第161話 弾正忠家が苦手な、山科さま
ひとまずは戦の関係は終わり。
内務と外交フェイズに戻ります。
「…………此度は勝利の程、目出度き事。」
大河内での戦が終わってしばらくして、
畿内より山科卿がお越しになる。
まあ、正しくは『ひとつ、相談事が御座います』
と此方が招いたのだが。
基本的に尾張弾正忠家に対して
少し苦手意識の有るっぽい山科さまではあるが、
ソレは別として此方には
けっこう軽いフットワークでやって来られる。
…………なんせ朝廷への献金の度合いが
レベチだからねぇ。
もう、他の勢力と比較しても桁がひとつ違う。
去年はウチだけで今まで国中を回って募っていた
献金を獲得できただろうし。
個人的に苦手であっても、実利のためには
来るしかないわけだ。
とは言うものの。
そもそも山科さまがウチを苦手なのは、
圧倒的な献金を行っているにも関わらず
"献金額"と"見返り"のバランスが
明らかに釣り合っていないためである。
このご時世において朝廷への献金とは、
何らかの"見返り"を強要するという目的がある。
結局のところは、ギブアンドテイクということ。
だからこそ、山科さまは各所・各家にて
後腐れなく献金の要求を強く求める事ができる。
………………が。
弾正忠家の場合は少々ばかり趣が異なる。
ウチの場合、結構な割合で
『(ほぼ)無償の献金』を行うのである。
これが本質的に内務官僚である山科さまには
とても困った話となる。
何度となく『(ほぼ)無償の献金』を行われる事で、
朝廷側(正確には公家側)には弾正忠家に対して
"借り"が大量に貯まっている状態になるのだ。
"政治業界"における"借り"は、
"商売業界"におけるソレよりもはるかに重い。
献金をしてくれるのは確かにありがたいのだが、
"貸し"ではなく"借り"が貯まるのは迷惑なのだ。
しかしながら、
ウチに来れば明らかに献金を稼げる。
他家にてウチをダシに使えば、
更なる献金をも期待できる。
"借り"が貯まるのは嫌だが、実利は圧倒的に高い。
山科さまはウチに来るたびに、
その二律背反にに悩まされる事になる。
この御仁は基本的には忠勤のヒト。
"借り"の蓄積よりも、
皇家の充足を願い優先してしまう。
故にこそ、"ウチが苦手"なのである。
「大河内の戦は京でも音に聞いておる。
後世にて軍記物で華々しく語られるが如く、
"あの"北畠を翻弄してみせたようであるな。」
飄々と都のウワサから始められる。
政治も商いもウワサは貴重なモノである。
"政治屋"たる彼には順当であるし、
ソレはこちらとしても有難いことである。
"嘘か真かは別"としても、
都のウワサを手に入れられるのはありがたい。
"政治屋"かつ"商人"でもある私には特に、ね。
話が進むなかで、伊勢と北畠が話題にのぼる。
今回の戦と、伊勢の行く末が。
――――戦とはひたすら無駄に兵糧を消耗する。
食糧の源である平野部を失えば、
北畠は大軍の用兵が不可能となる。
山間部ばかりではまともに食糧の確保もできぬ。
いまだいくつかの領地は残っているとはいえ、
今回の一連の戦によって
平野部を失った北畠はほとんど死に体に。
現当主たる晴具と具教の親子も捕縛できた。
"あの"北畠の勇名は地に堕ちた。
コレを助けるだけの利点は既に無く。
もう今更、和議もクソもない。
事実上、伊勢の動乱は終わったも同然である。
「――――――――それで。
"相談事"とはどの様なことであるかな?」
ひさびさの登場である山科さま。
織田は献金は多いものの借りも多い。
しかし職分的にも気持ち的にも献金を得たい。
正直、弾正忠家にはかなりの苦手意識があります。
マメ知識
『レベチ』
"レベルが違う"こと。
ドラ○エなどのゲームにより、
レベルという概念が一般化したことで出来た言葉。
同様の言葉として"ダンチ"がある。
こちらは"段違い"であること。
柔道や剣道などの"段"という実力の違いを表す。
どちらも時代が創った言葉といえる。
『趣が異なる』
厳密に言えば、"趣を異とする"という。
"趣"とは味わいや面白みのことや、
自然にそう感じられる有り様や感じのこと。
"趣を異とする"とは、
物事の大筋や全体の雰囲気・様子などが違うことを
意味している。
『二律背反』
"律"とは律令という言葉があるとおり、
基本的なルールのこと。
同時に音楽用語において音の高さやその規定を示す。
二つの正反対のメロディーが同時に流れる
という状況のことを表す。
一つの事から生まれた二つの事柄が
共に成り立つと同時に矛盾している状況をさす。
イマイチわかりづらい話ですが、例えば
"曹操、曹家は漢という国の庇護者であるが
同時に漢という国にとって最大の脅威でもある"
とか
"詰め込み教育は学習効率が極めて高いが、
実社会ではあまり役には立たない"など。
今回の場合、
"織田の献金は極めて高い額を集められるが、
"借り"という実害がありすぎる"となる。
『音に聞く』
ちょっと古い表現。
古典などで使用されることが多い。
ここでの"音"とは"ヒトの声"のこと。
人伝やウワサに聞いた話のことをさす。
『"あの"北畠』
鎌倉という時代が終わり室町という時代に至る頃。
武家の台頭を嫌った後醍醐天皇に対抗するために
足利家は"別の天皇を立てる"という手段を用いた。
京にある足利が立てる天皇と、
奈良の吉野の逃げた後醍醐天皇。
この二つの皇家が立つ状況を"南北朝"時代という。
当時の北畠当主は北畠顕家。
南朝についた"公家"であり、
十代(約18才)で足利尊氏ら北朝の軍勢を破った
当代の怪物である。
(新田義貞や楠木正成らと共にではあるが)
その為に武家の間では超有名人。
足利の歴史書である"太平記"にも書かれてます。
後に盛り返した足利軍に敗れ戦死する。
数え歳21歳、満20歳のことであった。




