第119話 熱田にて、ひと騒ぎ(呟き編)
全部終わった後の一幕。
色々な意味での種明かしとなります。
―――――――ふう。
"佐々"の家のアンちゃんが乱入してきた時は
少々焦ったが、まあ御の字というものか。
此方に被害が出なくてよかった。
投網から三人抜け出したのはやや予想外。
詰めが甘かったかね。
現場と云うものは、やはり生き物・魔物だ。
極めて稀に、最後の1%でひっくり返る。
まあ、それが思い知らされただけでも良いか。
概ね許容範囲ではある。
……………と、しようか。
現実問題として、そろそろ大和守家が動くのは
ある程度の予測がついていた。
むしろ三河・美濃・北伊勢が安定した以上、
大和守家は動かざるを得ない。
次のターゲットは自分だからだ。
若しくは伊勢守家が対象となる。
最早、この二家は袋のネズミなのだ。
然るべくして動いた。
動くしかなかったのだよ。
………あとは窮鼠にしないことか。
決死の一撃は時に全てを覆す。
勝ち目を与える必要はない。
負けてもいいや、と思わせる事が肝要。
その余裕にこそが、陥穽となる。
……………さて。
今回のもう一つの主役に目を向ける。
"袋に包まれた二の腕ほどの棒切れ"
"袋に穴を空け黒煙を放ち、敵を吹っ飛ばす"
――――――――何の事はない。
この二つが意味するのは"鉄砲"を、
それもいわゆる"短筒"と言われる物を指す。
小銃タイプの銃身を限界まで短くした、
一発限りのハンドガンだな。
コイツは尾張に於いての火縄生産の一環だ。
職人たちに様々な形態の鉄砲を作らせて、
基礎技術の蓄積を行っている。
銃身の長い物と短い物は製造の仕様が異なる。
やや短めの"馬上筒"タイプに
超長銃身のスナイパータイプの"狭間筒"、
序に大口径の準砲撃仕様の"大鉄砲"に"抱え大筒"。
通常の火縄自体も弾丸のサイズによって、
大・中・小と別れる。
冶金技術の向上も兼ねて、
様々な種類別に試作で造らせているわけだ。
試作銃は研究段階で時々爆発四散するから、
木枠で固定して紐で遠くから引っ張っている。
鍛冶と木工の連中が日々ヤイヤイしているとか。
この短筒は、試作調整が完成した物の一つだ。
十数回の稼働試験を一応クリアしている。
まあ十数回では試験の内には入らないが、
動作テストレベルの回数で試験を行うと
逆に銃身がバカになる。
…………そこまでの強度・精度はないわけだな。
技術レベルが、そこまで高くないからな。
要技術蓄積、ということ。
安易にできるワケが無いから、
マトモになるのは最低でも孫世代かな?
コレはその中でも数少ないマシな部類だ。
私の奥の手、その一つとなる。
……弾正忠家の親子は好奇心が高いからなあ。
生産性・信頼性が安定したら渡しておこうか。
ちなみに、拳銃・ハンドガンというのは
原則に両手持ちである。
子供が片手で撃つと、100%手首の骨を折る。
むしろ素人なら大人でさえも折れる。
機会があったら要注意。
映画やドラマで格好付けて片手撃ちしてるが、
真似したらアカンよ?
心底に恥をかくから。
……………まあ、正直なところ。
私は"昔"に射撃場に行ったことがあってな?
海外で銃を撃たせてくれるアレだ。
撃ち方など教わったし、
序で簡単にノウハウを調べたのだ。
だから其なりには銃は知っている。
火縄というのが、機構が単純であるために
戦場で重宝された事を。
現行の火縄銃が"銃床"が無い欠陥品であり、
命中率がかなり悪いということも。
そのために現行の尾張製火縄銃には、
銃床と負い紐を付けて利便性を上げている。
常時に手で支えたままだと案外、疲れるからな。
……………うん?
どうした、藤吉郎?
よく火縄の匂いで勘付かれなかったな?
ふふふふ。
ちと、考えが甘いぞ?
袋で包む前に、火縄で焦げ目が出来ぬ様に
持ち手と引き金周りを残して木枠に入れてある。
気密性を高めに造ってあるから匂いは少なくなる。
加えて言うと、包まれたままで撃てる様に
事前に何度も練習をしていたりするしな。
そもそもの話、恐らくだが尾張以外では
こんなモノは造っていない。
量産依頼があまりにも多すぎて、
改造にまで殆ど手が回らないのだよ。
改造を始めているにしても極一部。
いまだに火縄銃がここまで短くなるという
そんな発想が一般には生まれて来ない。
"鉄砲は長物"という染み付いた思い込みからは
どうしても抜け出す事が出来ない。
―――――――更にだ。
この策はこちらが仕掛けた伏兵だぞ、藤吉郎?
であるならば、誘い込んだ場所もまた同様に
罠 に 決 ま っ て い る だ ろ う が 。
そのためにわざわざ前日に小火を出して、
まだ焦げ臭い路地裏を選んだのだから。
誘きだしを選択した時点で、
一から十まで全部が一連の罠だよ。
猟師の狩りと同じだ。
そこには一切の無駄など無い。
全てが想定済み、計算尽だ。
…………………ああ、そういえば。
"佐々"アンちゃんは三男だったな。
三郎さまの北伊勢組に引き込んでおくか。
家の三男なんてお荷物扱いだ。
出世を成すなら冒険でもさせないとな。
"分家を立てて兄達を支えろ"とでも煽るか。
私に絡んだのが運のツキとでも思え。
――――――出世だけは約束してやるぞ?
織田家家臣、佐々成政の初陣は
1550年の12月とされている。
彼は熱田の町中で何やら企む
織田大和守家の"河尻与一"の跡を付ける。
その後襲われていた村井秀貞を救いだした上で
見事、河尻与一を討ち取ったのだ。
村井秀貞は命の恩人である成政に対して、
事あるごとに厚遇したという。
この事が、佐々成政が躍進して
後世に名を残す第一歩と言われている。
言ってみれば、ボヤキの様なもの。
後始末の終わった後の総括です。
ついでに最後にブッパされたアレの紹介。
予想はついた方も居たかと思いますが、
まあ、ハンドガンこと短筒です。
コイツは原則、両手持ちが前提となります。
ドラマなどで、片手持ちで撃つ描写がありますが、
これを鍛えてない者がやると、手首の骨を折る。
かなりの高確率で。
射撃場では、絶対に両手で撃てと
強く言われるそうです。
調子こいて片手撃ちとかするなと。
なお、火縄銃はボウガンからの進化形である為に
銃床というものが有りません。
そのためによほどのプロでない限りは
命中率は低くなります。
マメ知識
『御の字』
具体的には"御の字を付けたい程のモノ"となる。
"御"とは、"御身"や"御方"などの
上位者につける尊敬の言葉。
つまり"御を付けたい程に"満足した出来である事。
『窮鼠』
"窮鼠、猫を噛む"のこと。
弱いネズミでも追い詰められたら猫を噛む。
追い詰めすぎると痛い目を見る、という警告。
『陥穽』
落とし穴を難しく言うとこうなる。
実は"穽"だけでも訓読みで"おとしあな"と読む。
つまり"陥れる穽"
意味が被っていたりする。
ここから罠にかけることも指す。
『短筒』
火縄銃を限界まで切り詰めた代物。
当たり前だが銃身が短いために命中率は低い。
そのため護身か飾りにしか使えない。
『馬上筒』
取り回しの良いように、銃身を切り詰めたモノ。
こちらはサブマシンガン位のサイズ。
そのために、やや射程が落ちる。
馬に取り付けて、一発撃っては取り替える。
そんな運用をされる。
(弾込めしているヒマがないため)
『狭間筒』
文字通り、
本来は城の"狭間"から撃つための銃。
壁の鉄砲専用の穴から撃つ為、銃を置いて撃てる。
また銃身が長いため射程と命中率もあがる。
一部の傭兵はこれを、
スナイパーライフル代わりに使う。
『大鉄砲』
その名の通り、大きな鉄砲。
大きいのは弾丸の重さと口径となる。
当然に威力は上がるがその分、
重さと反動も格段に強くなる。
『抱え大筒』
大砲クラスの火縄銃を抱えてブッパするという、
ちょっとアホなコンセプトの超大型火縄銃。
だが、このコンセプトは初めてではない。
鎌倉時代の元寇の時に、当時の武士が
"五人張り"なんていうメチャ固い弓
(四人で引っ張って、一人が弦を取り狙う)
で対艦射撃じみたことをしたという。
当時の弓名人はコイツを一人で引いたとか。
………ホンマかいな?
『火縄銃の口径』
一般的な量産型火縄銃は、"小"にあたる。
"中"で武家・武官用、"大"は将官クラス仕様。
大きいほどに、お値段と威力が高くなる。
『銃床』
小銃などの後ろにある"張り出し"
別名"ストック"
これを肩に当てて撃つことで銃を安定させる。
よくよく見ると、実は火縄銃に銃床はない。
そのために銃身を全て手で支える必要があり、
命中率が結構に悪かった。
『負い紐』
スリングともいう。
これが有ると、
使わない時は肩にぶら下げていればいい。
両手が空くから、案外に重要なパーツ。
『火縄の匂い』
嗅いだことは無いのだが、ドラマや書籍では
この匂いはかなり鼻につくとか。
……本当かどうかはわからない。
『猟師の狩り』
プロにもなると、足跡どころか
フンで行動や健康状態を把握する。
獣道を足跡とフン、毛などで判断し待ち伏せる。
風上・風下を計算し、音も匂いも消し去る。
後はひたすら待ち伏せ、好機を見て"ズドン"だ。
"某スネーク"並みのスニークミッション。




