第242話 村田屋、とある一日(その八・後)
今回の"とある一日"は、前後ともに妙に難航。
頭の中のプロットと表記した文書とが、
何故か全然別の代物になるんですよね。
お陰で文章を書いた後に内容の再調整という
謎の作業をやる羽目に。
我ながら、『いや、何で?』って思います。
追伸:いつかこの『ズレ』を意図的に起こして
"文章で遊ぶ"みたいな執筆をしてみたい。
けどソレが出来るのは"壁を破った一流だけ"
なんだろうなぁ、と理解は出来てます。
・・・何となく、ですが?
『臨む先は、遥か彼方』ですねぇ。
――――何だ?
"お前自身も当事者だろう"?
……ああ、村田の店の事か?
いや、違うぞ。
そもそもの問題として、同じ商人の分類中でも
"彼等"と"私達"とは別区分だからな。
今現在、競って清須の中央部に進出を望む者たちは
いわゆる『新興層』と呼ばれる商人達。
今の好景気に上手く乗って富を築いた成功者達だ。
洋の東西を問わず、中世の商人はだいたい市場の
"寡占"や"独占"を狙って出る釘を打つ傾向にある。
だが尾張市場の最大手の一つである"村田"は、
モグラ叩きを行わないどころか反対に
『商材の共有と拡散による品質向上と多様化』
を望むという真逆の保護方針を取っている。
村田屋が傘下の店に"原材料を渡すが経営方針は
各店の創意工夫に委ねる"という特殊なやり口を
採っているのはそのためだな。
村田が寡占・独占を嫌うのは、それによって
経済が動脈硬化を起こして弱体化するから。
他国からの商敵に勝てなくなるからである。
そういう訳で、尾張商圏は他の商圏に比べて
圧倒的に新興商人が多い。
だが彼等は、"成った"ばかり。
機を得て運良くイチから成り上がった彼等は、
その地位を固め安定させるために将来の国府に
店を開いて尾張武家という新規固定客を得ようと
躍起になっているワケだ。
清須の一等地を得る事が、己の隆盛を左右する
絶対不可欠条件であるからこそ。
沼地に立つかの如き不安定を自認するからこそ。
一方で、"生駒"やら"大橋"やら"村田"やら。
こういう連中は、別に焦らない。
巷で"尾張三大政商"なんぞと呼ばれる者達は
巨岩に立つかの如き安定性を自認している。
既に上層まで登りつめているからこそ。
"轟く名声"と"唸る銭"、その何方かを振るえば
三等地どころか場末でもお客に困らない。
場所なんて別にどうでも、どこでもいい。
この"清須の商用地配布"というイベントで
一等地を渇望する者達が『起業家層』。
二等地を待望する者達が『中位商層』。
三等地を希望する者達が『上位商層』。
場末まで悠暢と待つのが『特位商層』。
いま大騒ぎしているのは、起業家層だね。
より商いのデカい者ほど、順番は後回し。
そもそも上位や特位の立場に在る商人達の場合、
既存の本店は規模も施設も他を圧倒するモノ。
然程に距離の離れていない清須であるならば、
その需要は那古野の物流処能力だけで十分に
賄う事も可能なのだ。
ならば清須店に総力をかける必要が無い。
況や店の移転をや、だ。
立場が上の方の商人にとってみれば、
政治のワシントンと商業のニューヨークの様に
『"政"と"商"とを分割しても別に良かろう?』
という意見も有るくらいだし?
"村田"の造る店に至っては営業所どころか
町外れの詰所レベルの予定だし。
――――と、まあ。
ここまで言えば大体わかるかと思うが、
この清須開発は"種も仕掛けもある"ハナシだ。
基礎計画の前提として、"棲み分け"が在る。
新しい清須の町並みに軒を連ねることになるのは、
起業家たち新興層が中心となるであろう。
歴史を観なくても分かるが、起業家と老舗とは
その性質・性格の違いから対立しがちだ。
―――――社会構造的に、というか本能的に。
同じ町中でギスギスとやり始める位なら、
"老舗層は那古野"へ"新興層は清須"へと
いっそ隔離した方がいいだろう。
コレは織田の政務連中と政商たちの合策。
つまり私は『インサイダーを仕掛ける』側だ。
文字通り、"その手には乗らん"よ?
…………………とはいえ、この体制は。
将来的に、清須と那古野との両派閥間で
苛烈な生存競争が絶対に発生するのだがね。
ま、その辺は取り敢えず目を瞑ろう。
どうせ問題の発露は50年は先のこと。
そこまで責任を持てるか。
今は多様性の発露を優先すべき時だ。
ソレが武家であれ商人であれ寺社であれ、
新進気鋭の新興勢力と伝統的な古豪勢力とは
『何処かで必ず激しい共喰いを始める』
という運命にあります。
中世においてコレを止める事は限りなく不可能。
絶対王政下の強権発動以外では多分ムリでしょう。
ということでヨソより新興商人が多い尾張では、
トラブル回避の為に最初から隔離政策を採ります。
ただし実際には"問題の先送り"にしかなりません。
いつか絶対に生存競争が勃発します。
秀貞にしてみれば戦国の混乱期に内部紛争とか、
『……やるなら政情が安定してからにしろよ』
と言いたいところ。
その後でなら勝手に争ってろ、という感じです。
なお、那古野→清須の街道を辿る距離は約9km。
マメ知識
『"寡占"と"独占"』
"寡"は、"家屋"と"憂える"とを合わせた字。
ここから、"夫を亡くした妻"という意味である
"寡"という訓読みが生まれ、その派生で
"寡ない"という訓読みが作られた。
"寡占"とは、"少ない者で占有する"事。
"独占"は、"単独で占有する"ことである。
市場の占有は、競争原理が停止するために
価格の不当な値上げや品質の悪化などが起きる。
今の新規参入が極端に難しい日本の経済構造は、
ある意味で寡占に近い状態ともいえる。
(だからこそ大企業で検査偽造が横行する)
※"やもめ"は、"寡婦"と書くこともできる。
なお、"妻を亡くした夫"は"寡夫"という。
(ジョークにしか聞こえないが、本当です)
『ガラパゴス化』
実はコレ、日本発祥のビジネス用語。
この語源は南米の国"エクアドル"の西方1000km
ほど先の太平洋にポツンと切り離された場所に
ある"ガラパゴス諸島"という群島。
"ダーウィンの進化論"のヒントになった事で有名。
大陸から物理的に完全断絶したガラパゴス諸島は
群島内だけで変化した独特な進化体系を持つ。
"ガラパゴス化"とは孤立した市場内で求められる
ニーズに特化・最適化した商品が、外部市場の同種
商品と完全に別物となり互換性を失う状態の事。
特に閉鎖的な日本市場でのことを指す。
この状態に至ると、商品機能や生産コストなどが
外部のソレと別物になるため競争力が激減する。
日本の"過剰すぎる超多機能性"を持つ電化製品が
外国製品との競争によく負ける理由がコレ。
必要以上に付けられた機能によりコスパ面が、
商品価格が高くなりすぎてしまうのである。
『場末』
正確には、"盛り場"の"末"端のこと。
つまり賑やかな繁華街の端っこの寂れた所。
表通りから逸れた町外れ、という意味。
類義語に"陋巷"という古風なモノもある。
※"陋"は、"狭い"とか"卑しい"なんて意味。
"狭い小路地"とか"狭く汚い町並み"とか、他には
"俗世間"などの表現となる。
『店舗の規模と権限』
当然だが、店舗全ての裁量権を持つのが"本店"。
店舗運営に独自裁量権を持つのが"支店"。
裁量権を持たず指示に従うだけなのが"営業所"。
"詰所"とは、寺社の門前町に在る定額宿泊施設や
建築現場の休憩所・警備員の待機場所などを指す。
概念上、コレは店舗ですらない。
秀貞の造ったこの"詰所"の扱いは、
"店舗営業をせず外部から注文を受け付けるだけ"
という施設となる。




