第40話 『うつけ』の、行く末
さて、三郎さまは?
「―――――――どうだった……………か、
力なく後ろへダラリと脱力して倒れ込み、
――――背中の後ろで手をついて辛うじて支える。
体が流れるままに頭を後ろへ倒して
ただぼんやりと天を眺めながら………
吐き捨てるように三郎さまが呟いた。
「そうよな…………………
いっそ、笑えるほどであったとも。」
ひどく力なくダラリとしたまま、
どうにもげんなりとした様で。
……………何ともね、
まあ、それはそうだろう。
変わった・代わったと言われても
本人達はそこまで変わったつもりはないのだから。
ただ、武家らしい形をして、
―――武家らしい態をしたに過ぎないのだ。
たったそれだけのことで
態度が一変する。
さすがは、武家の嫡男!
―――と持ち上げられてちやほやとされる。
――――軽い人間不信になりそうだな。
全くもって
ろくでもない話だ。
「人間なんぞ、
結局は見た目を重んじる…………
その程度の詰まらない生き物なのですよ。
―――――よく、
お分かりに成られたでしょう?」
人間サマなどと偉そうな事を言った所で、
―――――所詮は動物。
"見た目9割"などと言われる、
その程度で左右される
そんなチンケな存在だ。
「若君とて、
"嫋やかで淑やかなる女性"と
"筋骨逞しく口喧しい女性"の
いずれを選ばれますかな?」
―――――ひねくれて
……後者がいい
と言うのなら、今後の縁談に反映させるぞ?
本 気 で な 。
―――――― そ れ 見 た こ と か 。
若君に人を責める程の筋合いなぞあるまい。
――――――ふむ?
………………………そう言う私は、どうなのだ?
そ れ が 稚 児 に 言 う 科 白 か?
反 応 も せ ん わ 。
――――― ア ホ ウ め 。
「とはいえ、
悪いことばかりでは無かったでしょう?」
いつまでも
うじうじと、うだうだと言っていても仕方ないので
こちらから話題を切り替えてやる。
マイナスばかり言っても仕方あるまい。
少なくとも下位の武家から高い支持を
受け始めている、との報告を受けている。
弾正忠家の継承を行う上での障害が
減ったことだろう。
風評と言うものはこの時代、怖いぞ?
「―――――まあ、な。
態度を改めるだけで、
"柴田"も"佐久間"も対応を変えよった。
…………今までの不心得を詫びる事で、
あれ程こちらを軽んじていた
――――――――"林"………さえもな。
な ん と 、ま あ
―――――――― そ れ は ス ゴ い 。
そ の 事 は 、
『未来の弾正忠家継承時に起こる内乱の発生』が
事実上、消滅したことを意味する。
同時に、彼が弟を自身の手で殺す必要がなくなる。
恐らくは終生のトラウマに成ったろうからな。
しかし、――――どれだけ嫌がられていたのだ?
『 う つ け 』 の 三 郎 は 。
「 …………………… そ し て 、
―――――――― 母 上 も ………な 。 」
何とも、微妙な顔をする。
今まで嫌われ、遠ざけられていた。
態度が軟化して…………
"嬉しい"と思う気持ちと、
"今さら"と思う気持ちと。
さながら揺れ動く天秤の如し。
三郎さまの母君である
―――――――土田御前、
彼女が信長をひどく嫌っていたことは
…………知られている。
そして多くの場合、明確な理由が
……………きちんと説明されていないことも。
とはいえ、そう言われても
―――――――――なぁ。
「それは良う御座いました。
"千秋"、"生駒"、それから"大橋"と共に、
『若君の憑き物が無事落ちた』……と
母君の周りの者に頻りに囀ずらせた
甲斐も有ったと云うものです。」
実のところ、若君に銭を出して送り出した時に、
『験担ぎのために、
熱田神宮で大々的にお祓いを受けるように』
と、強く進めておいた。
"うつけのやり仕舞い"とばかりに
―――――ちゃんと派手に行っていたようだ。
結 構 、 結 構 。
お 陰 で や り や す か っ た。
「 ―――――は あ ?! 」
思わず、ギョッとしたような顔をして
飛び起きる若君。
バネ仕掛けの様だ。
……………まだバネは無いが。
研究課題のひとつだな。
こちらの動きまで把握していなかったのであろう。
慌てたように
"聞いてないぞ?!"
と言わんばかりに睨みつける。
それはそうだ。
"聞いていない"と言われたなら、
"言っていない"と答えるのが
世の定め。
しかし、そもそも
「三郎さまの母君は名家の出身で御座いましょう?
『仕来り』に誰よりも縛られて生きてきた方です。
それが自分の子が『常識はずれのアホウ』なら、
それは嫌っても当然です。
母君からすれば、理解出来ませんから。」
結局は身から出た錆だ。
"うつけ"という赤錆のな。
若君が息を飲む。
若君が伝統や仕来りに縛られる者が
『愚かである』と理解できぬ様に、
母君も伝統や仕来りに縛られない
―――――そんな若君が理解できないのだ。
自分と母親、
―――逆さに考えて
ようやく理解したのだろう。
「それはともかく、
若君からも母君へと歩み寄る努力をなさる
事をお勧めします。
……………"やらぬ後悔よりやる後悔"、
――――そのように申しますゆえに。」
若君がテーブルの上から辺りと視線を向ける。
梅雨も明けて緑も深くなる時期。
暑さは未だキツくはないものの、
―――――――緩やかに季節は変わり行く。
新緑も関係も、
新しく育てるなら今が好機であろう。
迷う様に
しばらく天を仰いだ後、
腹を決めた様で
――――――――しっかりと頷いた。
1549年、初夏の頃。
当時まで『うつけ』と呼ばれていた織田信長は、
突如その行いを改める。
奇抜な服装・行いを止め、武家の嫡男として
大層に立派な振る舞いを取り始めたと言う。
熱田でお祓いを受けた直後の事であり、
『憑き物が落ちた』『キツネが祓われた』などと
しきりに噂されたという。
これらの行いにより……
織田弾正忠家における信長の立場は
大きく上がる。
織田家臣団のみでなくそれまで疎遠であった
母親、土田御前との仲も改善した……と言われる。
信長はこの時をもって、生まれ変わったのだ。
ついでだからと、『ノッブ様の青年期のトラウマ』
を潰しにかかる主人公。
潰される本人は、そんな話は聞いていない。
怒るやら、慌てるやら。
マメ知識
『げんなり』
探してみたが、漢字が存在しない。
そもそも擬声語、つまりオノマトペの類らしい。
※よく少年漫画で背景に書かれるアレ。
『音や声、雰囲気』を文字化したもの。
そりゃ『ゴゴゴゴゴ!』や『ドドドドド!』に
漢字を当てたら、ただの中二病だ。
『稚児』
児童や幼児を指す。
ちみっこ。
女性の好みを聴いて、返ってくるわけがない。
※主人公のような、『転生者』以外なら。
主人公はちょっと枯れ気味なだけ。
『女性の好み』
女性差別などするつもりはありません。
あくまで『改善されていない』当時の風潮です。
作者は別に男女平等ですよ?
作中では『数葉』は村田初期メンバーの中でも
かなり上位の地位にいます。
それ故に藤吉郎の教育係になる。
※下手な人間をつけると、
藤吉郎にアッサリ凌駕されるため。
『土田御前』
本作品では彼女は『佐々木六角』の末裔、
土田家の娘としています。
いつぞや書いた佐々木道誉の子孫。
……かなりの分家の分家ではありますが。
足利政権ではかなりの血筋です。
『嫡男』
家の跡取り。




