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鵬、天を駈る  作者: 吉野
3章、『○○○○○○○』
31/248

第31話 ある日、来る者は

前回の続き。


遊んでる訳ではありません。


書類の処理中です。





「――――………若様?」


 しばらく見られていた




……というより、






憐憫(れんびん)の目からジト目に移行するという


意味不明な視線の変化に疑問でも感じたのだろう。








「………ああ、



髪を降ろしたのは


何か理由でも有ったのかな?


……と思ってな。」






いつの間にか、(まげ)のように頭の上で


結わえていた髪が後ろで束ねられている。








誰だ……蝶々結びなんぞ教えたやつは。







髷……といってもあくまで商人の


『髷もどき』であるため、月代(さかやき)までは


やっていない。






やってたらエラいことだ。






完全に落武者ファッションになる。



可笑(おか)しくて迂闊(うかつ)に顔も見れん。







何やら不穏な気配でも感じたか?


一瞬ジロッと見られたが、








「ああ……


特に意味はないのですが、」





特に何かがあった訳でも無いようだ。


ふっ……と表情を戻して、軽く否定をする。






「あえて……言うなら、


若様への(あやか)り―――でしょうか?




最近、私がやり始めてから流行っているのですよ。」






そう言って、


わずかに(ほお)(ゆる)める。





――――そういえば、最近やけに髪をおろした


者ばかりいると思ったが…………





なるほど、そういうことか。








私に肖る………ねぇ。









流行りというのはよく分からん。






…………何やらそれぞれに結ぶ紐や、結い方にも


こだわりがあるようだしな。









「―――ところで、


多くの牛を集める………とのことですが?」




藤吉郎が書簡から顔を上げ、


ふと思い出したように言ってくる。







……………ああ、


わざわざ集める理由か。






正しくは



大量の牛を揃えて何がしたいのか………だな。







「『(らく)』や『()』、それに『醍醐(だいご)


―――――というものを聞いたことは有るか?」



 例えば、それが答えのひとつ。






「いえ、残念ながら……


後醍醐の帝ならお聞きしたことがあるのですが。」




しばらく考えた後、


申し訳なさげに首を振る。






知らなくても無理はない。







「鎌倉の世の訪れによって


公家の政の構造が破壊されたせいで


断絶した技術でな、




―――――牛の乳を加工して造る食い物だ。


公家の時代にはたいそうに好まれ――――――」





要は乳製品、その中でも発酵系のものだろう。


ヨーグルトやバター、チーズやその加工品あたりか。




「―――――なるほど、


牛を揃えてそれらを再び復活させるのですね。


では早速、手配を行います。



………可能な限り、いくらでも……


で、宜しいですか?」






話をバッサリと断ち切り、


早口で語りながら


筆をもってそそくさと書き付けを始める。







「――――――お前なぁ……」




喰い意地……………張りすぎだろ。


何だその情熱は。







「それらだけでないぞ。


そもそも牛の乳は体にとても良い。


田畑の耕しに村々や国人連中へ貸し出したり、


少し遅いが短距離程度なら物流輸送にも使える。


何なら殿に『牛車(ぎっしゃ)』を楽しんで貰ってもいいし、


老いて死んだ後も革を活かせる。」






肉を喰ってもいいしな。


しばらくはコッソリとだが。





「それこそいいこと尽くめだ。


牛を育てるに適した土地を探してみてくれ。」





実のところ、大喰らいという欠点もあるのだがな。


落ち着くまでは近隣から藁などを買い集めるか。














――――――うん?




「分かりました。


ひとまずは指示書を―――――――?」






いいかけて藤吉郎が首を傾げる。








誰だ、おい?




村田にこんなバカみたいに足を踏み鳴らす


奴はいないぞ?








一体どこのどいつ―――――――











「……若様?」







足を……踏み鳴らす?




人の家へ?










『奴』か。









足音が側まで近付いたのを確認し、


怪訝(けげん)な顔をする藤吉郎に軽く合図して







上座からさがり、


頭を下げる。








 村田の家人が遠巻きに制止する声を無視しながら、


ひとりの若者が乱入してくるのが


足だけが確認できる。










嗚呼、


やっぱりコイツか。










(いず)れは会うとは思っていたがな。









そのまま上座に上がった後、


声を掛けられる。





「面をあげよ。」









派手な革で作った、短めに揃えられた『半袴』


帯のかわりに荒縄をゴリゴリと巻いて


水筒がわりの瓢箪(ひょうたん)をいくつかぶら下げ


ムダに派手な朱塗りの太刀をさげ


わざわざ袖を切り落とした着物を着て


まるで『茶筅』のように長く上にはね上げた髷










ダメだコイツ








まるで伝聞のままだ。





こいつが尾張の『うつけ』



織田 三郎 信長 か。




いよいよ登場。


戦国時代の怪物


………の若者時代。




マメ知識




『蝶々結び』



当時は『花結い』と言われる。


祝儀袋などの水引でも使われる。



なお、教えたのは"数葉"





『月代』



さかやき。


侍が髷を結う時『天辺ハゲ』にする事をさす。


語源は陰陽において、戦場で兜を被ると、


『氣』が頭にのぼって冷静を失うためにために


頭の天辺を『カラ』にして悪い氣を抜く


……という『サカイキ』という験担ぎらしい。



兜の中で頭が蒸れて、熱中症でフラフラになる


ことを指しているのではなかろうか?



当時は刃物で剃ったり、毛を抜いていたらしく


戦が長引くとそれは見苦しいことになったとか。



なお、今の力士と同じで


『髷が結えないなら引退しろ』


と言われるため、別にハゲ隠しではない。




『主人公に肖る。』



ほとんどの村田の人間にとって、主人公は


文字通りに『命の恩人』。


その上に『圧倒的成功者』が加わる。




正直、肖りたくもなる。




『酪・蘇・醍醐』



乳製品であるのは確かなのだが、資料が断絶


しており、具体的なものが一切不明。


類似品は作れるが、その物を作ることは


実質的に不可能。





『牛車』



ぎっしゃ、とよむ。


平安時代、車両にはサスペンション機能が


ないため、超鈍足の牛に引かせて振動を誤魔化した。


当時の技術で馬車をやると『吐く』


確実に。

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