第114話 村田屋、ある1日(その四)
ノッブ様を捨て置いて、穏やかなる日常へ。
…………とはゆきません。
武家の忙しい日々から解放されても、
相も変わらぬ忙しない
商人の日々に戻るだけでした。
――――――ふふ。
ざ ま ぁ 。
三郎さまとユカイな仲間達+権六どのは今頃、
北伊勢中を走り回っているとか。
私はまだ所属していないとか、
バテて引きずられるだけだから意味ないと断った。
むしろ撥ね付けてやった。
精々、頑張ってくれたまえ。
案の定、おバカな小豪族が現れたらしい。
軍勢を見た瞬間に逃げ帰ったのが四件。
棚ぼた狙いのみで、説得だけで帰ったのが二件。
こちらに威圧されて、すごすごと戻ったのが五件。
更に噛みついて拘束されたのが三件。
反発した挙げ句、調子に乗って攻め寄せた結果
伏せていた軍勢に囲まれ全滅したのが二件。
コイツらについては、悪質すぎて処置なしとして
連中の本拠地も制圧したとか。
さすが末法の現世、アホウばかりだ。
名簿は作らせているから、要監視の奴らだな。
どうせいつか問題を起こすから
その時に追放でも何でもしてやろう。
さて、久々に熱田の村田屋。
しばらく私はのんびりと。
…………とは行かないのが今の現状である。
北伊勢侵攻が決まってから、
一部の人間を内政・代官部門に回すことが確定。
そのために村田屋の方でも人材不足が進んでいる。
各家から行儀見習いの体で送られた者や、
李部からのスカウトだけで賄えるものでもない。
もう少し人材開発にも力を注ぐべきか。
人材不足なりコスト問題なり。
まったく、いつの世も人の力がネックとなる。
やれやれだな。
村田の方でも北伊勢に商業調査をしている。
港の設営候補。
町の建設候補。
新規農地の開発候補。
埋め立て工事の候補。
野に埋もれた産物の調査。
北伊勢市場の調査。
拠点開発の現地調査。
街道情報、その増設案の査察。
やることは幾らでもな。
掃いて捨てたくもなる数だ。
まあ、頭に立つ者の役目は情報の最終精査と
それによる戦略立案だ。
そしてそれを人に命じるのもまた頭の役目だな。
やらないと言うなら、出来ないと言うのならば
物事の経営は人に譲ってしまうといい。
向いていないし、資格もない。
――――――というヤツだよ。
暫く書類とバトルを繰り広げる。
…………根を詰めすぎたせいで少しダレて来たな。
少し気晴らしに歩いてくるか。
……………………散歩のついでに、な。
「少し出てくる。
―――――――後のことは任せるぞ?」
ふらふらと町の中に歩き出す。
歩きながら、取り留めの無い思索に耽る。
……………?
そういえば、藤吉郎のヤツ。
何で未来に猿やら鼠やらと呼ばれているんだ?
この世界では特に、呼ばれる要素など………………
――――――ああ、あるな。
多分、"日頃の行い"だ。
武家の中での地位の低さ。
武家でない藤吉郎に対するパワハラの嵐の中では、
アレは本心を隠して戯けたザマを見せたろう。
バカっぽい人懐っこい風を装って。
その剽軽で道化の様なザマが"猿"。
あのアホウは集中・熱中を始めると、
本気で寝食を忘れて動き働き続ける所がある。
誰も止めなかったらそれこそ倒れるまで動く。
そのガリガリでヘロヘロなザマが"鼠"。
………………………いかんな。
あり得そうで何か頭が痛くなってきた。
もう人格形成の段階で既にアレと違うとはいえ、
その超インファイト型対人交流術は
自己の防衛と保身の究極なのかも知れないな。
ちなみに秀吉の部下の賢人と言えば、
いわゆる"両兵衛"だが。
秀吉は竹中半兵衛の死の前後から敵対者への処遇が
悪逆に、残酷になり始める。
半兵衛の死期が1579年。
そしてかの三木の干殺しが1578年。
つまり半兵衛のリタイアの直前・直後に近いのだ。
これは以後の三木・鳥取・高松の外道戦略が、
官兵衛の主導による可能性が見て取れる。
実のところ、半兵衛にせよ官兵衛にせよ。
二人は私より年下、まだガキンチョである。
こちらの干渉が間に合えばいいものの、
人格が固まりきれば
官兵衛については少し考えモノであるなぁ。
官兵衛は策略を行うにあたって、
"敵対者・弱者を踏み躙る事に対して
あまりに思い切りが良過ぎ、躊躇が無さ過ぎる"
策が非道に傾きすぎているのだ。
……まあ、彼の場合は『荒木 村重による幽閉』が
彼の人格に対し致命的な
"倫理観念の破壊"を起こした可能性がある。
…こればかりは当人達に会わないと分からないか。
――――――今はどうにも出来ないがな。
それぞれに武家の者だ。
軽々しくもどうこうは出来はしない。
――――――要観察というヤツだな。
今回は、イロイロな考察回。
北伊勢のことやら、秀吉のアダ名やら。
つらつらと並べています。
特に進行はありません。
マメ知識
『末法』
仏教における"現世の段階"の最終・最悪の到達点。
仏法が正しく伝達され、教えが真に人心に届く。
多くの者が悟りに至る事が出来る"正法"。
仏法は正しく伝達されているが、人心に届かず。
いくら態は僧侶の姿を極めても、
悟りに至る者が居なくなるカタチだけの"像法"。
正しい仏道のカタチすらも失われ、
修行も悟りも得られなくなる。
つまり僧侶すらも堕落してしまう"末法"。
いわゆる終末思想に近いモノ。
『剽軽』
語源は大陸の漢語。
"身軽で素早い"ことを示す。
日本の音読みでは"ひょうけい"だが、
"軽"は唐・宋代には"きん"と読んだとか。
日本では、"軽率で戯けていて、滑稽なこと"
と使用される。
『両兵衛』
竹中半兵衛と黒田官兵衛を示す。
通称の"半兵衛"と"官兵衛"からとられた。
『荒木村重による幽閉』
コイツが信長より離反した時、縁のあった官兵衛が
説得に行ったのだが捕らえられ、音信不通になる。
同じく裏切ったと疑った信長が官兵衛の息子を
殺せと命じたが、秀吉と半兵衛が匿う。
そのあたりは美談として有名。
この命令が官兵衛を"本能寺の変"の後に
"織田家の乗っ取り"という行動に秀吉を誘導する、
そのことに影響したのではないかと思う。




