第136話 其の手は桑名の、焼き蛤!?(前編)
罠。
つまり謀です。
それは驚きますよね?
今までの文面は全部、
嘘っぱちと言うことですから。
驚かない方が無理です。
………………沈黙。
藤四郎さまが
余りにも衝撃的な発言をされたため、
この場に居た全ての者が動きを止めた。
――――――――その一言は、
そこまで大きな声では無かったにも関わらず。
大声で話す者も、酒を呑んでいた者も。
笑い転げていた者も、暴れていた者も。
それら全てが、一斉にこちらを見る。
――――圧倒的な迄に愕然とした表情を浮かべて。
…………実のところ、私もそうであると思う。
それは仕方がない。
今までこの場に居た、宴に参加していた者は
軒並み桑名の会合衆に対して
大なり小なりの怒りを抱えていた。
若造ばかりとこちらを舐めてかかったその態度に。
頑強に、傲慢なまでに押し通した強気の様に。
自身の生まれを誇り、此方を見下すその視線に。
交渉の苦手な武家共と嵩にきたその表情に。
…………そして交渉に譲歩してしまった自分達に。
―――――――それが。
・・・・全部、罠?
「どう、言うことだ!?
罠とは何だ!
―――――何が!
何処が?
何処からが罠だというのだ?!」
大変に取り乱した様で三郎様が叫ぶ。
この方がここまで様相を乱すのも珍しい。
いつも余裕気で皮肉気、
そして強気な態度の何れかを常に崩さない
そんなヒトであるのに。
この姿はもう余程に混乱しているということ。
三郎様ばかりではない。
今年の初頭に藤四郎さまに巻き込まれた佐々様も。
最近になって、知恵を付けてきた又左も。
この中でも最年長の柴田様も。
そろって唖然とした顔で凍り付いた様に
ろくに動けないままにこちらを見るばかり。
そう。
つい先程まで、どんよりと落ち込んでいた私も。
一同、完全に度肝を抜かれたご様子。
素知らぬ澄ました顔で居るのは藤四郎さまのみ。
「――――先程も言いました通り。
そう、全部です。
最初っから終いまで、全てがペテンですよ。」
その様に、軽く言ってのけた。
藤四郎さまの提案で、
ひとまずは場を仕切り直す。
それぞれが円座で円く座りこむ。
とりあえずは皆を落ち着かせる為に、
少しでも酔いを覚ます為に。
ひとりひとりにやや熱めの柿の葉茶を配った。
皆が一口すすり、
雰囲気がやや静まった所で藤四郎さまが語り出す。
―――――朗々と。
「では、この盟約が全面的に罠であること、
その説明です。
まずは先の盟約の文言から。
―――ひとつめの文言。
長期の、不変なる盟約。
これは一見、好ましく有利に見えますが。
そうではありません。
―――――――商いとは、世間とは。
それは極めて流動的なモノです。
時節も情勢も趨勢も。
常に上がり下がり、傾いては昇り。
そうであるが故に、関係というモノもまた
常に揺れ動き互いの立場も浮沈します。
そもそも、盟約というのはどれだけ練っても
不具合・齟齬・問題点は必ず発生します。
これらは発見次第、その都度に相互に協議して
改定・是正されなければなりません。
―――――――――つまり、ですね。
15年間、一切の改定を許さないこの盟約は。
存在そのものが、明らかに異常なのです。」
………………なる、ほど。
違和感を感じていたのはそこですか。
気付かなかったのは盟約の異常性。
そう、つまり最初から。
この盟約には悪意在る猛毒が仕込まれている、と。
"不変"の条件は、それこそが。
一度、口に含んだその毒を
吐き出す事を妨げる謀であると。
15年もの長期に渡って、
その猛毒でのたうち回らせる策であると。
絶句する皆々様に目もくれず放置し、
藤四郎さまは話を続ける。
「―――ふたつめの文言。
相互の不干渉・不可侵と銘打つこの盟約は、
逆さに見ると長期の絶縁に近いモノです。
そのためにも互いの関係や交流の維持を図るのは
外交上、絶対に不可欠となります。
――――何せ彼等は商人ですからね。
関係の絶縁は避けなければなりません。
この文言は必須なのですよ。
……………しかしながら。
先のひとつめの文言が毒となります。
彼等はこれから15年、自分達が
絶対的に不利であろうが、絶対的に有利になろうが
今の関係を続けなければなりません。
さらに最悪なのは、この文言に
『相場値段』が含まれることです。
品物の相場・値段は常に上下します。
その値は高額になることも、また低額にも。
桑名衆は、その値の上下を無視して
常に"今現在の値"で
尾張商圏と取引をしなければなりません。
商人にとって、これは地獄ですよ。
ただでさえ現在、
近江へ続く"八風"・"千種"経由の交易が
ウチと六角が揉めて縮小しているのに。
尾張商圏以外の交易が減少しているのに。
更にここで一つ、情報を開示しましょう。
尾張商圏では生産規模が拡大・向上しまして、
全ての商品の値段を1割安くする準備が、
つい先だって完了しました。
これから少しずつ、値下げをしてゆきます。
……………………つまり、そういう事ですよ。」
――――まさに桑名衆にとっての最悪だ。
今現在、周辺勢力との関係が悪化している為に
既存の外部商業勢力の足が遠ざかっている。
これより15年間、桑名の商人は
周辺より1割高い商品を買わねばならない。
1割高い商品を売らねばならない。
誰だって思うだろう。
――――商売の素人ですら。
『誰が買うのだ、そんなモノ?』
藤四郎さまの言う通り、最初から罠だったのか。
値下げの準備が整ったからこそ、
この盟約が結ばれたのか。
深い、地獄のような陥穽が完成したからこそ。
此度の盟約は提言されたのか。
ここに居る者は全員、
ひどく顔をひきつらせている。
余りの容赦ない悪辣さに、
桑名衆のお先真っ暗な未来を想い。
怒りを抱えていた筈の彼等に同情するほどに。
武に大きく偏った柴田様ですら、
それは例外ではない。
※いくつかの情報として出していますが、
133話を変更(偏向)しています。
桑名の会合衆のキャラを極端に改悪してます。
後の展開に整合性・正統性を持たせるためです。
気が向いたら、読んでみて下さい。
以上、臨時のお知らせでした。
何となく気がついたかも知れないですが、
今回は藤吉郎の視点です。
語られたショッキングな一言で、
凹みまくっていた落ち込みが全部吹き飛ぶ。
商売人にとって、
『契約条件の変更不可能』は極めて危険な文言です。
商売人にとって、
『商品の定額仕入契約』は毒にしかなりません。
一般人には良さげな契約に見えても、
商売人と外交・政治の関係者には猛毒です。
当時の人間ならともかく、
今の商売人なら絶対に逃げ出す契約だったりします。
そう、"ここまで"でも。
マメ知識
『会合衆』
見て字の通り、"会合をする役割"の者達。
自治都市における評議会議員に相当する。
要は町の有力者、トップ連中が集まって
利権調整や対外交渉をする組織。
利権調整の場であるから、自分の利権優先のために
コイツら下の意見を時々ガン無視する。
『円座』
別名、車座。
円く座ることで、上位者をつくらない座り方。
"アーサー王物語"の"ナイツ オブ ラウンド"こと
円卓も王以外は皆が平等という建前の理論やね。
『齟齬』
"齟"は"咀嚼"に使われる"咀"と同系の漢字。
何度も歯を合わせる事を意味する。
"齬"は"互"と同系の漢字。
互いに入れ違いになる事、
何度かみあわせてもしっくりいかない事を意味する。
二つ合わせて、物事が不整合であることを示す。
『悪辣』
"辣"とは"味の辛さ"と
"辛い・厳しい"という意味がある漢字。
悪く辛い行い、
情け容赦なく、質が悪い事をさす。
よく見ると"辣"という漢字は"束にした辛さ"ですね。




