第3話 深き夜に、燃ゆるモノ
キリの良いところまで書いたら
長くなってしまった………
……………何が………起きている…………?
今は夜も深き丑の刻…3つ時(3:00から3:30頃)あたりであろうか?
辺りはとうに夜の帳の内、見回せどまともに見えぬ。
明るく見えるのは炎の灯りのみ。
すなわち足軽どもの持つ松明と――
山だ。
山が…ひとつ、丸ごと……燃えている…………
何が起きている…?!
―――援軍に向かう折、殿(織田信秀)に『村井のところの小倅を連れてゆくこと・先ずは一度、今川勢に全力を以て攻め掛かること』とだけ告げられ。
軍を退いた後 かの孺子に「早めに休むように」と言われ、何かするのであろうとは察しておったが……
確かあの山は
今川の……本陣で
火計か
なるほどな。
現状をようやく理解し、手早く鎧兜を着込む。
兵達にも急ぎ手配を進めさせた。
「流石は、平手様。まさに機を見て敏なりですな。」
陣幕をくぐって小僧が顔を見せる。
昼と変わらぬ姿…襟元から袖口にかけて蒼から白へととやわらかな階調が鮮やかな小袖を着こなしている。
髪は禿にするわけでもなく前髪はやや雑にかきあげ、腰あたりまで伸ばした髪を組紐で飾り結びに結んでている。
全体的に小さっぱりと、小綺麗に、やや小洒落た様であろうか。
寒さのためか上から無地の羽織を着込んでおる。
白の足袋に皮の浅沓を履いてさくさくと歩み寄る小僧に声をかける。
つくづく戦に向かう格好でないな。
「無論、追い討ちをかけるかの?」
「ええ。昼の内に安祥城へ矢文を送っております。
『未明に合図のかがり火を灯しますゆえ
押し込められた鬱屈、存分に晴らしたまえ』と。
じき三郎五郎(織田信広)様が今川方へ押し寄せましょう。
大将と仰ぎ指揮に従う、という体で共に向かうと良いかと。」
………三郎五郎殿の心情・面目も慮るか。
「さて、相手は親からはぐれた鴨の雛の様なもの……手柄の取り放題ですな。」
けしかけてくる小僧を背に、馬に跨がる。
「うむ。では者共!出るぞ!!」
信じられるかね………?
こやつが数え八つの童だと。
三郎五郎殿と合流し散々に蹴散らしてやったのち。
「大勝利、おめでとうございます。
これならば最近は押されていた三郎五郎様も喜んだことでしょう。」
小僧とその一向がやってくる。
確かに先程見かけた三郎五郎殿もひどく晴れやかな顔で笑っておられた。
これまで、かなり厳しかったようだ。
それはよいが、
「昼から思うておったのだがな。」
「はい?」
ひとつ、訊いておこう。
「なぜ沢彦宗恩和尚がここに居られるのだ?」
いまさら用などないはずだが。
「……」
何ともいえぬ顔をされる和尚。…はて?
小僧がからからと笑う。
「兵たちのためですよ。」
……足軽らの?
「たとえ長年の敵といえ太原雪斎を、『坊主を殺す』――これは重きことにございます。中には御佛のお怒りを恐れるものもおりましょう。」
……あぁ、確かにな。
「ならばかの坊主は討たれた今川の将兵と共々、ここでこのまま沢彦和尚に
『荼毘に付して(火葬にして)』
頂こうかと。
ここで丁重に彼らを弔い祀るなら兵らも恐れることもありますまい。」
――――なんとも、まあ。
然しもの沢彦の和尚も何ともひきつったような顔をしておられる。
今川との和議のために連れてこられたのかと思えば、まさかその今川勢を弔うためであろうとはな。
「では和尚、お願い致します。」
小僧が頭を下げる。
「…………うむ。」
和尚も気を取り直して、大声で告げられる。
『これより、この者たちを荼毘に付さん
たとえ ひとたび敵として見ども
死すれば敵も味方もあらず
等しく御佛となり給う
祈りを捧げ供養を願え
友のため、隣人のために
たとえそれが敵であろうとも
彼らが惑い現世に彷徨わぬ様に』
朗々と和尚が御経を詠まれる。
しばらくして小僧の声がそれに続き、
やがて兵達の声が重なりゆく。
響き渡る誦経を背に、しばし目を伏せ念じた。
散々に我等に仇なした雪斎坊主よ
恨むなとはいわん 憎むなともな
だが 其は清浄仏土へ持って行け
死してのち現世に仇なすこと莫れ
読経は、夜空が白むまで続いた。
天文18年………後に第3次安祥合戦と呼ばれる戦いにおいて今川軍は織田軍の火計により大敗を喫した。
『雪斎、死す』との知らせを聞いた今川義元は立ち尽くし、声にならぬ慟哭をしたという。
この戦いで三河において前面に立つ松平家の武将、後方から援護する今川家の三河方面担当の武将、なにより今川の柱石たる太原雪斎を失ったことで今川家の三河戦略は大幅に後退することとなる。
平手のじい様の想いは各自で漢詩、7文字4行の
"七言絶句"に変換してお楽しみください。
5字の五言絶句では少し難しいと思いますので。
なお、本文はあくまで『口語訳』ですので
漢字や文法を変えてもOKですよ?
なお、背景の変更は『夜のため』です。
マメ知識
『丑の刻、3つ時』
いわゆる『草木も眠る丑三つ時』のこと。
昔は24時間を12の『刻』で割り、さらにその刻を
4分割して1つのマスの間を『時』として表現した。
つまり"2+0.5✕3"で3:00~3:30となる。
この時間が不吉といわれるのは、
時計盤に十二支を書いた場合、この時間が
方角的にヤバイとされる『艮』
とされるため。
『禿』
ハゲではない。
①幼い子供にさせる髪型。前髪を目の上で
パッツンに、後ろを耳下あたりでこれまた
パッツンに切る。
『座敷童子 イラスト』で調べると分かりやすい。
②平清盛が①のカッコさせたチビ
(大人・子供問わず)共を京の都にバラまいた、
いわゆるスパイ。
『浅沓』
文字どおり、『浅いクツ』。公家が履いていた
スリッパの親戚みたいな漆塗りされた黒い
木製のクツ。
古くは革製の物もあり、主人公が
履いているのはこちら。
ただし足のサイズに合わせたオーダーメイドの上に
性能を極限まで高く試作した
ハイエンドカスタム品であり、
後に織田家中で普段履きとして流行ったりする。
『誦経』
経典を読みながら唱えるのが『読経』、
暗記して諳じて唱えるのが『誦経』という。
『慟哭』
大声で激しく嘆き泣くこと。
分かりやすくいうと『(大人の)ギャン泣き』。
ただしテストで書くと怒られる。




