第35話 空に、詰める(前編)
実質、先の第34話とワンセットな話。
なので同時投稿します。
「ぬるい………だと?」
ぼんやりと、三郎さまが返す。
『だらしない』とも『武家の様ではない』とも
言われたことはあろうが、
―――――― ヌ ル い 。
そう、言われたことはあるまい。
それが今の貴方を造っている。
「そうですね。
…………………温いです。
何をするにつけても。」
さあ、覚悟してもらおう。
"平手の爺"がどれほどに叱ったかは知らないが、
その様なものと比較されても困る。
「先ずはその姿。」
扇で若君の、『うつけ』の由来たる
着崩した姿を示す。
「おおよそにおいて、
『動きやすい・効率が良い・見た目が派手』
―――その様な選び方をされたのでしょうが……」
上から順に
茶筅のごとき髷、
袖無しの着物、
荒縄の帯、
いくつもぶら下げた瓢箪、
短くまとめられた袴
その他、その他。
扇で指し示す。
「これらが時流や時節、それから
『武家らしさ』というものに対して
どうしようもない程にそぐわないために、
若君の威風・威光というものを
『致命的なまでに』損ねております。」
正直、見た目は良いのだ。
マトモな格好をさせれば手下共々に
それはそれは女衆にモテモテだったろうにな。
「マトモな姿に比べれば、供回りとともに
『イノシシとヤマイヌの群れ』のようです。
人里にイノシシやヤマイヌ………斯様な
モノがくれば、人々は眉をひそめましょう?」
イノシシも、ヤマイヌもただ村や里に害のある獣だ。
ハッキリ言って邪魔でしかない。
叩き出そうにも、相手は織田の御曹司。
どうにもならない。
「どうしてまた、わざわざ"田舎侍の極み"
―――その様な格好を選ばれたので?」
ホントにね?
何で?
三郎さまが固まる。
まさか自分のファッションを
全否定される所から始まるとは思わなかったか。
『…………猪?!』
『――山犬………』
供回りからもうめき声がもれる。
ヤンキーの格好なんてそんなもの。
本人は『カッコいい!』と思っているのだろうが、
他人からみると
『 う わ ぁ 』
―――――――と言われることがほとんどだ。
ひょっとしてこの人、センスないの?
子供につける名前も『アレ』だし。
「次いで、日頃の行いがいけません。」
固まったままの若君は放置。
そのまま話を続ける。
貴方にはツッコミ処が多すぎるのですよ。
「そもそも、素行がよくありません。
様々にお聞きしましたが………
これでは若様でなく、『バカ様』です。
常識というものを何だと思っているのですか?」
あちこちでケンカはするわ、水遊びをするわ。
終いには盗み食いをした挙げ句、
道端を手下に寄りかかってダラダラ歩く。
日本の民は特に常識を重んじる傾向がある。
常識がイヤなら常識を変える側に立てばよろしい。
何だ、その
『戦国ウェーイ!』は?
「調練がしたければ、殿から許可を取り大々的に
鷹狩りなり行えばよろしい。
勝手に行って勝手に行うから嫌がられるのです。
人の目というものをナメているのですか?」
水練だの石合戦だの、
本人は鍛練の積もりだろうが、他人から見れば
所詮はコドモの遊びだ。
良い歳の良い処のお坊ちゃんが、
いつまでもコドモの様に遊んでばかり。
手下どもに具足を与えて
華々しく馬揃えの真似事でもするのならともかく、
それもなし。
誰が支持するね?
「人の集め方も良くありません。
冷や飯喰らいの四男・五男を集めた
観点はよいでしょう。
しかし、
中途半端に集めた挙げ句に、訳の解らない格好を
させるものだから尚更に若君の人望が消えます。」
最初から『軍団』予備軍として取立て、鍛練して
三郎さまの私兵とすればいいものの。
やったことと言えば武家のはみ出し者を集めて
愚連隊じみたチンピラギャングを揃えただけ。
近所迷惑、ここに極まる。
これについては
もう、何もかも中途半端としか言いようがない。
いっそのこと、千人ほど集めて猛々しい揃の
武者振りを見せれば若君の人気も
―――鯉が滝を昇るように上がっていたものを。
「世間にケンカを売るのは構いません。
―――売り方が絶望的に間違っていますが。」
この御仁、『物のやり方』というものを
決定的に知らないのだ。
それゆえに、悉く裏目に出る。
どれだけもがいても、
『織田弾正忠家のお坊ちゃん』の立場から
――――――抜け出せないのだ。
イヤ、
ウワサの『平手の翁』さん、
あんた……一体、何を教えたの?
ちゃんと教えたの?
ホントに何やってるの?
完全に世間知らずのお坊ちゃん、
しかもヤンキー化するとか
ど う よ ?
完璧に教育に失敗してるよね?
ノッブ様、フルボッコの回。
平手さまもここまで言わなかったかも。
というか、平手さま、
情操教育を全然してなかったよね?
コレ。
マメ知識
『姿がそぐわない』
本当は、『ハッキリ言って、ダサいです』
くらい言いたかったが、"ダサい"は
比較的新しい言葉。
ムリでした。
『子供につける名前』
『奇妙』・『茶筅』・『人』
信長が子供につけた名前。
正直、どーよ?
『調練・鷹狩り』
調練とは、『兵士の訓練』をさす。
また『鷹狩り』は本人のレジャー以外に、
行軍・軍事の訓練効果があるとされる。
※本人の"言い訳"かも知れない。
人も銭も使うわけだし。
『石合戦』
子供らが二つの勢力に分かれて石を投げ合う
『合戦の真似事』。
あえていうなら、大昔の『サバゲー』。
何らかのルールが有るのだろうが、
詳しくは不明。
大抵は子供同士の縄張り争いでケンカとして
やってたのでは?
と思う。
ノッブ様が大好きだったのは有名。
とはいえ、
『所詮、お遊び』。
それで戦術研究していたと言われても
『へー?』としか言えない。
………大人には。
『馬揃え』
当時の軍事パレード。
後にノッブ様が京都でやる。
当時は軍事的な圧迫以上に、
一種の娯楽・ショーの側面があった。
………庶民の娯楽が無いんですよ………。




