表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鵬、天を駈る  作者: 吉野
6章、『○○○○○』
159/248

第154話 其に、名を付けるなら





―――――本来、あってはならない正規の手順。





コレは完全に矛盾した表現である。



そもそも『正規の手順』というモノに


不都合があってはならない。


非正規の脇道・裏道がないからこそ、


"正規"なのである。


『正規の手順』とは、完全でなければならない。



そうでなければ、その手順から信用が失われる。


"信じて用いる"事が出来なくなるのだ。








「村衆を束ねる土侍と武家との関係は、


実際にその地に住まう者と(ソレ)庇護(ひご)する関係です。


武家は村衆を護り、安らかにする義務を(にな)い。


村衆はその庇護の返礼として収穫から税を収める。


その様な関係ですね。



農民足軽という制度は、


実はコレとは直接には関係がありません。




農民足軽という制度は、


武家と土侍との間で結ばれる契約です。


土地の庇護の約束に付随するモノで、


"戦が発生する時に武家に○○人の兵を拠出(きょしゅつ)する"


というシロモノです。




土侍は報酬をエサとして村衆を戦に誘い、


村衆は命懸けとはいえ臨時の収入に釣られる。


土侍は彼らを連れて、武家の下に参じる。


村々から集められた村衆が束ねられ、


兵として、農民足軽として編成される。



農民足軽とはそういう存在です。


村衆を用いた足軽の募兵は、


一般的には以上の手順を(もっ)て行われます。



農民足軽という制度は実際には、


村衆とは何の関連性も無いのですよ。」





…………………実に笑える(はなし)だが。



つい最近まで武家の御曹司として


兄と棟梁の座を競っていたにも関わらず、


私は足軽がどの様に集められるかを知らなかった。



足軽とは、雑兵とは?


其は武家が集めてくるモノだとしか知らなかった。



その程度の認識でしかなかったのだ。





その無知を指摘されて鼻で笑われた。


足軽となる村衆に、兵となる責務が無いことを


知らされて愕然としたものだ。



――――――棟梁を目指す者が、


治める者達の顔を見ていない事に。


()ようとすらもしていなかった事に。






………………例えば、元公家の北畠の棟梁が。


私と同程度の知識しか無かったら?



兵とは部下が連れてくるモノという認識しか、


無かったとしたら?




いつしかその認識の過ちが為政者と民との間に


致命的な、破滅的な(ミゾ)を造るのでは?



――――対北畠との戦略構想の最中に、


ふとそう思って、背筋が寒くなったモノだ。





「村衆とて、人です。


ただ無為に、文句も言わず支配はされません。



不当で問題のある命ばかりを下されれば。


余所(よそ)の方がより有利な条件を持つならば、


彼らはアッサリと現在の武家を切り捨てます。



弾正忠家の民を深く(やす)んじて富ませる施策と、


北畠の元自領に対する略奪の指示。




コレらは村衆たちが北畠を切り捨てるに足る、


充分すぎる理由として成立します。




だからこそ、彼等はこちらの大河内の調査に


全面的な協力をしてくれたのです。





…………………そして。


土侍や村衆らと深く(ねんご)ろな関係であることは、


彼らに対して


()()()()()()()を申し出る事が可能となります。


彼らに相応の報酬を約束することでね。





――――――――――そう、例えば。


()()()()()()武家たちに参ずる土侍たちが、


()()()()()()()()()()()()行くとか。



………………その違う人間たちが、例えば?


敵である(ハズ)の織田の兵であるとか。」





まるで血も凍るような、


身の毛もよだつような悪寒(おかん)が全身を走る。



水鏡(みかがみ)を見なくとも分かる。


今の私は、死人の様な面をしているだろう。



この一手は、


武家にとっては極限まで不味(マズ)い。





(あま)りにも過剰な反応を示す私に、


藤吉郎のヤツが怪訝な顔をみせる。



――――武家として立った事の無いコイツには、


この感覚は解らんだろう。




「お前さんにわかるように言い換えるなら?


とある凶悪すぎる策によって


お前さんや商人が唯一の武器とする銭が、


明日からただの金屑(かなくず)の山に成り下がる。


…………………と、言ったら?」





――――ははは。


それは大変にわかりやすい。




商人にとって命の次に大事とまで言われる銭が、


明日からただの嵩張(かさば)(ゴミ)になると聞いたなら?




その結果が今の藤吉郎のヤツの顔だ。


今まで大きく高く築いてきた自分の城が、


眼前で()()微塵(みじん)に砕け散る。


何の役にも立たぬ瓦礫(ガレキ)の山に成り果てる。





―――――少なくとも、武家にとって。


先生の言っていることは、そういう事だ。







「コイツ、この策はあえて名を付けるなら。




 " 逆 兵 の 計 "  かな?



文字通りに、()()()()()計略だ。」







―――――――冗談ではない。


このヒトは一体、何を考えているのだ。






今の武家の力の源泉は農民足軽に在る。


それが在るからこそ、武家は武家たるのだ。


その前提を根底から覆すこの策は。






最悪の場合、武家が滅ぶぞ!?








「…………今、勘十郎くんの思っているように。


この策は武家にとって鬼門となりうる策だよ。


禁忌とすら言っていい。




先にも言った通り、現在の武家の力の源泉は


農民足軽を率いる事にある。



――源平やそれ以前の武家は違ったらしいがな。


今の武家は農民足軽が居ないと話にならない。



数の暴力に呑み込まれてしまうから。





…………それ故に、この策は。


自ら率いる雑兵が敵に成り得るこの策は、


大々的に用いると農民足軽という制度の信用性を


決定的に失わせることとなる。



このひとつの策は、その影響は


武家の力そのものを否定し破壊しかねないモノだ。




この策は用い方によっては、


() () () () () ()


鎌倉以前より、


350年以上続く武士(もののふ)の歴史を終わらせるのだ。




―――その様な危険極まりない策であるから、


その使用には細心の注意を払わねばならない。


だからこそ今回は"我が秘策"と称して


内容を誰にも話すことは無い。



…………義経(ぎけい)公の二の舞は御免だからな。」







………………源 義経。


民たちは『判官(ほうがん)贔屓(びいき)』ともてはやすが、


彼が"戦場の作法"の横紙破りをしたことは


武家たちには知られている。



それもひどく特大の横紙破りを。



武家の慣習や利権・誇りを大きく傷付けた


義経公は()()()()()()()()に排除された。


この"逆兵の計"、


迂闊(ウカツ)に行えば弾正忠家は袋叩きとなる。


日の本、その全ての武家が牙を剥く事になる。




秘しておくのが正解であろう。


むしろ絶対に知られてはならない。



何人(なんぴと)たりとも。








―――――――――では。



私たちにそれを知らせた目的は何でしょうか。


秘して、伏しておくべき策を


わざわざ伝えたのはいかなる理由でしょうか?




それを教えて頂きたい。






「………君らにこの策を"授けて"おくためだよ。



運良く君らが泰平の時代を迎えられたなら。


平和な世を見ることが出来たなら。


その時こそ、この策を用いよ。




この国の全ての者が、


その策の実行を()の当たりに出来るように。







たとえ世が(たいら)かになったとて、


万人が安寧(あんねい)享受(きょうじゅ)できる時が来たとしても。



時代に取り残される者や


新しき世に馴染(なじ)めぬ者はどうしても残る。



――――そういうバカは、新しき世を恨む。


旧き世を懐かしみ、必ず乱を起こそうと企む。




新しき時代に乗り遅れた旧き時代の存在は、


国のどこかで(くすぶ)りやがて大火をなさんと動く。




そんな連中が大乱を巻き起こそうとするその時、


その時こそがこの"逆兵の計"を(まこと)に使う時だ。



この策を以て、


()()()()()()()()()()


泰平の穏やかなる時に、()()()()は要らん。



"今の武家"を殺し尽くし、


新しき武家を生み出せばいい。




己の欲に仕える武家ではなく、


国の大事に仕える武家を創りあげよ。




"今の武家"より、戦う為の力を奪い去れ。



―――――世の為に、この国の為に。


そして何より"新しき時代"、その未来の為に。」






………………………新しき時代に。



その望むべき世界に必要なのは、


国に尽くす無双たる国士のみ。


――――我欲のために動き世を乱す武家なぞ、


必要ないということですか。





………………………そうですね。



確かに。


誰も殺し合い、奪い合い


そして傷付け合う事の無い時代とならば。



―――――いつかそのような、


極楽浄土の如き世に(まみ)えることが(かな)うなら。




そんな穏やかな世に、欲深い(ケダモノ)なんぞ。



今 の 武 家 な ぞ 要 ら ん わ な 。









1590年の6月。


戦乱の絶えて久しい日本にて

新しい時代に順応出来ない武家達が不満をため、

東北にて大規模な反乱を起こした。


5万とも言われる大軍が立ち上がったが、

その頃に政務の中枢にいた織田 信勝は

眉一つ動かさなかったといわれる。


この5万の反乱軍、その雑兵たちには

その全てに信勝の息がかかっていたのである。


鎮圧軍の前で、反乱を起こした武家たちは

戦をすることさえ許されず捕らえられた。


よりによって自らが率いる5万の兵たちによって。


織田信勝は本拠より一歩も動くこともなく、

簡単に乱を(しず)めてみせたのである。

兄の影に隠れていた彼を見くびっていた諸将は、

その戦略の()えに戦慄(せんりつ)すらした。


この反乱は後に『奥州の乱』と呼ばれる。



この所謂(いわゆる)『逆兵の計』により、

武家達が頼っていた足軽という兵制は

その信用性を致命的なまでに失う。

武家たちは足軽兵を信用する事が出来なくなり、

それ故に軍事力を持つことが叶わなくなる。

こうして、新しい時代に適応出来なかった武家は

武力も発言力も失い没落してゆく。

鎌倉より続く350年以上続いた武家たちの時代は、

この時をもって本当の終焉(しゅうえん)を迎えたといわれる。




戦乱の世は、完全に終わったのだ。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] あー……成程。 根本的な所で「逆らうと生きていけない」から従ってるだけで、 別に配下というわけじゃないと。 だから逆らっても生きていける、逆らった方が楽に生きていける見込みがあるなら、か………
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ