第120話 1551年正月、新年のアレコレ
妙見丸、家では案外にコドモをしています。
親孝行は大事ですから。
これで正式に1551年と成りました。
1550年も年が暮れ、新年がやって来る。
ひとまずは年末年始は村井の家に。
新年が来たらお早い元服だ。
新年からは大人扱い。
……コドモである最後の年越しだからな。
これくらいは親孝行しておこう。
日が明けると父は那古野へ。
殿への年賀の挨拶が待っている。
こういうモノは当主のお仕事。
私には関係なし。
引き続き、母親孝行を続ける。
程々にのんびりとして、家族に甘えておいた。
三日になると、家から出る。
一応は村田の代理当主という形であり、
彼らに対しても新年の挨拶をする必要があると
何とか説得する。
村田屋、熱田本店へ。
三河や美濃からも代表者が集まっているらしい。
事あるごとに何度となく、
"大仰な事をするな"と注意しているために
年賀の挨拶といっても、
村田のそれはとてもシンプルである。
ここでは皆の前で毎年、
尤もらしい事をテキトーに言っておく。
後は村田の店で働くものには例外なく、
"正月祝いとして一人につき一貫を与えるように"
―――――――その事を通達する。
これで新年を快く迎えるように、そんな祝いだ。
この正月祝いは去年から行っている、
弾正忠家における正月祝いと同様のモノだ。
最近になって始めた事ではあるが
弾正忠家に挨拶に訪れた家の当主たちに、
"新年の祝いとして棟梁より"授けられる。
名目上、"苦労をさせる家来衆を労ってやれ"
と言う事になっている。
多くの場合は一族郎党を呼んでの新年祝い、
その"どんちゃん騒ぎ"の代金に使われる様だね。
新年になると弾正忠家の棟梁から
気前良く銭が渡されるから、
各家は先を争って那古野へ挨拶に出向く。
目先のモノであるが、"御恩"を与えられる訳だ。
故に忠節という"奉公"を示す必要がある。
数年もすると、これが年始の行事として
定着する様になる。
後は放って置いても年始になると各家が
弾正忠家に忠節の挨拶をする、
そういうシステム・伝統が構築されて行く。
いずれは銭を貰うためではなく、
忠節を確かめる儀式に変わるだろうさ。
――――――――提案した時には、
"何とも悪どい手法を考え付くモノだ"
などとディスられたがね。
とは言え、極めて有効な一手である。
そのために実行をされている。
弾正忠家の家中だけでなく。
付き合いのある斎藤と松平の両家。
近々に縁の出来る伊勢の神宮に熊野三山。
更には都に在る将軍家と皇家。
それらに対して少なからず、
銭を贈っている訳だ。
これについては、"新年の年賀祝い"であると
明確に宣言・断言をしている。
其処に一切の他意は無いし、
丁寧な挨拶のみをさせて帰らせている。
こちらの意図が分からなくて、
"何なの、何がしたいのアイツ?"
などと疑問に思われているかも知れないが。
――――そんな事は知ったことではない。
"今は"単なる好感度のアップ以外の意図はない。
熱田・津島に那古野の主だった商人たちに
挨拶回りをすると漸くひと息が入れられる。
とは言うものの、この頃の正月は
しばらく全てのモノが動きを止める。
那古野の"李部"も同様に。
ただし、そこで働く者の中には
那古野に残る者も居る。
そういった者たちの為に三ヶ日過ぎた辺りから、
屋台だけでも開くように手配をしている。
仕入れが無いので保存食の料理となるがね。
その辺りは事前に言って客にも納得させている。
挨拶回りと屋台の手配が済んだあたりで、
城から使者が来た。
家族・関係者一同に使いを出した後、
ゆるりと城に登る。
一同が一通り集まると、以前から宣言されていた
私の元服とやらが始まる。
――――――こればかりは粛々と。
伝統と格式に従ってしめやかに行われた。
……………まだ幼いからと、
月代だけは断固拒絶してやったが。
その辺は大陸式の髪結で誤魔化した。
……………………ふ。
誰が月代なんぞするか。
なお、本名となる"諱"を
殿から与えられる訳なのだが。
与えられた諱、"秀貞"に
『…………………うん?』
なんて疑問に感じたのは私だけではない筈だ。
無論、私を含め賢明な皆は顔には出さないが。
正直、気付いて居ないのかワザとなのかが
ハッキリしなかったので放置しておいた。
別にまあいいや。
林のじい様と諱が被っていても。
それはそれで小細工が出来るから、
別に困ることはない。
小細工の前には、
各所に事前連絡や確認だけはしておくがね。
これにて、晴れて『村井 藤四郎 秀貞』の誕生です。
この後、北伊勢への赴任編となります。
この時代の挨拶回りは結構、大変です。
顔見せしないと、軽んじられている何て思われます。
中小の店には番頭クラスを向かわせていますよ?
それとなく、完全に公言した上で近隣勢力に
銭をバラまく弾正忠家。
将来的に敵対が確定している六角・北畠にも、
一応は贈っていますよ。
特に六角に不必要な火種・名分を
現時点で与える訳にはいきませんから。
逆に北畠には、ビミョーな額しか渡していません。
"ムカつくけど、名分には出来ない額"ですね。
名分は与えなくとも、火種は与えます。
マメ知識
『新年』
年が明けると、全ての者がひとつ年を取る。
それがこの頃の"数え年"というシステム。
秀貞の坊、これで十歳。
この話の投稿が出来次第、タグも変更します。
『村田の当主代理』
実は現行では村田家は当主が決まっていない。
まだ横並びのために、決定ができないから。
本命が藤吉郎。
『正月の年賀祝い』
これが那古野周りの"お年玉"になる。
"戦国時代、那古野では織田弾正忠家が新年の年賀に
登城した家臣に金銭を与える様になった。
毎年、金銭という『新恩』に家臣は『奉公』を誓う。
他家では『銭で魂を捧げる行い』と揶揄した。
これが『お年玉』の語源といわれる。"
○明書房、『御歳魂の伝統』より。
※無論、ジョークです。
間違っても本気にしないでください。
"御歳魂"にルビはありませんし付けません。
『熊野三山』
和歌山にある、"熊野本宮大社"・"熊野速玉大社"に
"熊野那智大社"の三つの神社。
これらを詣でるのが、いわゆる"熊野詣"である。
なかなかのオススメスポットですよ。
よろしければ訪れることを推奨します。
それぞれに魅力があってよろしい。
『皇家』
天皇家のご一族のこと。
と言っても、主に皇居に住まう
現天皇とその一族をさす。
『揶揄』
からかうこと。
漢字の"揶"と"揄"、
両方にからかうという意味がある。




