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鵬、天を駈る  作者: 吉野
6章、『○○○○○』
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第164話 式年遷宮における、弾正忠家の思惑




今回の資金投入のお話の総括(そうかつ)となります。


大して深くはないですが、


これまでに語られていない部分も話されます。










―――――――さて?



答え合わせだ。


今回の一連の"都と伊勢のはなし"は、


どのような目的をもって行われているか?





思い付くかぎりに、言ってみるといい。




「――――先ずは"表の"目的ですね。




神宮との友好は本心からでしょう。


伊勢に不穏な敵対勢力があるのも面倒ですから


ここは安定の為には穏便に(なだ)めるのが手かと。



ほんの少し前の桑名の例もありますので


あちらも無駄に衝突を望みますまい。



…………最終的にはこちらの経済圏に取り込んで


簡単には抜け出せない状況を、


むしろ抜け出せば即座に枯死する


という体制に持ち込むのが狙いかと。」






まあ(おおむ)ね正解ではあるな、藤吉郎。



そもそも先の桑名の仕置は"見せしめ"だ。


ウチと正面から相対することを選んだ者の。


真正面から向き合ったモノの末路としての


解りやすい前例だな。


アレはウチとやりあうよりも


手を結んだ方が良いという物の(たと)えでもある。



少なくとも神宮は、此方が譲歩して手を差し出せば


良い関係を結べるだけの余地はあるはずだ。




―――――そして。



例えば事前に神宮で必要とされる全ての品物を


尾張商圏を経由するように操作したならば、


商圏が"荷留め"を行った瞬間に神宮は詰む。



そういうやり口を、『経済侵略』という。


気が付けば尾張と商圏の意向に逆らえなくなる、


その様な静かな戦だ。




カタチ有る戦を以て勝てない相手には、


カタチ無き戦にて攻めるのが上策であるな。



伊勢はまだ"チカラ"が有りすぎる。


まずは小細工が必要であるというもの。




至上の策たる、


"政にて相手の(こうべ)()れさせる"のはその先だ。








……………他には?





「神宮との友好と朝廷工作とは、


本末がひっくり返ったのではないですか?



本来は神宮との関係改善が主であったはず。


そのために付属として必要な朝廷への配慮が、


調整の果てにこちらが主となってしまった。


…………ということでは?」






―――――――ふふふ。


正解だ、勘十郎くん。



元々は長年に途絶えた式年遷宮のための、


超大型の銭での援助が主となるモノ。


これによって神宮の好意を


一気に親尾張に引き込むのが目的だね。


朝廷への手回しはオマケでしかなかった。


どうせ必要となるから、と手を入れている内に


此方の方が規模が大きくなってしまってな。



神宮への友好工作のついでに


朝廷にも絶大な恩を売るという策に化けた。



頭と尾が入れ替わってしまった形となる。




これによって朝廷勢力は発言力と政治力を得る。


本来のモノに比べれば微細であるが、


畿内勢力は少しばかり混乱するだろうよ。


遠回しに六角の足を引っ張るカタチにもなる。




………………(もっと)(めぐ)り巡って、尾張にも


何らかの悪影響が来るだろうが?


ソレは仕方ない。









――――――もう無いか?




ふむ。


まあ、いいか。





副次的な要素として、朝廷と公家衆に


適度な財を与える意味合いがある。




……………何故それが必要か?



貧しさは心をも朽ちさせる。



"貧すれば(きゅう)す"という言葉があってな。


正しくは『論語』に在って、


"小人窮すれば(ココ)(らん)す"という。



生活が貧しくなり追い詰められると、


つまらん悪事を働くということだ。



勘十郎くんはともかく、藤吉郎には


少しは思い当たる節もあるのではないか?






特に政を行う人間の品格・品性が低下すると


本当にロクでも無い事ばかり始めるものだ。




大陸の"後漢"の末期において、


『売官』という行為が横行した。



政が極限まで腐敗したが故に


中央まで銭が届かなくなるという末期症状下で、


文字通り官位・官職を銭で売るという悪制度だ。




歴史とは繰り返すモノ。


今も同様の事が起こっているだろう?



この目先の銭のために、政を乱すという現状を


打開・改善させる。


衣食住、その総てが満ち足りれば


少しはまともな政を(こころざ)すだろうよ。




――――――ソレがひとつ。







それから?


コレは副次的に、結果的にもたらされる代物。




今回は朝廷の勅による大号令が成される。


近年に例の無い話だよ。




――――――――しかし。


長年において朝廷が軽んじられていたからこそ。



余程の"勤王の志"や"各人の思惑"など、


そして"戦略的先読み"が発揮されない限りは


この大号令はほとんどの場合は無視される。


()しくは"(ごく)(わず)かな気持ち"だけ、とかな。


お義理でカタチだけ体裁だけ整える者も、


いくつかは出てくるだろうよ。




戦バカで無暗(むやみ)に戦ってばかりの家。


万年に貧しくて目先すらも余裕の無い家。


朝廷を軽んじ、見向きもしない家。


そして"実"ばかりを重んじ"名"を軽んじる家。




こういった連中がこの大号令を()()()()


………どうせ、出来もしない絵空事としてな。





しかしながら先にも言ったとおり、


この策は近年に無い大成功を迎える。



我らと、面目(めんぼく)上において断れない者。


そして数少ない切れ者の手によって。






そう。


これは我々だけが手をだすわけではない。





……………わからんか?



畿内の"三好"は確実にこの策に連動する。


関東の"北条"もこれに続くだろう。



このニ家は大領を持つが家格が低いが故に、


銭を出さないと面子(メンツ)が大きく潰れる。


コレは"必然"だ。


彼らには"出さない"という選択肢がない。


最低でも2000貫から3000貫を出してくるぞ。





後は情報と判断に鋭敏なモノが便乗するだろうな。


全国の武家たちが持つ情報収集能力と判断力の


分析と洗い出しでもある。










―――――――そして。



今回のはなしを"無視"や"様子見"を


()()()()()()連中は大きく面子を潰す。




"天下の大業"に関わることさえも出来なかった


愚か者として国中の笑い者だよ。



――――こいつはな。


名門である者、名門である事に(こだわ)る者こそ


この策に引っ掛かる。



自身の家格を重んじ他者を低く見る者、


()()()()()()()()の名声を


叩き落とし泥を塗る謀であるのだよ。





新しい時代に、


旧い"名"だけしか持たぬ一族なぞ要らん。


ふるい落とさせてもらうぞ?









1552年 1月吉日


当時の帝であった後奈良天皇の勅により、

伊勢神宮の式年遷宮の計画が提案される。

朝廷は全国各地の大名・寺社たちに遷宮の為の

無私の献金を命じた。


これに応じた者達は、


阿波・畿内の"三好"が5500貫。

尾張・伊勢の"織田"が5000貫。

鎌倉・関東の"北条"が3000貫。

薩摩の"島津"が2000貫。

土佐の"長曽我部"が1000貫。

志摩の"九鬼"が1000貫。

美濃の"斎藤"が1000貫。

安芸の"毛利"が1000貫。

知多の"佐治"が500貫。

紀伊の"雑賀"が500貫。

播磨の"赤松"が200貫。

越後の"長尾"が40貫。

全国より二万貫を超える額が集まったと言われる。


そして朝廷は苦しいながらも

15000貫という破格の銭を供出した。


これにより、120年近くも断絶していた

式年遷宮は朝廷の名の下に大々的に執り行われる。

『第40回式年遷宮』は歴代の遷宮のなかでも、

極めて大規模で雄壮な物として知られる。

その様相は日本国内に華々しく語られた。


この遷宮は国長たる朝廷の持つ、

侮る事の出来ない底力を全国に示すこととなる。







………いや、まあ。


コレは、ピンポイントで甲斐の武田への攻撃です


基本的に極貧国家である甲斐には余裕が無く、


また極度の実利主義者の晴信(信玄)は


たとえヨメの親父の"三条"から働きかけが有っても


こんな実利益が全く無い話には銭を出しません。


『約定破りの信玄坊主』が、こんな投機じみた話に


乗るわけがないんですよね。


それゆえに、こんな話はガン無視します。



秀貞の思惑どおりに。




"三好"と"北条"は


『力』はあっても『名』が無いが故の行為。


このニ家には、名声を稼ぐ強い動機があります。


(しかも出さないと"ケチ"と後ろ指を指されます)


特に三好は織田より多くに出すという、


涙ぐましい努力が見られます。


畿内の、天下の覇者というメンツは


そこまで大きいのです。




斎藤は当然に便乗。


当代屈指の謀将、毛利は"勝ち馬"に乗ってます。


(毛利は世鬼という忍びがアリ、情報強者である)


赤松は黒田(官兵衛の父)が下に居て助言を受ける。


長尾(後の上杉)は義理だけの銭を出しています。



本来なら便乗しそうな"宇喜多"ですが、


この時点ではまだ実力が足りません。


いまだ小豪族でしかありませんから。



25000貫ほどあれば充分な式年遷宮に、


合計で35000貫オーバーが集まる。



この遷宮は圧倒的な超巨大予算を獲得したことで、


とんでもなく規模が拡大してしまいます。








マメ知識





『仕置』




この時代の"仕置"には、今でいうところの


"お仕置き"という要素はない。


主に行政機構による政治的・統治的な


処置や采配のことをしめす。


例によって、コレが"刑罰"の意味になったのは


市民層から"政治"が見えないからであろう。





『荷留め』




都市や勢力に対する商業貨物全般の物理的な


強制差し止め・強制停止を行う事による経済制裁。


古くからある古典的かつ初歩的な経済制裁である。



武家には銭と食糧の流入を止めるのが主な目的。


商人には商業活動そのものを停止させる効果アリ。





『至上の策』




孫子いわく。


最上位の策は相手の手を読み、政で無力化させる。


次善の策は外交謀略により孤立化・弱体化させる。


次に野戦で敵戦力を破壊すること。


最もバカな策は城攻めである、と。



つまりこの時代の戦国大名は、


戦略上における最悪の策を多用している事になる。


そりゃ、万年金欠にもなるさ。




伊勢に使われるのは次善たる外交謀略である。





『売官』




毎度おなじみ、三国志の時代初期のはなし。


最悪クラスの政治腐敗によって、地方から


中央の洛陽に金が回ってこないという事態に至る。


この解決案として提案されたが、


そもそも買うために消費した銭を回収するために


地方で重税が横行するという本末転倒な事になる。



曹操の爺さんが(義理の)息子のために


"3億銭"を出したという話はそれなりに有名。


(曹操の爺さんは"宦官"のため、養子を取ってます)






『約定破りの信玄坊主』




"信玄"は、晴信が出家した後の名前(戒名)。


晴信は婚姻同盟をしていたはずの信濃の"諏訪氏"を


用済みとばかりに攻め滅ぼしました。


当時の概念において"(だま)し討ち"は


最も嫌われる行為であり、


コレによって信玄は近隣にメッチャ嫌われます。


(信用保証を理由もなく一方的に破棄したから)


特にこの頃の信濃まわりの戦国大名たちにとって、


信用性も信頼性もゼロだったようです。



"信"用度がまっ"(クロ)"。


ある意味、すごい皮肉です。




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[気になる点] せんせー、足利は?出せなかった?それとも後で書くから黙れ?だったらごめん
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