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鵬、天を駈る  作者: 吉野
4章、『○○○○○○○』
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第61話 ○○村の三太、仕事先より(其之一)

うわさになっている伊賀に向かった三太です。


しばらく後の話になります。



何度もいいますが、本編より先の未来の話です。







家族のみんな、元気にしてるか?


急にこんなものを渡されて困ったかと思うが、


寺の和尚さまに読んで頂くように手配してあるから


安心してくれ。



今回、初めて"手紙"というものを書いてみる。



初めてだからどう書いていいかわからないので、


書き方に作法などあるかと人に聞いてみたのだが。


『親しい者に書くのに作法など気にするな。


思ったままにつらつらと書けばいい。』



と言われてこうやって何となく書き始めている。




どうにも色々と不便でなあ。


格安で伊賀の和尚さまから読み書きを習っている。



この普請の働き手のために用意してくれたらしく、


無理な値段でないから安心してくれ。





伊賀の冬は寒い。


そちらとは大違いだ。


詳しくはよく分からないが、高い所にある場所は


どうも寒くなりやすいらしい。




ほかには、冬にお日様にあたっていると


ポカポカするだろう?


山あいにある伊賀は日にあたる時間が短いために


お日様であったまる前に日が沈んでしまい、


平地よりも更に寒くなりやすいそうだ。



その分、寒さにただ耐えるのではなく


寒さに(あらが)う知恵というものがある。



今度帰ったら、こちらの許しを得てその知恵を


村のみんなに行き渡らせるようにしよう。



寒さはつらい。


いつか耐え抗うことだけでなく、


それに打ち勝つことができればいいな。




伊賀という国は山国だ。


この国は最近まで山に閉ざされていた。


せまい山の合間で無理に米を作ろうとするから


頑張りに対して結果が付いてこない。


結果が出ていないにも関わらず、


出来たわずかな米は税として持って行かれる。



どれだけ頑張っても、毎年手元には何も残らない。


家族が、村が生き残るために仕方なく


"忍び"といわれる汚れ仕事に手を染めて


わずかに貰う銭を頼りに生き抜いてきたそうだ。


神に、御仏に()びながら。



鬼のような顔で思い詰め、村を出て行く若い者たち。


十ほど出れば四は帰ってこない。



今年はあそこの家が帰ってこなかったなあ……


などと涙ながらに話をしながら、


村そのものを、その身を削るような想いで


明日をも知れぬ日々を過ごしていたそうな。



伊賀の村の和尚さまは言っておった。


『今から思えば、まさに生き地獄であったなあ。』



まことの地獄は、そこに居るものには


自覚ができないそうだ。



『人は貧しくなると心に鬼が宿る』とも言われた。




食うものも着るものも足らず、家は隙間風(すきまかぜ)が吹き。


昼には腹を空かせて、夜には寒さでただ震える。



木の皮に草の根をかじり、とうとう何もなくなり


飢えて果てるよりはまし……と他所を襲う。




まさに末法のごとくだと。





おいら達の村でも心当たりはないだろうか?


村では何とか食えている。


だがあくまで"何とか"だ。




村にかかる、収穫に対する税の割合が重いから


村として蓄えを貯めることができない。


蓄えがないから、何かがあれば即……飢える。


鬼が宿ることになるかも。



ウチの村でも何とかしないといけないかも知れない。




そういえば二つ向こうの山あいの村のモンは、


いつ会っても頬が()けていて


いつも眉間にシワを寄せ目をギラつかせて居たな。



そんな事を思い出すとゾッとする。


他人事では無いかもしれない。




そういえば、以前に里帰りをした時持ち帰った


衣はどうであったろう?


古着ではあるが良い物を山ほどに選んだつもりだ。


しっかりと着込んで冬に凍えないようにしてほしい。


ここの普請に来たもの目当の行商人から買ったが


なかなか上物だったとは思っている。



おいらが商人と交渉したんだぞ。


"学"というものは凄いものだ。



まさかおいらが商人とやりあう様な日がくるとは。




節約するのもいいが、帰ったら腹を空かせて


待っていたなんてことの無いように。



こちらは三食、満足に食っているから安心しろ。


村に居た頃よりも食えているくらいだ。


むしろ渡した銭で腹一杯に食ってくれていた方が


こちらとしても安心するし、


ちゃんと食べているおいらが心苦しくならない。



腹一杯に食うとな、力の出方が違ってくる。


たとえ銭を使ってでも満足するまで食うほうが


仕事がはかどるんだよ。





正直、こればかりは驚いたなあ。





ああ、


紙が、尽きてきた。


案外に手紙とは書き出すとあっという間だな。



村の皆ともども、無事に冬を越すように。


こちらも息災でいるから。





どうか、気をつけて。







和尚さまへ



熱田の村田という大店(おおたな)で、


"新米10に対して去年の古米を13と取り替える"


という商いをしているそうです。



どうしても(たくわ)えが足りなさそうなら


古い米でも無いよりはマシだと思います。




どうか村の者達を説得しておいてください。



村の者達が飢えで苦しまないようにと。









多分、読んだ感想としてまず最初に思い付くのが


『お前、誰だ?』


かなり知的レベルが向上しているぞ?




口入れ屋での一件で不便さを感じた三太。


伊賀でもあちこちで"文字の壁"にぶつかって


やむなく読み書きを習うことを決意。



結果として、語彙力(ごいりょく)がかなり


上がっています。



…………と、いいますか。


じつはコレ、主人公によるかなり遠回しの策。



口入れの受付や働き先であちこちで文盲(もんもう)


による不便さを感じさせることで、


尾張国の識字率と知識レベルの向上をはかる遠謀。




そもそも戦国時代の根底にあるのが


『富の過剰な欠落』と『知の欠乏』であり、


これらを解消させるための長期戦略の一環。



少なくとも三太の家族には、


腹を充たし寒さをしのぐ余裕が与えられた。


そして次期家長の知恵も。



成功モデルのひとつ。




マメ知識



『新米10と古米13の交換』



当たり前だが、市場(しじょう)では


新米が売れて古米が売れ残る。



新米を売った銭で古米を買い叩き、


領内各地でそれをまた新米に変えるという


回せば回す程に儲かる魔法のようなサイクル。


ただしやりすぎると古米の在庫がなくなる。



少なくとも籠城用の備蓄米に味なんぞ求めない為、


じつは各城の備蓄を行う担当に大好評。


これにより、備蓄米の横流しも防げる。



市場価格が安いからね、


苦労して横流しをやるだけの旨味がない。




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