第○話 前田又左衛門、刃傷未遂事件
この話は第37話より10年後の話です。
物語の進行がこの話まで到達した時点で、
その時点の最新話に切り替わります。
※掲載理由は活動報告にあります。
⚠️注意!!⚠️
お食事中の方はお読みになるのを
直ちにお止めください。
大変に気分を害される恐れがあります!
お食事が終わり、
しばらくしてから改めてお読みください。
※なお、こう言う話がお好きでない方は
途中でブラウザバックしてください。
では、どうぞ?
むかぁーし、昔………
尾張の国にたいそうに聡明なひとりの
若武者が居り申した。
名を『前田の又左衛門』。
かの有名な、"槍の又左"に御座います。
この者、槍を担いで戦場に赴けば
一騎当千の豪傑として、
ひとたび槍を手放せば筆を担いで織田家中を
政にて取り仕切る知将として、
まさに八面六臂の大活躍をしておってので
御座いました。
時は永禄2年!(1559年)
同時、信長行に寵愛されて
たいそう調子にのっておった
"捨阿弥"という茶坊主が。
侍衆をひどく馬鹿にするという事件を起こしました。
「斬ぃれるモノなら斬ってみるがよい!
たぁだし!
キサマラも切腹よォ!!」
威勢だけの良い、人をナメた態度に
侍達は怒り心頭!
その場はよもや、血の海に成らんとした
その時!!
「まあまあ、皆の衆!
ここは抑えたまえよ。」
ここで身を乗り出したのが
又左衛門で御座いました。
又左衛門はいきり立つ侍衆を抑えながら、
「こやつは所詮……
かつての我らの如くに、
我が殿にアホウのように付き従うだけの
『金魚の糞』。
斬る価値なんぞ、御座いませぬよ?」
そう、言い放ったので御座います。
それでも!
収まりきらぬは侍衆。
「このままでは、腹の虫が収まらぬわ!!」
と、吠えた言葉に。
又左衛門が、返すには。
「しからば、まずは厠にゆきなされ。」
――――ポカーンとする侍衆。
意 味 が 分 か ら ん!
ボンヤリとして
勢いの止んだ侍衆に
又左衛門は更にこう言ったので御座います。
「別に金魚の糞を斬らずとも、
厠には代わりなぞいくらでもござりましょう?
まずはたまりに溜まった腹の虫を、
すっきりと肥り出せばよろしかろう!」
しばらく時は止まり申した。
そしてその後、
わぁーっはっはっは!
わぁーっはっはっは!!
その場は大笑いと成ったので御座います。
「なるほど、なるほど!
――――確かに、厠にゆけば!
切り捨てる糞の代わりなんぞいくらでもあるわ!」
とひとりが言えば、
「はっはっは!
まさに糞坊主とはこの事よのう!!」
とまたひとりが言う。
わぁーっはっはっは!!
皆の衆、笑いが止まらぬように
なってしまったので御座います!
その中でひとりがこう申した!
「それがし…………
いくら腹の虫が立ったとて、
クソを斬る気には成り申さぬ。
刀が、汚れてしまいまする!」
わぁーっはっはっは!!!
収まりかけた笑いが
再び沸き起こってしまいましたとさ。
さて!
ここで収まりが着かぬようになったのが、
皆をバカにしていた……当の捨阿弥!
馬鹿にするつもりが、
クソ扱いの物笑い!
それはもう、怒り狂って
「おのれ! よくも!!」
と、懐から短刀を取り出して
振り上げ、切りかかったので御座います!
しかし、まあ………
よくよく考えてみてくださいな?
相手は戦達者の侍衆、
たちまち短刀を取り上げねじ伏せられました。
こうなれば立場は逆転!
哀れ捨阿弥は攻められる立場に。
「まさか無事で済むとは思っては居るまいな。」
と攻めあげ脅す侍衆に、
又左衛門、今度はこう言ったので御座います。
「まあまあ、
ここは穏便にゆきましょうや。」
またしても
意味のわからぬ侍衆。
その答えはいかに?
「クソに噛みつかれたなど恥に御座いましょう?
そんなものは、
厠の"おつり"だけで結構で御座る。」
わぁーっはっはっは!!!!
再び、大笑いが起こったのでした。
―――――――――――話を聞いた時は正直、
『 ど こ の 江 戸 落 語 だ ? 』
………と思ったが、
――――話自体は面白い。
頓知も機転も効いていながら、
下ネタゆえに庶民にも受け入れやすい。
――――――ということで店の講談師に、
「軽々しく腹をたてずに
―――――逆にやり込める。
まさに尾張侍かくあるべし!」
などと感想を付け足して吹聴
させた所、
大 ウ ケ し た 。
話を広めたところが行商人が集まる村田屋で
あったため、話が一気に尾張中に
響き渡ったのだ。
こうして、前田 又左衛門の名前は
知勇兼ね揃えた名将として、
尾張に轟くこととなる。
後日……偶然出会った所、
「正直、迷惑だ。」
と、ひどく眉をしかめて言われたのは
―――ずいぶんと笑わせてもらった。
『前田 又左衛門 刃傷未遂事件』は、
那古野で有名な落語の演目のひとつです。
信長の寵愛を盾に無法をなす捨阿弥が、
名将と言われる又左衛門に力ではなく
機知のみで打ちのめされる、という一幕は
痛快かつ、極めて笑いを誘うものでした。
この話をいたく気に入った村田屋では、
いち早く講談師に面白おかしく語らせました。
娯楽のない当時の尾張に、大きな笑いを
もって迎えられたといいます。
この演目は、現在でも名古屋の落語家が
大変好み十八番として語る物なのです。
本文は、
後世の落語の一幕を引用した
……………という形式をとっています。
ちょっとした実験です。
マメ知識
『前田又左衛門、刃傷未遂事件』
実はコレ、本来なら史実において前田利家が
捨阿弥を殺害したことで織田家を追放される
……というイベントになる。
ただし本作品では主人公が超強化イベントを
行って10年後のため、政経・謀略のレベルが
『真田』クラスまで上がっており、
むしろ返り討ち。
逆に捨阿弥の方が追放された。
『金魚の糞』
金魚そのものは室町時代には明から伝来している。
ただし、まだ高級嗜好品の類い。
何気に村田屋の店頭でインテリアとして
常設されていたりするため、
那古野・熱田の人間には結構知られている。
……………最近、ノッブ様に
『よこせ!分けろ!』と
言われ続けているとか、いないとか。
『厠のおつり』
当時の便所は、
設置した人間が余程金をかけない限りは
『ボットン便所』であった。
※ボットン便所。
汲み取り式の便所のなかでも、さらに古いもの。
浄化槽式の前の形態で、
『便器の下に直にタンクがある』。
そのため、大便を"ボットン"と落とすと、
下の糞尿が飛び散って尻にかかることがある。
これを『おつり』と表現した。
『尻に(糞が)食い付く』わけだ。
このボットン便所、
水洗式の前の段階、浄化槽式になる昭和中期までは
結構普通に有ったらしい。
自分で調べてみるか、60代から70代以降の
祖父母に尋ねるとよく分かると思います。
『江戸落語』
江戸っ子はどうも駄洒落や掛詞を
利用した言葉遊びが大好き。
当然に落語もそういう傾向がある。
『吹聴』
あちこち言いふらすこと。
分かりやすく言うと、
ウワサ好きのオバチャンが聞いたウワサを
『あちこちにしゃべって回る』。
この上の行為の事をさす。




