第127話 柴田さまと、異端な領土
北伊勢は様々な新政策が試験的に行われています。
その中に放り込まれた柴田さまの視点です。
………………………。
新造されつつある北伊勢の安濃津が城。
その城内にて明け渡された"柴田"屋敷の
自室にて腕を組み眼を閉じて思索に耽る。
新しい弾正忠家の拠点であるこの城には
二の丸にあたる場所に将一人につき一つの屋敷が
渡されている。
ここへ配属される前に
『彼方で屋敷を与えるから使用人を用意する様に』
と言われて目を白黒させたものだ。
ここ北伊勢では幾つかの点で従来の政とは異なる。
複数の新しい試みが成されているのだ。
まずひとつ。
『この地は原則として弾正忠家の直轄地である』
という扱いであり、"家臣に領地を封ずる"
事を行わないと予め明言されている。
―――――――では如何様に家臣を養うか?
その答えが試みのひとつ、
その名も"銭知行"である。
元来の知行は領地を以て充てられる。
『○○石相当の領地を与える』となる。
武家は領地という"目に見える形"を御恩として
臣下に与えてきた。
この現世利益の恩に報いるために"奉公"がある。
―――――これまでは。
銭知行という形態は従来は異なるモノだ。
これは、『○○石相当の銭を与える』
という形式となる。
恩を与える事には変わりないが、
これは既存の"御恩と奉公"の関係とは
決定的に異なるものである。
これには善し悪しというモノがそれぞれ存在する。
…………まずは欠点であるな。
問題点としては、
"御恩"が『目に見える形』では無くなる事。
与えられた恩が実感し難いことである。
故に義理の薄くなった今の世では、
与える者は裏切りに気を揉まなければならない。
逆に受ける者も、失態をする事で
知行が簡単に引下げや取り上げられる事を
心配しなければならなくなる。
……………あとは銭で頂く為に、無計画なバカが
後先考えずに使いきってしまうことか。
今度は良い点。
領地がない以上、政をする必要が無い。
領地の開発に腐心する必要がなくなる。
新田を耕すために援助をしたり、
田植えや稲刈りのために村を手伝ったり。
凶作に怯え洪水に嘆く必要がなくなる。
領地がないから作物の善し悪しに左右されず
同時に兵の工面をする必要もなくなる。
いち武門の家として、
武にのみ専心する事が可能となるのだ。
―――それが良いか悪いかは別として。
領土全てが直轄である事は他にも影響がある。
まずは家臣である武家が、
領地に財産を投ずる必要が無くなったこと。
領地持ちの武家には安定した収入が約束されるが
同時にそのことは治める武家が
領地を常に健全に豊かにするという
責務を背負う事でもある。
さもなくば頼りの収入が得られず、
尚且つ不手際を叱責されて領地の没収も有り得る。
豊作ともなれば大きな増収となるが、
万が一にも領土が厄災に見舞われれば収益は無く
その上に復興のために多大な負担が生ずる。
災害が起これば、
折角に貯めた武に費やす為の銭が吹き飛ぶ。
これは支配しているはずの領地に、
自身の行動が支配されているとも言えるのだ。
領地を持たず銭を受け取るなら、
原則としてその事を気にかける必要が無い。
それどころか兵や資材・兵糧の手配までも
他人がしてくれるから
軍の運用に頭を悩ませる必要が無くなる。
将が成すべきは、与えられた兵と資材によって
"設定された戦略の期限"の中で
『いかに目的を達成するか』に限定される。
即ち、勝つ事のみに全力を尽くせる。
戦地にて領地の事を思い浮かべる事も無く、
後顧に憂いなく目の前の目標に向かえる。
そして何より恐ろしいのは、
兵もまた同様に村から出てきた者達では無いため
一年中いつでも戦地に在ることが出来るのだ。
従来の用兵運用は村より来た足軽を率いるため、
農作業が忙しくなる農繁期には
兵達の士気が一気に落ちる。
田植えに、稲刈りの為に帰りたがるせいだ。
必然的に通常の用兵では、
短期で撤退せざるを得なくなる。
――――――そう、通常では。
この軍に時間の制限は無い。
兵糧の続く限り、無限に行軍する事が出来る。
相手にしてみれば、
何時まで経っても自領に帰らない
帰ってくれない悪夢の様な敵だ。
弾正忠家にとっては、
今まで以上の強みとなる可能性を持つ。
短期戦術ではなく、
長期戦略において初めて強さを魅せる軍だ。
「――――――――旦那さま。
予定どおり、村井どのが来られました。」
…………………………来たか。
"銭知行"制度は、
いわゆる大陸の武官の雇用体制に近い制度です。
給料型の雇用制度で、領地内政から切り離されるため
軍事の通年運用が可能になります。
軍事運用その物が変わるわけですね。
中世の封建制から古代に戻っている?
マメ知識
『石』
一石とは、"人一人が一年に食べる米"と規定される。
一石=1000合であり、1日に3合弱の換算。
○○石の領地とは、
税収によって○○石の兵糧を得られる領地。
つまり○○石の領地を与えられることは、
○○人の兵の供出を暗に求められている状態である。
『農民足軽の弊害』
元が農民であるため、農繁期になると
田植えや稲刈りのために地元に戻りたがる。
そのために農繁期になると士気がガタ落ちするため
退却せざるをえなくなる。
長期戦略運用には向いていない兵科。




