第38話 村田屋、ある一日(そのニ:前編)
しばし、時間が流れます。
三郎さまの背中を蹴飛ばし、
供回り達を嗾けてから暫く経った。
三郎さまの『奇行子』ぶりがなりを潜め……
それどころか逆に武家らしい服を
完全に着こなした上で、
襟元や袖口・帯飾りから根付などに
ワンポイントに鮮やかなアクセントを付ける
―――――その様な、見事な『貴公子』っぷりを
魅せ始めた。
とはいえ、茶筅の髷は譲れないらしい。
巻いた紐に一工夫を入れるようになった。
行動も一変。
訳のわからない『ウェーイ行為』が収まって、
極めて落ち着いた感じになった。
とはいえ、良く見ると…………
どうも『伝統』や『しきたり』でコッソリと
遊んでいるフシが有ったりする。
まあ、平和でいいことだ。
同時に供回り達にもまともで小洒落た
着物が与えられ、身形も整えられる。
特に九郎左衛門くんや又左の坊を含めた数人は、
もう明らかに態度が変わり始めた。
そうなると。
―――――先にも言ったがこの御仁、
『バカ』さえやらなければ
むしろイケメンの部類に入る。
『奇行子』が『貴公子』に変わったことで、
隠れ人気に一気に火が着いた。
誰に入れ知恵されたかは知らないが、
大名行列だか馬揃えだか分からないような格好で
領内を見回ってみたり、
供回りを着飾っての行軍ショーや
わざわざ足軽を雇っての模擬線ショー、
更には近隣の農民をメシ付きで雇って
大規模な鷹狩りを行い、獲物を全て農民に分ける。
変わったように見えるだろう?
実のところコレ、やってることは
本質的には殆ど変わってないのだよ?
見 た 目 以 外 は 。
元々コイツら、気だても気前も良いものだから
今度は一気に評価がひっくり返りつつある。
「――――――――それで、今日は何事で?」
只今、『七福神』のフードコートの
ベンチに座っている。
前には三郎さま。
何 の 用 で す か ?
「―――――――――やって、くれたな。」
睨み付ける…………………というよりは、
ジト目でこちらを見る。
左の肘を立てて手のひらに頭をのせ、
ゲンナリとした態度で。
「はてさて?
どの様なことでしょう?」
三郎さまがウチの店の方をアゴで示す。
見てみると………
――――――――――ホント、何やってるのやら
…………… あ い つ ら 。
藤吉郎が店先のベンチに座り、
店員に小分けにされた新作料理らしいものを
渡されては口に入れ、
"ペッカァー"と、後光が差すような輝く
笑顔を見せている。
何 て 言 え ば い い の や ら 。
………………どういう訳かというと、
――――どれだけ頑張っても藤吉郎のヤツ、
食い意地だけは治らなかった。
まあ、それはいい。
ある店員が気がついた。
コイツ、旨い物を喰うと周りが呆れるほどに
良い笑顔をする。
コイツの休憩中だけでも
店先に置いておくと、とんでもない
宣伝にならないか?
――――――そんなこんなで妙なコトが始まった。
結果は、
まあ…………劇的だったよ。
あまりに旨そうに食うものだから
次々と客が集まって試しに注文を取る。
そもそも料理は藤吉郎が評価するだけの物だから
あっさりと固定客が付き、今も増え続けている。
評価が良くなるのはいいのだが…………
ウチが『奇行子』出してどうするんだ?
「おい!!
お前、わざとやっているだろう?!
そっちではないわ!!!」
あ ――― 、
そうですか。
日常回、その2 (前編)
なにやらノッブ様、変な人気が出ている様子。
マメ知識
『嗾ける』
その昔、狩りなどで犬を放すときに
『けし!』と言ってたとか。
"けし"(の声を)かける。
そういうこと、らしい。
『根付』
刀や帯、印籠などに付ける飾り。
今で言うストラップにあたる。
『今日の藤吉郎?』
なんかヘンなことを始めた。
試食のサクラに適正が有ったらしい。




