第14話 皐月 の、とある日
話は再び遡ります
「お帰りなさいませ、妙見丸さま。」
私を目にした者達が声掛け、頭を下げる。
家人たち、そして私の部下が迎えてくれた。
結わえていた浅沓の紐をほどく。
ええい、7つの子供の手はまどろっこしい。
「父上はどこへ?」
側にいた"庄平"に尋ねる。
数年前に側に付けた者のひとりだ。
主に家の内の事を頼んでいる。
「吉兵衛さま(村井貞勝)は、ご自分のお部屋へ。」
こうして家の事を聞くとだいたい返事が返って
来るように教育をしている。
もうひとり家に付けている"左太"と共に書物も
読めるように教え込んでいる。
もうじき家中の仕事へも
手を出せるようになるはずだ。
「ふむ、ありがとう。少し父と話してくるよ。」
家人に軽々しく礼など言うな…など言うアホウも
いるが、威厳だなんだと圧を懸けるばかりでは人は
付いてこんだろう。
感謝も返さぬ関係など寒々しいだけだろ?
「父上、よろしいでしょうか?」
父の仕事部屋になっている書斎の木戸を軽く叩く。
返事を聞いたのち、横へ引いて開いた。
部屋にはいり、軽く一礼してから口を開く。
「殿と話しました。安祥への工作の指示と共に、
墨付き・交渉・分家の許可も取り付けています。」
父が竹簡から目を離し、筆を置いてから
ゆったりとこちらを向く。
基本的に戦よりも内務寄りの人だから、そうそう
取り乱したところは見せない。
「――――――うむ、まずは町衆の所へ使者を送ろうか。
安祥へモノを送る手配を頼もう。」
さらさらと手早く書かれたいくつかの書簡を
父が側仕えの者に手渡し津島・熱田の町衆らに送る
手配を頼む。
ホント頼りになることだ。
「町衆との交渉を自分でする、といったな。」
こちらを射抜くように細めた目を、
こちらもじっと見返す。
その程度のことも出来ず交渉事が任される
こともなし。
むしろニヤリと笑ってやる。
「――ま、よかろう。援護が欲しくば言えばいい。
その時は手を貸してやる。」
……………やれやれ、及第点くらいは出して貰えたか。
とりあえずは段落はひとつ、
「それから、分家の…………"村田"だったか?
お前が言い出したことだ。好きにするといい。」
おや、こちらの方が簡単に許しを貰えるとはね。
全てとは言えずとも、こちらの狙いを
おおよそはつかめたか。
父は内政畑。
純正の武士とは言いづらいからな。
「ありがとうございます。
とりあえずは熱田の方から手をつけようかと
思います。」
ここから近いから移動も早い。
何分にこちらは体力のない子供だから、
耳の早い町衆たちには向こうから来て貰おう。
まずは熱田での話の成否しだいか。
「ところで父上、
『雁皮』の方は順調ですか?」
時間軸的には前話であった信秀との交渉の
直後になります。
村井の家人たちが、7歳児が苦心しながらクツひもを
解く姿にホッコリしているのは秘密。
マメ知識
『皐月』
五月の古い表現。
別に今が五月だからではない。
『竹簡』
古代中国とかで使われてた細く切った竹を束ねた物。
紙の発明前は、これに字を書き丸めて書類としていた。
紙の発明のあとも普通に使われる。
だって安いし。
(生産単価がケタ違い)
実際、日本でもフツーに使われてた。木簡ともいう。
『津島・熱田』
言わずと知れた尾張の2大港町(湊町)。
基本この2町の繁栄により織田弾正忠家の繁栄がある。
『町衆・村衆・国衆』
今さらながら補足。
順に、『商人・村人・地侍』を指す。
それぞれが、『商業・農業・武力』担当。
『雁皮』
今回はまだ説明しません。次回で描写します。
気になる方は調べてみて下さい。
何となく目的がわかります。




