第205話 実は、国人としては既に詰んでいる雑賀衆
少しフィジカル的にベキベキに折れてまして。
執筆体制という"ハイスペックモード"へと
移行するだけの余裕がありませんでした。
大変にお待たせしました。
申し訳ない。
領内に"紀の川"という大河があるにも関わらず
紀伊の雑賀衆がこれまで貧しかったのは、
彼らの雑賀荘が狭い領地である以上に
地政学的な立地条件が最悪すぎるためである。
東には古来からの地元勢力である根来寺と高野山。
南には紀伊の大勢力たる畠山。
北には新たに三好家が進出してドンパチと。
そして西には海のみである。
隣接相手が特大すぎる、悪すぎる。
新規に進出可能なトコロが存在しないのである。
雑賀が鉄砲に走ったのは、勝てないため。
弱小すぎる雑賀では、これまでの既存の装備では
他勢力にまったく太刀打ちできないためである。
雑賀が海へと走ったのは、勝てないため。
誰の物でもない海路を早々に入手することで、
単に新規進出する稼ぎ場を求めたためである。
雑賀が傭兵に走ったのも、勝てないため。
近隣に『傭兵としての需要』を提示することで、
"潰すには惜しい"と思わせるためである。
この状況は大きな銭を手にした今ですら、
まったく変化していない。
地力が違いすぎて話にならないのだ。
多くの銭を持ち"カモ"になってしまった分、
寧ろ以前よりも悪化しているともいえる。
実は、雑賀ってけっこうヤバい状況なのである。
これを踏まえて。
雑賀のこれからの生きる路は大きく3通りある。
ひとつは既存路線の継続・継承。
ひたすら頭を下げる方法。
ただしコレは下策中の下策である。
暴力と理不尽が支配する戦国乱世において
こういう下手に出る行為を行った場合、
ただ相手に骨皮まで喰い物にされる未来しか
その先には待っていない。
先細りのジリ貧、待ったなしである。
コレは論外。
ひとつは雑賀荘全体を強固に防備すること。
堀や土塁、塀や櫓などを建てて防御機能を高めて、
雑賀荘そのものを『総構の大要塞』化すること。
領地全体を城の如くに堅く護るのだ。
関東は小田原の如くに、である。
話がデカすぎて現実感が無いと思われがちだが、
雑賀荘の規模の小ささと現在の彼らの経済力から
考察すると実はかなり"アリ"な事だ。
この実現の為に必要なのは莫大な数の銭と人、
そして時だ。
銭は既に有り余る程に有る。
人は浪人でも常用で雇用すれば解決する。
最後に残る時を稼げばいい。
―――やりよう何ぞ、幾らでもある。
そして最後のひとつ。
コレはこの時代では"奇想天外の大奇策"だ。
進退窮まった狭い領土を護ろうとするから、
雑賀荘を固持するからこそ未来が冥いのだ。
―――ならば領地を放棄してしまえ、だ。
尤も、この論理は異端も異端である。
当時の武家にとっては、当に"一所懸命"。
武家が戦うのは安定収入が得られる領地のため。
領地を手に入れる事こそが一大事なのである。
なんせ領地の無い武家=牢人なのだから。
ただしこの固定観念を完全に捨て去った場合、
この大奇策は"今の雑賀にとっての最善"となる。
そもそも現在の雑賀衆は本拠地の持つ軍備よりも
外部に散らばった傭兵や水軍の方が多いという
随分と歪んだ状態にある。
今の時点でも、たとえ本拠地"雑賀"を奪われても
奪還することなど容易なこと。
この状態を更に進展させたなら雑賀衆は、
"領地を全て失っても勢力の存在維持が可能"に。
この策は戦国時代の前提常識をひっくり返す、
文字通りの『何でもアリの鬼札』となるのだ。
それでは今後に雑賀衆がとるべき方策とは。
まずは第3の策を大本命とする。
つまり"雑賀荘を喪ってもいい"という概念を
全ての戦略大前提として置くわけだ。
ただし"一所懸命"の想いを捨てる事が出来ない
本拠の年寄衆たちはコレを絶対に受け入れない。
故に第2の策も腹案として同時運用を行う。
雑賀荘は軍備拠点としては重要度が低くても
畿内における商業母港という経済拠点としては
それなりに保持するだけの価値がある。
経済的出血もあるだろうが、
その辺りは必要経費として割り切るしかないな。
ただし雑賀荘の軍事要塞化には"時"が必要。
その構築時間をかせぐためには、
それこそ第1の策を用いればよい。
戦略において譲歩は、時間稼ぎにも使える。
無様に謙っても構わない。
今だけは、下手に出てやればいいのだよ。
―――――なんだね?
提案した策を結局、全部使っているではないか?
いや、それはそうだろう。
この世に具体的で最善たる正解なぞ最初から無い。
最善が無い以上、選ぶべきは次善だ。
そして物事を"最高"に近付けるには、
可能な限り多数の"より良い"を並べればいい。
それがこの世の現実だ。
使える手札は、いくつ使っても構わない。
むしろ出せる手札の少なさに
己の不明を、至らなさを嘆くばかりだよ。
そもそも雑賀にとって、『本拠地雑賀荘を失う』
事は絶対回避事項ではない。
最後の選択肢として"雑賀を放棄する"こと、
ソレがある以上は案外に気楽なのだよ。
……………なお、第4の策として考えられがちな
『外部に攻勢に出る』というモノだが?
コレは実行した瞬間に全方位の強大な諸勢力を、
全面的に警戒させ敵に回すことになる。
コレは防備による警戒よりなお悪い。
また外部に対し"攻め込む"という行為は、
必然として防備に穴を空ける。
防備に穴が空けば当然として本拠を危うくする。
先読みが難しくなる非常にリスキーな策だ。
"物語"としては面白いだろうが、
現実には愚策以外の何物でもない無意味な行為。
超ハイリスクローリターンな賭けでしかない。
よって提案すらもなされない。
地図アプリなどで見ると雑賀荘は紀の川の下流域、
ちょうど和歌山市の近辺にあたります。
海辺で大河川のある平野部です。
メチャクチャ条件が良いんですよ。
なのに彼らが弱小だったのは、周りが強すぎる事。
……多分、その悪条件に心が折れちゃったのでは?
それ以下の悪条件から巨大勢力へと勝ち上がった
毛利元就は、実はかなりのバケモノです。
マメ知識
『総構』
実はコレは日本オリジナルとして変質したもの。
本来のあり方は西洋や大陸のように、
都市そのものを城壁で覆うタイプの防衛システム。
だが日本の場合は領地全体を防塁などでグルリと
取り囲むという防衛構想のことを指す。
(規模がデカすぎて城壁構築はムリだから)
最も有名なのは関東北条氏の小田原城。
小田原の町全域をひとつの城として機能させた。
他にはあまり知られていないが、
九州の太宰府は巨大な総構として機能していた。
("太宰府"本来の意味は、北九州の対外防衛基地。
その軍事防衛拠点における長官の役職である。)
『超弱小国人、毛利』
毛利家は超大国である尼子と大内の国境沿いの、
常に両者の戦争に巻き込まれる危険性があるという
超危険紛争地帯のちっさい国人出身です。
国道54号が通る、主要街道沿いの土地。
当然ですが軍隊も通行し、戦場になりやすい。
"江の川"という大型河川はありますが、
平地が非常に少ない"中国山地"のド真ん中です。
毛利元就って、政治バランスの鬼だったとか。
そうでないと、一代で大逆襲とか絶対に詰みます。
興味がある方は、『吉田郡山城』で調べてみて?
条件が伊賀や甲賀クラスで悪いです。
多分、"よくコレで出来たな?"って思いますので。




