第203話 実際、中世における治水は国家の存亡に関わる大問題
尾張・伊勢が統一できた以上、この二国では
大型開発をするだけの余地が生まれます。
いちいちヨソのチョッカイを警戒する必要が
無くなったワケです。
というわけで開発のチャンス。
木曽川と長良川。
極めて長大かつ豊かな水源であるこの二つの川は
水と共に大量の土砂を運び込み、
濃尾平野という大平原を造り上げた。
その圧倒的な水量は農業に飲水に水運にと
この地に多くの恵みを与えている。
しかしこの巨大河川は大雨や台風のたびに
特大クラスの大洪水を起こしてきた傍迷惑な川だ。
無論、その洪水が濃尾平野に豊かな恵みを
与えてきたことは否定しない。
否定しないが現地に住む者にとっては、
洪水の度に生活も財産も命も吹っ飛ばされるのは
ハッキリ言っていい迷惑だ。
政を行うものにとっても巨大大河の洪水被害は、
その年の戦略計画が崩壊する一大事だ。
尾張の下流域に住むすべての者にとって、
この二大水龍を治めることは悲願である。
しかし戦国時代という時代は、治水事業の実行が
大変に難しい。
各領主のナワバリがバラッバラであり、
なおかつ近隣に敵対領地が隣接するために
治水開発を行うことに障害がありすぎるのだ。
―――が、今年になってその状況が改善された。
尾張統一と美濃との同盟状態。
少なくとも織田領地においてこの二大河川の
治水事業を執り行う事に何の障害もないのだ。
ただし可能なのは北部は尾張側の南岸のみ。
美濃側の北岸は不可能だったりする。
………ナワバリって、めんどくさいよね?
まあそれでも良い。
南岸の尾張地方の平野部を護ることは可能だ。
と言うわけで去年末から本格的な治水計画が、
正しくはそのための事前地形調査が行われた。
コレを土台として治水計画が始まることとなる。
この治水事業は同時に尾張への灌漑計画、
及び飲料水確保の計画でもある。
そもそも原始農法を行っている現在の農業は
非常に無駄が多い。
用水路も各自が好き勝手に掘ったもの。
バラバラで短くマチマチ、とても効率が悪い。
このテキトーすぎる農業システムを改善。
尾張の平野に隈なく的確に水路を敷設する予定だ。
だが各武家に分配され分散された土地が、
状況をややこしいことにしている。
当たり前だがそれぞれの武家は己の領地を
優先してもらいたいと願う。
しかしまあ、そういう訳にもいかないし出来ない。
この要望をいい加減に応えると不満がおきる。
その辺を出来るだけ希望に沿った灌漑計画を
練らなければならないのだ。
一部の織田家に協力的な武家を除いて、ね。
とはいっても。
しばらく前から、この灌漑計画は検討されている。
おおよそ尾張統一が見えてきた辺りから。
いくつかの原案は既にあるわけだ。
この中から調査結果に応じて最善を選ぶ事となる。
……………ま、しばらくは尾張全域の地理調査を
延々と続けることになるのだろうなぁ。
そして無論、伊勢のソレも続行。
西三河でも本格始動を始めることになる。
大型河川の無いこの2つの地域では、
水路配分に更なる心配りが必要となる。
クッソ面倒な話だが、やらないと国人連中は
ケンカばかり始める。
面倒だが仕方ない。
そろそろため池だけでなく、(擬似的な)ダムや
木樋の技術開発の完成も考えるべきだろうな。
木樋はまだ研究過程だが、長距離掘削型水路と共に
もっと本格的に技術投資を進める必要がある。
ついでに水道橋の研究も進めておこう。
水は生活における全ての大前提だから、
その研究結果は生活圏拡大の為に必要だ。
いくら注ぎ込んでも無駄には成らない。
この一連の大事業には、
ちょっとアホみたいな時間と費用がかかる。
期間は少なくても年単位、多ければ十年近くだ。
費用の方もエゲツナイ程に消費するだろう。
万貫単位の銭があっと言う間に消し飛ぶ。
ホント、商人としては泣きたくなるような話だが。
だが、やらねばならない。
今が最大の好機なのだ。
美濃と三河は絶賛に同盟中。
今川には此方に手を出すだけの余裕なし。
畿内・近江の各勢力は、三好とのドンパチに
夢中すぎて此方なんぞ見ていない。
恐らく、今だけなのだ。
外部勢力が尾張近隣に目を向けていないのは。
目を向ける余裕が無いのは。
今の大出血が、将来の絶対的有利につながるのだ。
銭金の問題ではない。
惜しむべきは、好機を捨てることである。
―――――なお。
木曽・長良の両河川が大雨等で超増水した際に、
その凶悪な物理暴力を下流にある長島に向けて
叩きつけるというちょっと外道クサい策も
一応は選択肢の一つとして確保してある。
無論、あまりにも外道すぎるから、
もし使うとならば長島の住民を避難させた後。
無人の土地に向けたMAP兵器としての使用となる。
そのためには長島の住人に対して
増水して人々が渡河が出来なくなる前に
かなり先行した避難勧告を出す必要がある。
まあ、一応の仮想敵とはいえ人命だ。
救命という恩を着せることにもなるから、
そういう避難勧告システムの構築もしておこう。
治水事業は特に濃尾平野下流域における宿願。
正直このクラスの大型治水は、
明治になってようやく行われるレベルです。
濃尾平野は一部が海抜マイナス地点があるせいで、
それまで大雨の度に大被害が起こっていたとか。
国内の大型農業財政政策なのにそのついでに
自然災害を利用した戦略級攻撃を思いつくあたりが
何とも彼らしいというか何というか。
ちなみに中世の原始農法から江戸・明治レベルの
広域灌漑方式に変更した場合、当然ですが
取れ高は一気に跳ね上がります。
なんせ耕作・作付け面積が大幅に増大しますので。
それに現代知識をコッソリ付け足したなら?
………ちょっと笑えない冗談並に。
※古来より、熱田・名古屋・津島などの都市部は
少し高い所にあるために洪水被害が少ない。
むしろ被害が少ないからこそ水運の拠点として
人口密集が起こったと推測されている。
マメ知識
『木樋』
簡単に言うと、江戸時代の地下埋設式の水道管。
ただし鉄管も塩ビ管もないために、木製であった。
コレを地下に埋め込み、特定の場所で湧出させて
ココを水場とした。
何気に高度な上水道システムである。
元々が湿地帯かつ埋立地である江戸では
安定した上水の確保は絶対必須の問題であり、
この水道システムが江戸100万都市を支えていた。
『水道橋』
もしくは水路橋という。
最も有名なのはローマの水道橋。
水源から目的地の都市部まで送水する過程で
河川や低所にわざわざ大型の橋を建造する様式。
水源から緩やかな坂になるように水路を造る過程で
その高さまで水路を高くするために建てる。
あるいは密閉管による逆サイフォンの原理を用いて
目的地まで水を送るために建てられる。
※逆サイフォンの原理とは、密閉管によって
連結された複数の容器が全て同じ水位となる原理。
コレを用いると二つの山の間を送水するときに
山肌を沿って管の高さを一度下げる事が可能で、
山の間に巨大な水道橋を造らなくてもよくなる。
なお、京都の南禅寺に明治になって建てられた
"琵琶湖疏水"の水路閣(水道橋)がある。
ココは紅葉の名所としてとても有名。




