第37話 『非呉下阿蒙』、に倣え
さて、三郎さまの背中を押した(蹴り込んだ)
主人公ですが………?
後日、某日。
村田の店に二人ほど
呼びつけておいた。
「――――――失礼いたす。」
やや恐る恐るながら、自身を奮い立たせて
足取りも確りと
入ってくる若いのと、
「…………………」
不貞腐れたような顔で頭を下げる小僧。
それぞれ名を塙 九郎左衛門 直政、
―――そして前田 又左衞門 利家。
前者はともかく、
『槍の又左』くらいは聞いたことが有るだろう。
――――――この時期だとまだ"又左衞門"でなく、
"犬千代"か。
正直いうとな、
この二人しかピンと来なかったわけだ。
すまんな。
うん?
『若いの』だの、『小僧』だの…………
" お ま ゆ う " ?
ほっとけ。
「お呼び立てして済みませんね。
まずはこちらで腹を充たして下さいな。」
合図をして柿の葉茶と、良く熟れた
"真桑瓜"を二個ずつ切って出してやると、
忽ち、顔が輝いてむしゃぶりつく。
欠食児童かね?
……………その通りだよ。
「さて、ではお話をさせていただきます。」
一息ついて、機嫌が上向きになったところを
見計らって話をきりだす。
二人も居心地の悪そうに座り直す。
「お二人は
――――――いえ、三郎さまに付き従う
皆の代表としてお聞きします。
…………………今のままで、宜しいのですか?」
じっと、二人を見つめる。
返ってくるのはポカン顔。
ただ困惑する、九郎左衛門くん、
良く、わかっていない又左の坊。
――――話が掴み辛かったか?
―――――あ。
………いかんなぁ、
藤吉郎やら若君との
スムーズ過ぎる会話のせいで、
子供とのコミュニケーションが変になっているな。
「…………………ふむ。
言い換えましょう。
あなた方も知っての通り
若君……三郎さまは今、
激しくやる気をみなぎらせております。
あなた方の真に知る炎のような三郎さま、
その燃えるような勢いは以前よりも
はるかに増しております。
虎の子は、これより虎どころか
―――――龍に化けるのです。」
キラキラと目を輝かせる二人。
自分たちを引き上げ、見出だしてくれた若君が
手放しで誉め称えられるのが
大きく、強くなって行くことが
うれしくてたまらないのであろう。
「ですがね、
………三郎さまはこれから、
別人のように変わって行くでしょう。
その時、貴方たちは
そのままで良いのですか?
間違いなく、若君の成長に置き去りにされますよ?
置いて行かれるのですよ。」
二人が共に青ざめる。
拾われた犬のような彼等は、
飼い主である若君に置き去りににされるなど、
考えたくもないだろう。
だ が 、二 人 と も 解 る の だ 。
このままでは間違いなく置いて行かれる。
そ れ を 若 君 が 望 ん で い な く て も 。
青ざめた九郎左衛門くんはガタガタと震え、
又左の坊はただ泣きじゃくる。
先の三郎さまと同じだ。
何かを成すべきなのは解っている。
それを一刻と早く成さねばならぬことも。
だが何をしたら良いのか、解らないのだ。
何を成すべきかを。
自らの主がハマり込んでいた地獄に
自分たちが落とされて、
ようやく事の深刻さを思い知ったか。
それは彼らの絶望だ。
部屋のスミに置かれた本の山を
そっと引き寄せる。
呆然と立ちすくむ様に、
ただ惰性で進んでいた歩みを振り返って
ふと気が付くとどちらに進んで良いかが
解らなくなってしまった。
そんな迷子の二人に声をかける。
「はるか昔……………
大陸の、『呉』という国に
『呂蒙 子明』という男がいました。」
突然始まった話に、
ぼんやりと顔を上げる。
何の話だ。
何がいいたいのか?
…………と。
「この呂蒙という男、
若い頃はたいそうな暴れ者で
地元では『呉下の阿蒙』
"呉の蒙の阿呆ボウズ"などと
いわれていました。」
二人も興味を覚える。
ただ暴れて煙たがられるだけの男
影では嫌がられる、
そう、お前たちみたいなヤツだ。
「ある日、
暴れてばかりで迷惑をかける呂蒙にみかねた
呉の国の"若様"が、
彼をこっぴどく叱ります。
『このバカ者が!
暴れるばかりで優れた一人前の男に
なれるものか!!
少しは本を読み、学を高めて
男を磨け!!!』」
そう、言ってやる。
"ハッ" と、何かに気付いたような二人。
まるで、自分たちが若君に怒られたように
感じただろう。
ただの荒くれ者が、若様に叱られる。
己 を 磨 け と 。
その呂蒙の姿に、自分を重ねたことだろう。
当 た り 前 だ 。
こ っ ち は 最 初 か ら そ の つ も り だ 。
「そこから、
呂蒙は人が変わったかのように勉学に励みます。
書物を読み、学のある者を師と仰ぎ
ただひたすらに自身を磨きました。
ある日、呉の国で参謀にまでなった呂蒙の友人が
彼に会いにきます。
その者は……
しばらく会わない内に別人の様になった呂蒙に
大変に驚き、感心したと言われています。
『なんてこった!
ずいぶん大した男に成ったものだ!
見違えたぞ?!
これではもう、"呉の蒙の阿呆ボウズ"
なんて呼べないてはないか!!』
この話を『非呉下阿蒙』
……………呉下の阿蒙に非ず、といいます。
この呂蒙は若様の下で大いに活躍し、
やがて呉の国で大将軍にまでなりました。」
かの国で神とまで敬われる
『関羽』を討つ大武勲を成したのだぞ?
二人が大きく目を見開いた。
ふふ……
なんとも君らは
良く似た主従だな。
その目のギラギラした様、
まるで先の三郎さまのようではないか。
「さて、ここにある書物。
こちらをお貸しします。
まずは供回りの皆に行き渡るよう、書き写して
人数分の写本を作ったのちにお返しください。」
『孫子』・『三略』や『論語』など、学問として
有名な書物を貸し出す。
まずは書き取りを繰り返して、書の中身を叩き込め。
「…………………えと、
―――――――スイマセン。」
九郎左衛門くんが
書を一冊パラパラとめくった後、
………半泣きの又左の坊と共に
深々と頭を下げる。
――――――――――まさか、読めない?
そ こ か ら か ?!
「そんな訳で、だ。
――――――――藤吉郎、
この二人に読み書きを叩き込め。
手段は問わん。
―――火急を要す。」
いわゆる、
"チベスナ"な渋い顔をしたまま
藤吉郎が頷く。
まあ、そう嫌がるな。
人に物を教える、というのも
良い経験だぞ?
まあ、やってみるがいい。
「二人とも。
読み書きを会得したら、
先ほど貸した書物を供回りの人数分、
写本することから始めること。
後は残りの供回りを焚き付けて共に勉学に
励んでください。」
後はやっている内に
足りないところがドンドン解ってくる。
そうなれば、
学ぶというのが面白くなるぞ?
あん?
嫌がったら?
その時は言ってやれ。
「嫌ならそこへ留まればいい。
自分達は若君に食らいついて後を追いかけるから。
指をくわえて黙って後ろ姿を見送るがいいさ。
取り残される事を選ぶのはお前の自由だ。」
そう言って
食らいつかないヤツなど、
見 捨 て て し ま え 。
『呉下の阿蒙に非ず』に倣えよ。
信長公二十七烈騎
織田信長には、かつて『うつけ』と呼ばれた
時代から彼に見出だされて付き従う
者達がおりました。
彼等は当時の信長同様に、ひどく皆から嫌われ
鼻つまみ者として扱われていました。
やがて信長がうつけと呼ばれなくなった頃から、
ただの荒くれ者でしかなかった彼等のうち
27人が心を入れ換えた様に武芸・勉学に
励むようになり、いつしか信長の軍団において
中核となるようになり多方面で活躍します。
その中でも塙 直政と前田 利家は
『織田の柱石』と言われ、織田家中でも
一際に突出した活躍をみせます。
この二人は村井家の妙見丸を師と仰ぎ、
常に一歩引いて接したと伝えられています。
村田屋での一幕は、那古野歌舞伎における
有名な『"非呉下阿蒙"に倣え』という演目に
伝えられ、今でも親しまれています。
実のところ、藤吉郎を横取りしたために
織田家の未来にちょっと不安を感じた主人公。
そのため、彼らにテコ入れ。
マメ知識
『おまゆう』
"お前が言うな"。
以上。
『真桑瓜』
片仮名で"マクワウリ"と書いた方が
分かりやすいかも。
それこそ縄文時代からあるようなウリで、
大昔から食用とされ、『瓜』というとコレ。
実はメロンの親戚。
糖度はそれほど高く無いが、手近な甘味として
重宝される。
当時は少し高い値段。
ちょっと贅沢なスイーツ扱い。
『呉下の阿蒙に非ず』
"阿"には、家族や近隣の人が
『○○坊や』、『○○坊っちゃん』
または『○○の坊主』といった、
"子供扱い"する時の表現。
また、呂蒙の"蒙"には、『道理に暗い(アホ)』
という意味があるため、"阿蒙"自体に
『アホの坊や』と言う意味がある
……という説もある。
本文のニュアンスは、この二人に合わせて
ちょっと表現を変えている。
『関羽を討つ大武勲』
実際に手を下したのは陸遜。
ただ、引退と偽って関羽を決定的に
油断させた策を打ったのは彼になる。
『チベスナ』
チベットスナギツネ。
の略。
百聞は一見に如かず。
一度画像を見ることをお勧めします。
カワイイと見るか、面白いと見るかは人それぞれ。
『藤吉郎と又左衛門』
なんかヘンな形で縁が出来る。
この先どうなるかは、主人公も知らない。
『主人公を師と仰ぐ』
本当にそうだと言うわけではない。
未来の彼らは、
見識を身につけた結果として………
二人は村井・村田と下手にやり合うことは
織田に深刻なダメージを与える事、
また現時点で彼等を排除すると
織田家の運営がかなり難しくなることを
理解してしまった。
※財政部門の根幹であるため、
排除すると財務文官と織田家の収入の両方が
消し飛ぶ。
ちょっとシャレにならない。
そのため、彼を師匠扱いすることで
織田家中で文武の抗争が起きないように
中核の自分たちが間に入ることで争いを
避けようとしている。
(裏で密かに争いの火消しも行っている)
主人公の方もその事に気付いているために、
裏から手を回して家中で厚遇をしている。
お互いにフォローしあっている関係。
二人が言い触らしているために、後世でも有名。




