第48話 三河仕置、原案
竹千代サンを松平家に戻す?
………なんで?
という話。
流石…………というべきか、
最初に我に帰ったのは殿であった。
目を細めて問い質す。
「竹千代を松平へ戻す?
――――――どういうことか?」
折角の人質をわざわざ元に戻す理由が
分からないらしい。
まあ、人質は相手に言うことをきかせる
安易で直接的な手段の一つであるから。
「とはいえ、人質とは案外に効率が
―――――――悪いのですよ。」
確かに言うことは聞く。
しかし、
いざとなったら人質など見捨てられるものだ。
戦国時代というのはとことんに非情な情理を
もって動いており、従う側が
『従うだけの価値がない』
と判断した瞬間、その人質は家から
見放されてしまう。
『あー、うん。別に勝手にすれば?』
という結論を簡単に出してしまうのだ。
そのため、安易に頼ると痛い目を見る。
――今回のように、今の棟梁が既に死んでしまい
竹千代どの以外の予備が存在しない場合は別だが。
「人質による従属はどうしても怨恨が残ります。
殿も……そして三郎五郎さまも長く三河松平家に
接してきたからよくお分かりかと思いますが
―――――あの連中、とことん面倒なのですよ。」
そもそも前回に安祥城が攻められたのも
『織田の長男を竹千代と人質交換するため』
――と雪斎に唆されて始まったモノだ。
逆にそのせいで気合が入りすぎて、
名目上の大将が討ち死にして大失敗となるのだが。
あの時も今回も、三郎五郎さまを捕縛することが
戦の動機なのです。
それだけ棟梁に据える竹千代どのに、
異常なまでの執着をしておるのですよ。
……………… ホ ラ 、
――― 面 倒 く さ い で し ょ う ?
「いっそのこと、快く送り返して松平家に
好印象を与えたほうが今回の場合は得なのです。」
竹千代どのをこちらが握っている限り、
彼らは『面従腹背』を続けますよ?
重 た い 恨 み を 持 っ た ま ま
松平家に人質を取るのはむしろ厄ネタなのだ。
松平にも今川にも介入の名目を与える。
―――織田に貧乏神を抱え込むに等しい。
さっさと放り出して『争う名目』を
消してしまったほうが長く見ると良いだろう。
うまく動かせば『友好の名目』にもなる。
思い当たるフシがあるのか、
ひどいしかめっ面をして考え出す織田の親子。
戦の経緯を思い出して吟味を始める五郎左衛門様。
―――さて、と。
こちらはのんびりと温くなった白湯でも
「――――失礼します。」
……と手を伸ばそうとすると、外に控えていた筈の
藤吉郎が盆を持って部屋にあがって来た。
――――――うん?
思わず動きを止めた私を尻目に、
手に取ろうとした湯呑みをかっさらって
新しい湯の入った湯呑みと取り替え
――また三人の湯呑みも改める。
そのまま一礼をした後に退出して行った。
―――あ、柿の葉茶に取り替えている。
「…………………………………」
手を伸ばした姿のまま、しばし固まる。
まばたきをひとつ、ふたつ。
なんというかね、
確かにまぁ、そろそろ
場の切り替え時だとは思っていたが……
あいつ、場の"空気の流れ"を
読みすぎではないかな?
どうも成長路線が最近、
『家宰や執事』の方を向いている気がするのは
――――気のせいか?
―――ホントに一体、どこへ向かうつもりだ?
唐突に場の空気をひっくり返されて
私同様に呆気に取られた三郎五郎さま、
外交を行っていて、間合いや空気を操る大切さを
知っているが故に感心する平手さま。
そして
「――――ほう。」
藤吉郎の鋭敏さに目を付ける殿。
場の流れを、主の意図ごと覆して見せた手腕に
興味を覚えたようだ。
…………が、
「あげませんよ?
"村田" 藤吉郎は我が分家ですので。」
…………………いい加減、気付いただろう。
わざわざ"分家"を造ったこと。
そして、
『それを殿に許可を頂いた』理由を。
分家『村田』とは、在野にある名も無き傑物を
自家に取り込む為の手段だ。
由緒のある家とは違い、市井に生きる者達は
苗字を持っていない。
それは自分を保証するものが何もない事を
意味する。
そういった彼等を分家に引き込むことで、
その身の保証と立身出世の機会を与えるという
―――――"御恩"を与えるのだ。
その御恩をもって配下に組み込む。
そういうシステムだ。
そして、この分家を造ることを主君から許しを得る。
――――この事が大きい。
主君は配下に、『分家を造る』という"特権"を
褒美として与えることが出来る。
自身の財を減らさずに新しい"御恩"を、
―――『新恩』を与えることが出来る。
これは後に信長が『茶会を開く権利』を
褒美としたのと同様である。
新しい無償の利権が生まれるのだ。
実のところ、主人公は作中のような
『誰にも咎められる道理のない利益』を
あちこちで少しずつバラまいている。
これが異端視されながら排除されない理由。
そして……
藤吉郎、お前第1話から居たのかよ!?
マメ知識
『仕置』
古くは政務処理そのものを指す言葉。
ただし一般人に見ることができるのが
『刑罰の執行』しかないために、
そう言うものとして誤解されたままに
今の意味に至る。
『面従腹背』
表面上は従っているが、裏ではいつでも
裏切る準備をしている状態。
ホント、戦国時代はこんなのばかり。
『家宰・執事』
"家宰"は一門の家中を取り仕切る職責をさす。
多忙な家長に代わって家中の仕事を代行補佐する。
"執事"は日本ではそもそも政府の役職をさす。
ヨーロッパの"バトラー"は、どちらかというと
執事より家宰の方が近い。
『"村田"藤吉郎』
実のところ、『木下』の苗字は
自称であったのだろう。
その自称は放置されていた。無視といってもいい。
※ファンタジー物で、無名の冒険者が
勝手に『二つ名』を名乗るようなもの。
名乗られても、
『誰?』、『いや、知らん』としかならない。
また、二つ名を勝手に名乗っても罰されない。
そもそも、罰するルールがないから。
そして、後に正式に苗字を名乗る権利を
褒美として受け取る。
そうして武家『羽柴』が生まれた。
(同時に諱:秀吉を名乗る権利を得る)
なお村田 藤吉郎は
能力を満遍なく成長させざるを
得なかった秀吉とは違い、
商業系政治学を中心に"政治"ステータスへの
『極振り』をされているために各種交渉系の
スキルレベルが異常に高い。
教えられているのが400年以上先の先鋭的近代学
であるため、それこそ『豊臣 秀吉』よりも。




