第129話 異端な小僧と、柴田さま
視点は秀貞の坊へと移ります。
柴田さまを訪ねた理由、ですかね。
基本的に、身内で初対面の人間には
私の特異性については話をしている。
――――その事に気付いた者には、ね。
まあ、正しくは身内レベルまで近付かないと
私の特異性には気付かない
………………と言うべきだが。
少なくとも本腰を入れた長期調査でない限りは
外部から私の情報の"深部"には辿り着かない。
そして長期調査ともなれば
逆にこちらの探索網にひっかかり、
勧告や警告、最悪には排除が成される事となる。
相手が忍びなら依頼額の三倍での買収。
これにより合意の上で
忍びの雇い先へ偽情報を流させる。
むしろその忍び衆への伝手を作るのが目的だ。
忍び衆というのは原則、飢えている。
故に銭払いの良いのは歓迎されるからな。
そうやって彼等の伝手をたどって
依頼を受ける忍びの里その物に
"他の依頼に対し偽情報を流す"依頼をかけ、
いずれは大元の元請けから下請けを横取りする。
そういう計画でもある。
情報収集はいくら人材が居ても足らないからな。
牢人ならもっと話は早い。
そもそも尾張には働き場所に事欠かない。
傭兵としても通年で雇ってもらえる。
一度だけ警告を入れて、
一月ほど那古野へ強制的に逗留させる。
そうしてしばらく無理矢理にでも過ごさせれば、
後は住み心地の良い尾張から離れなくなる。
結果、依頼その物が自然消滅してしまう。
商人ならどうなるか。
商人の場合は発覚すると一年間、
雇い元がいる国への
あらゆる物理的移動を禁止される。
使者や手紙はおろか、
外部にその地への商いを頼む事すらも禁止される。
全ての接触を遮断して、
依頼の続行を不可能にしてしまう訳だ。
では武家ならば?
まずは説得を試みる。
早急な退去を願う事となるな。
まあ、当たり前だが最初は買収が成されるがね。
…………………断られたら?
その時はどこぞの河尻さんみたいになる。
こちらは端から穏便な解決を願っていたのだ。
それを断るならば。
―――――――ま、仕方ないわな?
………………と、まあ。
その様な具合にございますね。
私は敢えて我が名を汚すことで
他国の者にその姿を偽っているのですよ。
柴田さま。
――――――――はて。
何故、ですか?
囲碁でも将棋でも、そして戦でも一騎討ちでも。
"盤"の先には相手が、"指し手"が存在します。
世の中において全ての勝負事には、
必ず相手が存在しますよね?
現世のあらゆる勝負事は、
相手との"意の読み合い"こそが勝敗を決します。
――――――戦の流れも、刃を交わす事も。
全ては相手の癖を見抜き隙を見出だすことが
それこそが肝要ではありませんか?
………………はい、そうであるかと。
では柴田さま。
囲碁で例えてみましょうか。
"指し手"は確かに目の前に座っております。
ですが実際に打っているのが、
全くの別人であったとしたらどうですか?
全く別の、影の打ち手が存在していたならば。
―――――そしてもし柴田さまがその1局で、
対"指し手"専用の攻め手を打っていたら?
目の前の"指し手"の意を読み取り、
その意に対して特化した手を打っていたならば。
敗 け ま す よ ね ?
確 実 に 。
影の打ち手は最初から、その事を想定し
対"指し手"専用の攻め手を潰す手を打てば
それで良いのですから。
相手は絶対的に不利になります。
つまり、私の行いで
弾正忠家の圧倒的優位性を得られるのですよ。
全体の優劣と勝敗のためであるなら、
私ひとりの名なぞ所詮は安いモノでしょう?
この話は『脱け殻の計』の隠蔽手段と、
戦術段階における利用法になります。
いわゆる"インフォームドコンセント"、
『説明を受け、納得した上での合意』です。
囲碁で例えると分かりやすいですね。
別に将棋でも構いませんが。
打っている相手が眼前の者でなく、
完全に別人で有ったならば。
こんなモノ、どんなプロでも勝てません。
圧倒的に実力が隔絶していない限りは。
(現代のプロは相手に対し特化した打ち手を用いる)
つまり超級の天才でなければ。
相対して打っている"影の打ち手"の、
その意を即興で読める者以外は確実に負けます。
…………全体を探してみたのですが、
残念ながら今回はマメ知識はなし。




