第44話 老人と、憂身
傅役の平手といえば、
もれなく信長の話題が付いてきます。
当たり前だよなあ。
まあ………………
三郎さまがこの御仁の下へも相談に行ったのだろう。
『かれこれ、こうで。
――――――――良い知恵は無いか?
奴に一泡、吹かせたい。』
――――――――――とでも。
さて、その時の若君の顔はどうであった?
――――その顔を見て、どう思った?
「―――――――若のあの様な顔は、
しばらく見ておりませんでしたな。」
湯呑みを両の手で持ったまま中の柿の葉茶の
残りを見つめ
ひどく神妙な顔をして、しみじみと言われた。
「…………若が小さい頃から御支えして
―――――――――早15年。
若は幼い頃からひどく好奇心が強かった。」
昔を思い出す様に、ゆっくりと語られる。
彼の傅役の仕事は、
彼の後半生…………そのものである。
ほとんど孫のような主君の子との日々。
「こちらが教えることに何でも食い付き、
面白がり………気がつけばあっさりと会得している。
―――――――とても優秀でな、
こちらも夢中になって何でも教えておった。」
まあ、楽しかったろうさ。
素直な子供の時期というのは、一番に
かわいい頃だからな。
育ての親として、勉学の師として充実していたろう。
しかし、少し前までの若君を見てわかる通り…
「…………………何時の頃からかな、
若が目を背ける様になってしもうた。
――――何を言うても、叱っても外方を向く。
気がつけば、向き合うこともせぬ様に
…………出来ぬようになってしもうた。」
ただの荒れ狂ったイノシシに成り下がった
三郎さまを、止めることが出来なかった訳だ。
――――正しくは、『止め方がわからなかった』か。
それは
………不甲斐なくもあり、悲しかろうな。
目の前で"閉じてゆく"彼の生き様を
見ることしか出来ないのは。
何かの拍子に、何もかもイヤになる程に。
「――――――――あの様な顔は、
本当に…………久々に見ました。
若の………迷いでしょうか?
そういったものを解き放って頂き、
――――――――傅役として感謝致します。」
深々と頭を下げる。
傅役としての責務ゆえ、三郎さまを正道に
引き戻したことには感謝しなければならない。
育ての親として、彼の更正は喜ばねばならない。
されど、
その心の帳の内に在るのは、
自身の手でなせなかった
無 力 感 か ?
それとも、
その機会を奪われた
" 嫉 妬 " か。
「………………世の中、
近すぎると案外に見えぬことがあります。」
村井の家は内政方のせいか、
どうにも合理的というか…効率主義的な様がある。
少々、"遊び"が足らないところが在るわけだ。
そういう所が私の人格形成に、
大なり小なりに影響を与えている。
それに気付けたのは、"村田"の側に寄って
"村井"の側から少しばかり離れてみたからだ。
貴方方二人も、
そういった『ナニカ』が在ったのだろう。
「ずいぶんと昔の事になるかも知れませんが……
平手さまも若い頃、
何となくムシャクシャして全てに反抗したくなる。
――――――そんな気分になった事は御座いませんか?」
いわゆる反抗期だ。
これについては、発生を止める手段は無いとされる。
その規模の大小はあっても、
それは心身の成長過程における
精神と肉体のズレだからだ。
何と言うかね、
この人を見てると……………
おそらく
『叱り、愚痴を吐き、説教した』のではないか?
――――――反抗期の子供に対して、
実はそれが一番マズイとされている。
結果として、ガッツリと更なる反抗が起こるのだ。
そうして『訳の分からないイノシシファッション』
が生まれる。
反抗期の対処マニュアル、と言うものは存在しない。
「結局は『そういったもの』です。
こればかりはどうすることも出来ません。
…………こちらの思いが、
届かないことだってありますから。
――――――自覚なく、その思いが歪んでいることも。
出来なかった後悔よりも、
まずは上手く立ち直ったことを喜んでみて下さい。
―――――――この先に……
また新たな関係を築き直して行けば良いと、
思いますよ。」
「――――――――――小僧に、
そんなことを言われるとはおもわなかったがな。」
…………やれやれ。
まあ、何とか及第点………というところか。
あとは本人次第だ。
下手に手を出して拗らせることもなかろう。
こんな一流の"人財"だ。
こんな所で転んでもらっては迷惑だ。
三郎さまのためにも、
もう少しキリキリ働いてもらわなくては、ね。
実のところ、この一連の話の構想を練っている
最中に『行間の余白が多い』と言う問題点が出た。
そこから心底に思い知ったのは、
『善かれと思った行いが
その相手に正しく届くワケでもなく、
またそれが正しいとは限らない』ということ。
その事が、イメージ的に今回の話と被ってしまう。
泡沫物書きながら、自分が凹むようなこの事を
題材として『面白い』と思ってしまう。
物書き症候群が結構、進行しているなぁ。
と、我ながらしみじみと思うこの頃。
マメ知識
『憂身』
もしくは"憂き身"
読みは同じです。
"うみ"ではないし、カジキマグロも出てこない。
『反抗期』
作品中でも言ったが、具体的なマニュアルはない。
一般的には
『怒らない、叩かない、比較しない、説教しない』
『突き放さず、さりげなくつながりを感じさせる』
『ベタベタせず、離れすぎず…適度な距離感』
『親しい第三者に頼み込んで相談させる』
『親が痺れを切らせてキレない』
などがある。
有るのだが、
容赦なく難しいよね?
コレ。
『訳の分からないイノシシファッション』
武家の仕来たりと文化性についての反発、
本人の効率主義や行く先への迷走が
変な具合にフィッティングしてしまった結果。
『こんな小僧に』
明らかに反抗期の来てない子供が
知ったようなことを言うとか、
『おまゆう』だろうが。
………なんて考えたかどうかは知らない。
けど、『孺子』呼ばわりはしてるので
その辺……推して知るべし。




