新米10と古米13の交換』でした。
村に届けられたのは、12だったのですよ。
―――――欲を、かきましたね。
周りが、アホウばかりと
……………油断しましたね。
講堂が、
再び静寂に呑まれる。
誰もが和尚を見る。
皆が息をのんで答えを待つ。
どうなのだと。
嘘であってほしいと。
「―――――――私をどうにかして、
願證寺が黙っているとでも?」
…………これが、"和尚の本性"か。
密かに願っていた願望も裏切られる。
講堂にいた者達全てが唖然とする。
共に来た、前田の兵たちですら。
――――――――見たまえ、あの顔を。
欲望と悪意に満ちた、邪悪な悪魔の化身だ。
あたりの村々へ偽りの善意をもって近付き、
内側に入り込んだ後に、
不当に税を横領して民を苦しめた。
横領した米や銭を、
相当にかの寺へ献上したのでしょう。
己が困れば、金蔓の自分を
願證寺が必ず助けてくれると信じている。
これが、
こんなものが―――――――浄土の教えか。
村の衆の、
嫌悪と憎悪を浴びながら素知らぬ顔をする和尚。
思わず握りしめられた誰かの手が
怒りの余りに振り上げられたその時、
「民も武家も、そして弾正忠家も
たいそうにお怒りでして。」
一歩踏み出されたのは、
村田家の藤吉郎さま。
「『この様な"大悪"、よもや願證寺の差し金か?
王法為本の教えは偽りか?
仏法王法の理想は嘘か?
よもや天子さまに叛意をもつのか?!』
――――我が弾正忠家の殿がこのように
願證寺に単身もって飛び込んだ所、
かの寺はかく申した。
『そのような悪党、我が願證寺の門下には
存在しません。
その名を騙る無法の輩か、
かの寺を不法に乗っ取った邪悪の輩に違いない』
―――――――斯様なことを言われ、
これを渡されたとか。」
そう言って、一枚の書簡を目の前の坊主に
投げて寄越した。
沈黙が続くなか、玄斎坊主の
紙を捲る音だけが響く。
「―――――――は、はもん?
……………破門?
馬鹿な?!」
手から落ちた文の、軽い音が講堂にやけに響いた。
狼狽して、ひどく取り乱す。
心の拠り所にした真宗の教えのために身を粉にし、
権謀術数を尽くし立身出世をはかった。
―――――それが間違いだろう?
仏法に権謀術数や立身出世が必要か?
要らないだろう?
「あなたは、真宗の中だけを見すぎました。
一向の教えの中だけに生き過ぎました。
―――――世俗を軽んじ過ぎました。
あなたは、世の中を舐めすぎたのですよ。」
藤吉郎さまが淡々と告げるその言葉が、
ひどく印象的だった。
「さて、ご領主の林さまより伝言を頂いています。
『今回の不手際は、領地の隅々まで目が届かず
隙を突かれ悪党をのさばらせた我が不徳である。
ついては、
若君に薦められた代官を置くこととする。
共に励み、村を豊かにするように。』
彼が近隣の村々に派遣された代官、
―――――――――三太です。」
『はあぁあっ?!!』
夕方の講堂に村の衆の大声が響き渡った。
『見返しの三太』もしくは『見返し三太』は、
戦国時代において異例の立身出世を果たした
"栗林 三太 信定"を描いた物語です。
彼は成人した後も字を読むことも出来ない
貧しい農民であったと言われています。
ところが一念発起して学を志し、
努力の末に織田弾正忠家に認められます。
その後…故郷の村の税の不正の見抜き
乱れた村の代官に任命されるや。
それまでに身につけた教養と経験で
落ち込んでいた村々を立て直します。
その功績を評価され、彼は"代官頭"へ。
異例の大出世を果たします。
織田弾正忠家と後の教育者は彼を
『学を志す事の大切さ』を語るため、
大いにその名を広めました。
栗林村において三太の名前は、
村の恩人にして誉れなのです。
うーん。
この三太のエピソード。
本来は一話短編の予定だったのですが……
何で四話も続いているのやら?
筆が(指が)乗る、というのはおかしな話です。
ノリノリで別のエピソードまで盛り込んで
大きくなってしまった。
書き始めた時点では『見返しの三太』という物語は
存在しなかったのですよ?
今回の事件、主犯は"願證寺"に従う寺の玄斎和尚が
派閥内でのしあがるためにまわりの村長を
唆して起こした事件。
結果は因果応報。
『破門』という本人にとって絶望の結果となる。
当然、荷担したそれぞれの村長は処罰されます。
一方、三太は異例の大抜擢。
文中にも有ったが、
『村田衆の働きに普通についてきた』
これは結構どころか、かなり有能な証。
ソッコーで取り込まれた。
あと、林さんは最近出てきた彼です。
だからこそ、ここまで話がスムーズに進んだ。
マメ知識
『一縷の望み』
"一縷"とは、一筋の細い糸の事をさす。
頼みの綱よりも遥かに細い、
頼れば切れそうな
極めてわずかな希望のことをさす。
『北叟笑む』
これは、故事成語の
『(人間、万事)塞翁が馬』から派生した言葉。
この故事成語は
①北方に住んでいた"じいさま"の馬が逃げる不運
②逃げたはずの馬が多くの馬を連れ帰る幸運
③息子がその馬の一頭から落馬、骨折する不運
④骨折のせいで徴兵から免れる幸運
と立て続けに幸運と不運が起こった話から。
このエピソードから、
『人生や世の中、何が起こるかわからない』
といったニュアンスで使われる。
この"人間"は仏教用語で"じんかん"と読み、
『世間・人の住む世の中』をさす。
ノッブ様で有名な『敦盛』の舞も正確には
"じんかん50年"と詠むのが正しいらしい。
(テレビで"じんかん"と言っても意味が分からない)
"北叟笑む"は、後世の人間が
『いや、コイツ絶対に裏でしてやったりと
悪い顔でニヤニヤしているだろう』
という悪意のある邪推から発生した言葉。
上記の通りの意味となる。
それぞれ、
『北叟』⇒『北の・老人』、
『塞翁』⇒『城の(そばの)・じいさん』
という意味の漢字。
『玄斎坊主』
この人物はフィクションです。
実在の人物、団体とは何ら関係がございません。
"玄"には黒いと言う意味があり、
『暗黒斎』と"偏った意訳"をする。
本作品の中でも、一際に腹黒な人物のひとり。
なおコイツ、反論として『証拠を出せ』と言う。
……犯人のセリフやね、コレ。
『悪魔』
漢字の"悪魔"はもともと仏教用語。
仏道・悟りを妨げる悪神(悪心)のことをさす。
"一般的には"人の心を乱す煩悩をさす。
西洋で言われる"悪魔"は、『devil』を和訳した
名残。
仏教と基督教の悪魔は概念が完全に別物。
『願證寺』
戦国時代・織田家というと必ず関係する、
とある"一向衆の寺院"。
織田家をメインとした小説では、どんな形であれ
"絶対に描かれる"有名すぎる寺院である。
分からない方は調べてみて下さい。
織田家の歴史ではかなり大きなファクターです。
『破門』
当時の破門は今よりもはるかにヤバい。
世の中はまだ神仏を深く信じているため、
大名でも破門されると深刻な大ダメージとなる。
僧侶の破門は、遠回しな死刑宣告である。
『見返し三太』
いわば、この世界線における、
"二宮金次郎"の上位互換。
藤吉郎が商人ルートにいるため、
出世頭が変わっている。
文官としてはかなり優秀。
この"局"のプランには、
彼のような"文官育成"の狙いもあるため、
弾正忠家(と村田)は、彼の功績を大々的に宣伝。
育成にかなりの効果があった。
近代にも教育者が逸話を語るため、
後世でもかなりの有名人となる。
『お寺の末路』
一応、罰当たりだから取り壊しとかはしていない。
とある沢彦和尚のお弟子さんである
臨済宗の坊さまが、
寺をそっくりそのまま乗っ取った。
以後、このあたりの村々は根こそぎ
臨済宗へと改宗する。
願證寺としては破門したとはいえ元部下が
"諸悪の根源"というどうしようもない負い目が
あるため、どれほど言いたくても文句は言えず、
(文句を言ったところ、白い目で見られた。)
裏からコソコソと嫌がらせをする。
(余計に一向衆離れが進んだ。)




