第131話 北伊勢内政、取っ掛かり
今回は内政編。
様々な内務実行のお話ですね。
最近は1日では話がまとまりきらない。
我ながら困った事です。
如何に寒い冬にでも春は等しくやって来る。
春が来たれば芽生えの季節。
―――今年も田植えの季節。
農繁期と言うヤツである。
「この度は本当にありがとう御座います。」
村の長が頭を下げる。
萌木の若芽が色付く村の中に、
眼前には田起こしを済ませ田植えをする男衆。
いずれも村の者ではない。
李部より雇われ、仕事として田植えをする者達。
その数、二百人。
村の衆の代わりに田植えを行っている。
二百人も居ると、
田植えもあっという間に終わるモノだ。
なかなかの重労働である
田起こしと田植えを他の者に代わってもらい、
村の長も恐縮しきりだ。
その間に村衆たちは何をしているか?
今年の豊作を願う祭りの最中である。
祭りと言ってもドンチャン騒ぎをするのではない。
田の神、土地神に祈りを捧げる厳かな祭りだ。
笛を吹き鼓を打ち、神楽を舞い奉納する。
天を慰め地に潤いを願う祀り。
――――それに三郎さまも参加している。
「―――そう畏まられる事はない。
尾張の弾正忠家はこの土地にとっては
新参者であるからな。
土地神様に着任の挨拶に出向くのは当然の事。
銭を出して盛大にこの地を祀るは政を行う者の、
当たり前の義務である。」
狩衣をまとい正装をもって
格好を付けて悠々と話す三郎さま。
話のとおり、弾正忠家が動いている。
田植えをこちらの人員で全面的に手伝った上に
田植えにまつわる春の祭りに
弾正忠家からワザワザ銭を供出している。
その銭で祭りをいつもより華やかに行わせている。
北伊勢の村々、全てに対して。
村衆からすれば疑問しか感じない。
むしろ疑惑か。
――――― 一体、何を企んでいるのかと。
だからこそ三郎さまや柴田さまが
各地の村を巡っている。
新しい領主として、
田の神や土地神、村々の祖霊へ
挨拶に回っているだけなのだと。
そのついでに各地の村にも
着任の挨拶と共に厚遇をしているだけ。
あくまで関係構築と友好のためである。
そのために今年は農民足軽の供出要求を
少なめにして、農作業に完全に集中させる。
その上でこちらから各種の農業支援を行えば?
大規模な自然災害でもない限りは、
北伊勢での豊作が約束される。
北伊勢の民は大喜びだ。
更にはそこで先の年貢一割減が活きてくる。
採れ高は約束された上に年貢は下がる。
領民はウハウハだ。
生活に大幅な余裕が出来る。
大きな豊作ともなれば年貢を出した上で自分たちが
腹一杯に喰ってもお釣りが来る。
であるならば『売る』という選択肢が生まれる。
伊勢国の半分、半国が作物を一気に放出すれば
北伊勢での市場は過剰となり、相場は下がる。
本 来 な ら 。
尾張系の米商人は、
安く買い叩こうとする他国の商人を尻目に
従来の値段に近い値で買い取る。
結果として米は尾張商人で
独占的に買い占めが出来ることとなる。
商人としては大損だが、
尾張の政庁から支援があるので問題ない。
こちらが買い取る値とダブツキで安くなった値、
その差額分を弾正忠家からの支援が有るわけだ。
ただし支援の申請分は、
最低でも半年分は売買を禁じ保持させるという
責務を店側は背負う事となるがね。
どうせ大儲けが確定しているのだから、
それくらいは我慢しろや。
……………というヤツである。
安く買って高く売るは商いの基本にして極意。
これを半年間、妨げる。
これは他国に兵糧を流出させないための、
弾正忠家としての短期戦略。
こちらの米を手に入れる事で
他勢力に無用の戦をさせない為の小手先の策。
無論だが弾正忠家に売る分は何の制限も無い。
商人に短期で兵糧備蓄をさせる策でもある。
―――災害援助用の非常食糧にもなりうるな。
実はこれは商人にも利がある。
当たり前だが日々の暮らしにはメシが要る。
だから時間経過と共に市場の米は減ってゆく。
半年の売買禁止期間が過ぎる頃、三月から四月。
市場米価は米の慢性的な不足により高値になる。
長らく我慢した分だけ、更に大儲けできるのだ。
――――――まあ、とは言っても。
予定では自由売買の期限ギリギリで
弾正忠家が買い取る事となっている。
他国へ流出なんぞ、させる気はないからな。
丁度倉から米が足らなくなる頃だし。
とはいえ、
その時点での市場米価で買うのは当たり前。
そうでなければ商人がソッポを向く。
それくらいは商いとして当然だし、
商人もこちらの動きを予想はしているだろう。
…………ある程度は。
強制とはいえ、これは織田弾正忠家の
半年間の短期国債を買うのに近い。
待てば確実に儲けを確保できる。
待ちきれなければ弾正忠家に売ればいい。
その時点での米価で売れるから、
どう転んでも買値より儲かるのだ。
……………………例えてみたが面白いな。
―――――国債制度、試しにやってみるか。
一年の短期国債で全てを那古野で行う。
中途の買い叩きも城で行い、
商人間の売買も認めれば。
貨幣の代替品、流通紙幣の雛型になる。
特殊な"版木"か印鑑を用意すれば充分。
偽造防止ともなる。
ひとまずは売買は国内商人に限定させるが。
今回は、今年はこれでやり過ごす。
今年も秋口になれば北伊勢のデータも揃うだろう。
話はそこから始まる。
刈り入れが終われば領民の殆どは農閑期となり
手が空いて暇をもて余しだす。
李部で彼らを雇い北伊勢全土に
大規模な開発をかけ、巨大な生産地にする。
同時進行で産業体型へも投資を仕掛ける。
この地はほぼ完全に既得の権力体制から
解放されているからな。
農地から人間の配置に至るまで
尾張以上にある程度の自由が効く。
ここで半国営の大規模農場と工場制手工業とに
産業をニ分化させる。
一時産業たる大農場で大量生産を行い、
二次産業たる工場でも大量生産体制をとる。
そして安濃津の城下町に三次産業を置いて
北伊勢全体の安定を図る。
尾張は本拠地だから古い柵が残っているために
食糧生産拠点にしか使えないが、
一定のフリーハンドがきくこの地は
産業の生産拠点とする。
尾張全域の食糧生産、
北伊勢領域の産業生産に那古野近辺の消費都市。
尾張と北伊勢は弾正忠家勢力圏だけでも
経済が回せる体制となる。
それ以外にも畿内の寺社連中から商いで
銭を巻き上げてやる予定だ。
安く買って高く売る事は商いの原則。
そして同時に、
商いは銭の有る者から銭を取るのが鉄則だ。
無駄に貯めこんだ罰当たりな銭。
しっかりと絞り取ってやるさ。
「―――――ところで、三郎さまの今回の行い。
どの様な意図が、どの様な効果を求めているか。
……………解るかな?」
書いている内に前半と後半が
何か別の話になってきた一話。
前期の通り、今年は調査一色の年。
北伊勢開発はまだ据え置きです。
ひとまずは減税と簡易の公共投資で
領民を誤魔化します。
某野望なゲーム(初期)における
『施し』に相当する行為ですかね。
直接的な資金投入で"民忠"を上げるコマンドです。
マメ知識
『萌木』
いわゆる萌木色。
芽吹いたばかりの新芽が映える、新緑の色をさす。
なお"萌木"は遠目に見た新緑の色である。
新芽の色、その物の色は"萌黄色"という。
こちらの方がやや黄色成分が濃い黄緑。
似たような表現の"萌葱色"は、ネギの新芽の色で
むしろより緑に近い。
『田植え』
田起こし、田植えは村衆の一大事。
その為だけに戦争が指揮官の意向を無視して
勝手に中断されることもある。
原則として農民足軽を率いる武家は、
これらの農繁期には軍事が停止してしまう。
強行すると村衆に背かれ外方を向かれてしまうのだ。
下手をすれば彼らの離反すらあり得る。
それ故にこういう行為は、諸手をあげて歓迎される。
むしろ善意が強すぎて警戒されるレベル。
『豊作』
当時の農作業で豊作に成らないのは自然災害の他に
戦で人手が取られてマトモな農作業が出来ないから。
余り過剰に戦ばかりする地では
年貢の取り立て予定を下回ることすらあり得る。
農作業に完全に手を回せれば、
予定採れ高100%という"豊作"になる。
当時は100%割れするのが当然の世相であり、
むしろ採れ高100%は充分な豊作。
100%を超えれば大豊作だ。
『雛型』
雛形とも言うが"雛型"と"雛形"は厳密には異なる。
"雛型"は見本やお手本の事をさす。
"雛形"はどちらかと言うと模型の意味で使うらしい。
語源としては雛形。
江戸時代の着物のデザインの基本定番を記した本、
デザインブックの事で"雛形本"と呼んだらしい。
『版木』
木版画を刷る時に、原型となる板に彫られた木版。
これに色を塗って紙に写し込む。
これがないと版画が出来ない。
絵だけでなく文字の版木もある。
『工場制手工業』
"工場"という特定の施設に集まって、
"手"作業で製造を行う"工業"手法。
英語で"manufacture"。
これを無理矢理に日本語にしたモノ。
工業形態におけるシステムの一つで、
他には個人が個々に自宅で物を造る家内制手工業
工場で機械化された製造の工場制機械業がある。
技術によるシステムの移行としては、
家内制手工業⇒工場制手工業⇒工場制機械業となる。
家内制手工業と工場制手工業の間に、
業者から資材を借りて家庭内で物を造る
問屋制家内工業(いわゆる内職)が入る事もある。




