第116話 熱田にて、ひと騒ぎ(その一)
何か、良く絡まれる妙見丸。
日頃の行い(脱け殻の結果)が悪いからです。
…………自業自得やん?
「おう、お前が村井の"数寄者"とやらか?」
そんな風に呼び掛けられたのは町中を
ぶらついてから半刻ほど。
後ろからの声掛けであった。
余り好意的では無い声色。
ひとまず護衛たちが動く事を制しておく。
何せ"村井"で尚且つ"村田"だからね。
要らんと言っても勝手に着いてくる。
…………まあ、当然だが。
それなり以上の重要人物が護衛ナシで歩き回るとか
現実にはあり得ない。
護衛の責任問題になるからだ。
この時代の責任問題はクビが物理的に飛ぶ。
笑い話にもならない。
――――――で、声をかけてきた相手。
護衛を制したのは、"隔意"はあっても
それが"敵意"ではなかったからだ。
そんな訳で、"ぐるうり"と踵を返して
ゆったりとした動作で相手を見やる。
年の頃、凡そ中坊から高校生あたり。
最近研究している職業ごとの身体的特徴は武家。
結構に武闘派の性格っぽいな。
――――――ちょっとヤンチャで脳筋風味だ。
………目付きからは多少の侮蔑。
バカ正直に"悪評"を信じたクチか。
"脱け殻の計"の悪弊では有るわな。
その辺が、要改良だな。
『………………だとしたら、どうしますか?』
ゆるーく、問い返す。
こういった連中は初動では刺激してはならない。
相手の逆上レベルが分からないからな。
まだどこで沸騰するか、不明だ。
「なあに。
ウワサの金回りのいいボウズを見掛けたんでな?
ちょっとお零れに与ろうと思っただけだ。」
―――――茶化しや揶揄い、冷やかしの類か。
別段に敵対するわけでもない。
相手は村井の数寄者。
下手にぶつかれば問題しかない。
若人に良くある正義感と家の都合とが
可笑しな具合に化学反応した結果と見るべきか。
――――――問題にする程のものでもないね。
むしろ、ここは
悪 ノ リ を し て や ろ う 。
…………いいでしょう。
たーんと、お分けしますよ?
さあて、次はどこへゆきましょうかねぇ?
悠々と歩む。
後ろに先程のアンちゃんを引き連れて。
その手には買い与えた"お土産"。
まずはコイツが望んでいそうなダンゴ屋あたり。
それなりに食わして満足させる。
次に小物問屋。
適当に気に入りそうな物を買わせる。
――――何か"根付け"らしい物を買っていた。
次いで古着屋。
着物がやや解れ気味だったので、
こざっぱりとした洒落た着物を新調させた。
別にアンちゃんの家が貧しいワケではないぞ?
扱いが荒い為だよ。
ただこのアンちゃんがヤンチャ過ぎるだけだろう。
――――――――この辺りから、アンちゃんの顔が
少しばかりひきつってくる。
――――ふふ。
無視無視。
更に武具・装具を売る店へ。
雑談で槍が好きとか言っていたから、
護衛に聞いてなかなかの業物の槍を奢ってやる。
更に馬を売る店へ。
店に着くなり、『一番良いのを上から四頭見せろ』
そう大きく出た所で、
「スマン!済まなかった!!
もう勘弁してくれっ!?」
………………アンちゃんが音を上げて頭を下げた。
途中で手にした袋詰めの土産で、
肩をポンポンと軽く叩きながら振り返る。
威勢の良かったアンちゃんの、
いい加減に青くなってきた面が見えた。
まあ、そろそろ限界だろうよ。
数貫程度のことならば子供のいざこざで済むが、
100貫を大きく超えて1000貫に近付き始めると
もう冗談では済まなくなる。
親同士が額をぶつけ合う話になりかねないのだ。
元服はしているだろうが、まだガキだからな。
今のコイツに取れる責任はクビ以外無い。
懲らしめるつもりで軽く絡んだのだろうが、
相手が悪かったな。
話を途中でキャンセルした馬屋に、
詫びとして数貫渡しておく。
驚いて断ろうとする店主の手に、無理に持たせた。
弱りきったオヤジに対し、代金として斡旋を頼む。
『良い馬がいたら、一声よろしくな?』
と声をかけて店の主と縁を繋いでおいた。
………銭を断るあの店はなかなかの拾い物だ。
縁は奇なりと言う。
こういう縁こそ大事にしないとな。
アンちゃんを引きずって、更に歩く。
途中で饅頭でも買って渡しておいた。
それなりに歩いたからまた腹も減ったろう。
歩く、あるく。
饅頭をかじりながらのんびりと。
しばらく歩くと、やや奥まった路地裏の方に出る。
そこで、連中が動いた。
"どこの若武者"かは知らないが。
直接的な、直球勝負の武技・調練は知っていても
こういう搦め手の変化球は不慣れであった様子。
ちょっとしたカツアゲの積もりが、相手は
"過剰すぎるオゴリ"という心理的な攻め手で来る。
いくらオゴリといっても、其が一億円近くになると
流石に"ヤベエ"と背筋に脂汗が出ると言うもの。
人間心理をキリキリと圧迫してくる攻め寄せ。
まさに『心を攻めるは上策』です。
マメ知識
『声色』
声の色。
つまり、人の声に乗る感情を意味する。
案外にこれだけでも心理が読める。
『隔意』
意に隔たりがある。
相手に対して壁のあるイメージや
打ち解けない様子を示す。
『踵』
これは"きびす"であるが、"かかと"とも読める。
つまりそう言うこと。
足の向き、その人の向いている方向の意味する。
『最近研究している職業ごとの身体的特徴』
第76話で藤林さんが言っていた"研究"のこと。
少なくとも武家の体格は他の職種とは全然違う。
そのために観察すればモロバレ。
『悪弊』
この"弊"という漢字には、
①よくない、害となる
②破れる、ボロボロとなる
③疲れる、弱る、倒れるなど
④これらの意味から、自分を謙遜する表現に使う。
つまり"悪く良くない"こと。
『根付け』
現代でいうところのストラップ。
刀の柄に着けたり帯からぶら下げたり。
当時のオシャレ小物。
『古着屋で新調』
呉服屋での着物の新調は100万を軽く越える。
古着屋ならば数万円で済む。
『槍の業物』
武具も業物ともなると数百万とか軽く吹っ飛ぶ。
ましてや大業物なんて超名品となれば億クラス。
今回は"ある程度"であるが、100万前後。
それでもオゴリの段階を大幅に飛び越える。
『馬屋で一番良いのを上から四頭』
今で言うなら、外車ディーラーで
"○ンツでも○ェラーリでも○ルシェでもいいから
一番高いモノを上から順に四台見せろ!"
と言う行為に相当する。
もうシャレになってない。
誰でも慌てて止めるような事態。
『縁は奇なり』
元々は"合縁奇縁"の一節。
"合縁"は仏教用語。
恩愛から起こる人と人との結び付きのこと。
"奇縁"は不思議な巡り合わせのこと。
これらを合わせた意味となる。
この時代に詫び金を突き返すと言うのは、
かなりの人格者。
鑑定眼さえあれば本物の一流である。
もう投資する気マンマン。
『心を攻めるは上策』
"城を攻めるは下策、心を攻めるは上策"が原文。
実はコレ、
三国志の南蛮平定で馬謖が言ったセリフ。
"相手のホームグラウンドで戦っても
被害が出るだけだから、計略で攻めよう"
と言う進言になる。
孫子の兵法から生まれた表現。
ここから様々な方向へ派生できる。




