第6話 後始末、の『あとしまつ』
『あとしまつ』には2種類の書き方と意味が有ったりします。
という話。
「……………ゑ?」
平手様が呆ける。
まあ、そうであろう。
今からやろうとしていたことが
『無いよ?』と言われた訳だし。
故に斯くの如くに混乱もする。
「だ……誰が?いつ?どうやって?!」
「……そも、戦や政は『神速を尊ぶ』と申します。
…………むしろなぜ今までされなかったので?」
――――どうして、今まで遊んでいたのやら。
「し、しておらんかったわけでないぞ?!
今まで色々とやることがあったのだ!!」
へぇ―――……
「…………左様で。
では、まずは"誰が"との仰せですが………
それは当然私どもです。」
くるり、と背を向けつつ話を続ける。
「私がここまで共に連れてきた者に
殆ど武家衆が居らぬことはお気づきでしょう?
私が役目を与えたのは
『安祥の者でない大人衆』と、
交渉事を頼んだ故に
『手の空いていない文官衆』らです。」
あなた方と共に動いていなかった者たちですよ。
「次に"いつ"………でしたか?それはもう、当然
『貴方達が呑んで騒ぎ、その後始末を
している頃』
……です……………………が?」
今度は―――――くるぅり、と振り返り、
"ニッカリ"と両の唇の端を吊り上げながら告げる。
…………おや?歴戦の勇将ともあろう方々が………
如何しました?
「最後は"どうやって"…………ですか。
それにつきましては、
『来る前から、最初からそうする計画だったから』
……です。多少の計算外はありましたが、
まあ概ね予定どおりです。」
絶句される。
齢8つの子供がここまで
筋道を立てれば驚くか。
皆様に、用意させた白湯で
一息ついて頂き
ひとたび落ち着かせて場を改める。
「さて…………ではどの様に動いたか、
順にお知らせを。」
指をひとつ折る。
「まず、近隣の村衆・国衆ですが、彼等については
13日……即ちこちらに到着してすぐに使者を
送っております。
『まずは戦の結果を見て決められるが良かろう』
と伝えましたので…………
14日――夜が明け誦経が止むと共に、
我先にと争うように連なって
誼と恭順の
挨拶をしてきましたぞ。」
「なっ?!」
「聞いておらんぞ!!」
いくつかの怒声があがる。
聞いてない、と言われてもねぇ。
「その頃、何をされておられたか……………………
お忘れで?」
「むぐっ………」
一斉に口をつむぐ。
「さすがに使者どのを酔いどれに会わせるのも
失礼かと思いましたので別室にて丁重に
もてなしております。
『申し訳ない。聞いての通り、今は
祝宴の最中にて』と伝えると
苦笑していたそうですよ。」
会ってないからね、私は。
さすがに子供が使者に会えんだろう。
指のふたつめを折る。
「次いで近隣の敵対的な国人・城主たちへの
対応ですが、」
一度、目をしばし閉じたのち続ける。
「14日。
近隣からの使者らが来るのと入れ違いに
彼等にも一斉に使者を送っています。
まずは揺さぶりもかねて、
『多少強めに、ただし返事・言質は
強いて取らずとも良い』
と指示しておりますので…………じきに
それぞれ動きが出るでしょう。
この機会ですので、今後の事も兼ねて一気に
"豊川の流域"あたりまで声をかけています。」
「豊川?!」
幾人かが驚かれる。皆様を見回した。
「これら一連のことが終わったのが16日の
夕方あたりですかね。」
皆様は………
何か『吐瀉物』の掃除とかしてましたねぇ。
呑気に昼過ぎに起きて。
みっつめの指を折る。
「16日。
昼頃に前もってお願いしていた安祥の城や
近辺の地域・村々の被害情報や現状等の情報が
集まりましたので、
緊急性の高かった一部の指示・伝令・配置を
進めておきました。」
「………独断で、動かしたのか?」
三郎五朗様が尋ねられる。
「城壁・柵などの防衛上の修繕が主ですね。ここで勝ち戦にケチが付いてはお笑い草ですから。
その他、三郎五朗様の判断が必要な『喫緊に必要そうな各案件』については箇条にして報告書にまとめてあります。」
提出された、山のようになった書類に思わずのけぞる三郎五朗様。
…………何で目を合わせないのですかね?
指をよっつめ、折りながら
「ここまでが17日の夜半までには終わってしまいましたので、やむなく何をやることは無いものかと確認したところ、
戦のせいで日延されていた『もめ事の仲裁』を2件みつけましたので、これまでの判例や各村の双方の情報を集めながら解決のための資料を作っていました。」
ため息をつく。
立ち上がりながら―――
「筆を進めながら…………………
いつから"政"、始めるのかなあ……………
と皆さんを眺めながら今に至るわけです。」
何か 文句でも 有りますか ?
おう、コッチ見ろや。
しばらくして平手様が頭をさげた。
「正直、スマンかった。」
「いえいえ。」
いわゆるギャグパートにあたります。
何気に4~5日で内政をやってのける主人公。
とはいえ、横で宴会とかやられて半ギレ風味。
なお、地図を見ると分かりますが
『豊川まで使者を送る』
………かなりのムチャをしています。
マメ知識
『白湯』
お茶などを入れてない、ただの『(白い)お湯』
当時のお茶は高級品で、それゆえ普通に
お湯を飲んでいた。
現代でも、『(一杯300円の)高級玉露』を
日常的に飲めないのと同じ理由。
『村衆・国衆』
当時の彼等は、戦の結果や情勢で簡単に
所属を変える。
上の人間にすればエラく面倒な連中。
『もめ事の仲裁』
これもその地を治める武将や大名の仕事。
村衆や国衆は裁定に不満があるとすぐ
文句を言い始めるので、超注意が必要。
ただ、日頃からこれをやってると
実効支配の支持を得られる。
『吐瀉物』
読み仮名を振るつもりもなし。
泥酔した者が良くする"粗相"。
後は各自でお調べください。
『ニッカリ』
《夜道でワラう幽霊を切りつけた。
朝見たら石灯篭で、見事両断していた。》
という逸話で有名な名刀『にっかり青江』から
引用した表現。
要は『幽霊がする様な』笑みで…………
どう見ても威圧してます。