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鵬、天を駈る  作者: 吉野
6章、『○○○○○』
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第144話 与えられるは祝いか、呪いか




カッツ君の視点ですね。


ムチャ振りに渋々に対応してます。









――――――秋も半ばに暮れゆけば。




遠くには風の()が、


彼方(かなた)より聞こえる龍笛(りゅうてき)の如くに蕭蕭(しょうしょう)と。



近くには蟋蟀(コオロギ)や鈴虫に松虫らが


チロチロ、チイチイと控えめに(つる)()き奏でる。


静かに琵琶(びわ)を弾く如くに。



やがて秋も深まれば、枯草たちがサワサワと


(ぬさ)を振り幸を祈る声も聴こえよう。




間も無く中秋の名月を迎える。


静かに枯れ(ススキ)と月を祀る日々もあとわずか。




山で谷で人里で、様々な果実や木の実に祝われる


実りと恵みの秋も間近(まじか)の事となる。










…………………さて、と。



思索に耽るうちに外よりの音色に誘われ、


秋の"あはれ"に心を奪われるのも。



………現実逃避するのも、これくらいにしようか。








頭の後ろをポリポリと掻いて、


視線を広間の内に()え戻す。


私の話を待ち雁首(ガンクビ)を揃える皆と目を合わせて


ゆっくりと重い口を開いた。





…………………さて。



皆も既にご存知でしょうが?


最近になって新年に父の名義で配られているモノ。



新年は賀正の()()として渡される銭です。



今では弾正忠家に属する者には


例外なく与えられています。



家中でも上位にあたる家老たちには500貫を。


中層の立場にある国人たちには200貫、


下層の武家らには50貫を。



今ではここに居る皆も、


新年に(さず)けられる目出度(めでた)い臨時収入が


年始の計画に組み込まれてはいませんか?





特に何もしなくても得られる銭ですから。


大変に好ましく有難(ありがた)い話ですな。





――――――ところがですね?



実はこの年賀祝いなのですが、


ちょっとした裏が。



ちょっとした絡繰(カラクリ)がありまして。




基本的には父の名義で行われるコレですが、


実質的には兄の名の下に運用されています。




…………………権六?


其方(ソナタ)も今の話を聞いて気が付いたろう?


今年の銭を貰って、首を傾げなかったか?




()()()()()()()


()()()()()()()()()()()()()事に。







……………一時、話を止めて皆を見やる。




たった今、言われて気付いた者。


薄々に感付いていたであろう者。


気付いていたか、もしくは聞かされていた者。




―――――――そして、一連の策動の主犯格。



それぞれの顔つきを一回り眺め、


それぞれの顔に(ひと)しく理解が及んだ事を


目尻にて確認した後に話を続ける。






………………ええ。


そういう事ですよ。



一連の祝賀祝いは、


兄である三郎を有利にするための策です。


兄に属していない者を(ふるい)にかける一手です。



……………文字通りに。




つまりはそもそも、この年賀の祝いは謀です。


"祝い"であると共に、"呪い"でもあるのです。






本来は一律に与えられる()()()祝い銭ですが、


"兄に属さず、味方していない"事で


その条件から外れます。



とは言いましても、


弾正忠家の臣であることには変わりなく。



………そのために半額が与えられるワケですな。


ここに明確な差が付けられるのですよ。





――――――――さて。


同じ弾正忠家に属しながら、私こと勘十郎に


従うために与えられる銭が半分となる。


この事は私の一派に不満を生みます。



真の忠は銭で表せず、銭では買えない。


今の末世にはただ貴重なるモノ。


私に心底から服する者は気にも留めないでしょう。





………………ですが?


私に属する理由が、将来の利権や繁栄の為と。


私のお(こぼ)れに(あずか)ろうとする者たちには違います。




"コレは(つか)える主を誤ったのでは無かろうか?"


"このまま仕えても行く先は大丈夫であろうか?"


――――――そして。


"アチラに鞍替えすれば来年は倍額貰えるのでは?"



"()()()()()()"に目を向けてしまう。





何かが変わるわけでもありません。


誰かが(たす)けてくれるわけでもありません。




ですが彼等は己の心の内の悪業に、


煩悩(ぼんのう)懊悩(おうのう)に魅入られる事となります。



半額を渡された者が勝手に考え忖度し、


そして勝手に欲に釣られて寝返るのこととなる。





―――――――そして同様に、主の側も。




この策を仕掛けられると、臣下が自分を何時(いつ)


裏切ってもおかしくはない状態になります。



(あるじ)は、(きみ)は。


(やが)て部下に監視を付ける様になり。


その監視の気配は部下に不快を招きます。



相互に不審の種が芽吹き。


何度となくその悪草の若葉を引き抜いても、


不安の芽は心に芽吹き続け。



いつしかその疑いの目は、


真の忠臣にすら向けられます。




この策、一度仕掛けられると


主従の絆をズタズタに引き裂く事となります。




太平の治世ならばこの様な策など、


何の問題もありません。



しかし人心の乱れた今の世には劇薬です。


主に臣に、(おぞ)ましき変貌(へんぼう)を与えます。





兄の勢力、三郎派閥は何も提示せず


何一つとして自ら動くことはありません。



相手が勝手に自滅を始めます。


家中に不和を散蒔(バラま)きながら腐り落ちるのですよ。




何せ、かつてその策をもって


私達の一派は進退極まりましたからね。


もう、()ぉく解りますよ。





彼の『年賀祝い』は、恐ろしいまでに良く出来た


離 間 の 計 な の で す 。




遠回しに自分達に(なび)くように、


相手をそれとなく誘導しているのですよ。










カッツ君が視線で語っているように、


発案は秀貞の坊です。



そうでなければ、


彼等にタダで銭を与えるワケがありません。




カッツ君が指摘した通り、


これはかなり極悪な離間の計です。



なんせノッブ派閥に所属していないと、


支給額が半分になる。


これはあからさまなエコヒイキです。



直接的で即物的な現世利益ですから、


これは即座に不満に変換されます。



毎年、年始になると不満が上がり忠誠が下がる。


本当に厄介な計略です。






マメ知識




『龍笛』




日本古来の雅楽で用いる横笛のこと。


一般的に平安時代以降の時代劇において、


由緒ある公家やインテリ武家などが


登場人物が横笛を吹いていると龍笛と見ればいい。





※五条大橋で弁慶と牛若丸が出会う場面。


ここで牛若丸が吹いている笛が龍笛です。





"歌口(唄口)"と呼ばれる吹き口と、


指で押さえ音色を調節する"指口"とが同じ面にある。



"舞い立ち上る龍の鳴き声"と例えられる。




『蕭蕭』


もの寂しく、なんとなく寂しげに感じる様。


もしくは雨音や風の音がもの寂しい(と思う)様子。



何となくセンチメンタルな感じになる様子のこと。





『琵琶』



東アジアにおける"リュート系の弦楽器"。


起源は"ササン朝ペルシア"とされ


これが東では琵琶系に、西ではリュート系となる。


半分にした卵形の共鳴胴に棹をつけ弦を張る。



一般的には、


"平家物語を弾き語りする琵琶法師"で有名かと。




『幣』



以前にも書いた、"御幣(ごへい)"のこと。



百人一首を覚えた事のある人なら、


"この度は (ぬさ)も取り()へず 手向山(たむけやま)


紅葉(もみじ)(にしき) 神の(まにま)に"


の一句を思い出すかと。



あの菅原道真の名句ですよ。


なお、こちらの"幣"は


旅の最中に道祖神を祀る時に捧げる


"色とりどりの布や紙を細かく切ったモノ"の様です。



草木が風に吹かれサワサワと鳴る様を、


御幣が振られて紙が鳴る様にかけている。





『雁首を揃える』




人が集まり立ち並ぶ様を示す。


やや口汚い侮蔑的な表現で、


ある種のスラングとも言える。




『絡繰』



いわゆる西洋でいうところの"オートマタ"。


自動で動く人形や機械・自動式装置に相当する。


機械が"マシン"になる前の存在とも。



日本における"からくり"の語源は動詞"からくる"で


糸を縦横から引っ張り動かしたり操ること。



ここから企みや策謀、インチキや詐欺などを


暗に示すこともある。




『佑ける』



"助ける"の別表現。


"人偏(にんべん)"が付くとおり、"人の手助け"を指す。


"示偏(しめすへん)"の祐けるは、"神の手助け"という意味に。




『懊悩』



漢字が示すとおり、


"心"の"奥"で悩み悶えること。






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