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鵬、天を駈る  作者: 吉野
5章、『○○○○○○○』
105/248

第102話 多度東の戦い、後編



初手からのクロスボウ1000本による


クロスファイア斉射。



北伊勢連合軍はビビって完全に足が止まる。



………さて?


次の手は?






さて、時が経つのは早い。


戦の口火が切られたあの日から(はや)


半月以上が経過してしまっている。




戦場は現在、数度の衝突はあったものの


完全に硬直・膠着(こうちゃく)してしまっていた。






進むワケにもゆかず。



迂闊(うかつ)に進めば初日の二の舞となる。



"弩"の矢は水面に向けて放たれた(ため)に、


既に流されている。




そのためにアレがどの様なモノであったか?


矢を拾い、確認・精査することもできない。





こちらの手の内がわからぬままに突き進むのは、


飛び込むのは上策ではない。



何かの策を打つべきだ。





かといって、陣の左の柵を壊し、


陸伝(りくづた)いに北上する訳にもいかない。



柵の先に待ち受けるのは、


"多度大社の(のぼり)"。



下手に攻撃をかければどう(こじ)れるかわからない。



そして柵の向こう側の小部隊が『あの弓(イシユミ)』を


持っているかどうか、


それが連中にはわからないのだ。



それが確認できない以上、


彼らは軽々しく北へ軍を寄せる訳にもいかない。





(ある)いは南からの増援。


長島に援軍を頼み、多方面作戦を取ると言う策。




アリと言えばアリな話ではあるのだが、


これも余り(よろ)しくはない。




最初からのお願いでも渋られるのに、


今更(いまさら)ながらの依頼など。



強突張(ごうつくば)りな長島の坊主が、


上から目線で一体何を要求してくるやら。



儂なら怖くて頼めん。





じゃあ、どうすればいい?


すごすごと引き返すか?



無理だ。


ただでさえ、同行しなかった北勢の残り十三家を


意気地無(いくじな)しめ』と(わら)っただろう。




このままおめおめと帰れば連中に嗤い返される。


『尾張への長旅から手ぶらでお帰りか。


―――――ご苦労なことだ。』


とでも()(ざま)に鼻で(あしら)われるのだ。





そんなこと、我慢ができるか!




などと連日に評定(ひょうじょう)をしているが、


何ら変わるところがない。




肝心の"何らかの策"が何も出てこないのだ。








前には桁違(けたちが)いの矢衾(やぶすま)



圧倒的な物量の前には少数で攻めた所で、


初日の悪夢を再び見ることとなる。




するべきは全軍をもって一塊(ひとかたまり)に攻め寄せること。




これが正解だ。




しかし、そのためにどれだけの犠牲が生まれる?


どれほどの(むくろ)が海へと流れてゆく?




そして、どれだけの者が


無事に北伊勢に帰り着くことが出来る?






―――――――――そして、


誰が真っ先に先陣を切って攻めこむ?





ただ只管(ひたすら)に、答えの出ない評定を


グルグルと繰り広げている。





先陣を切った者は、確実に全滅する。


第二陣・第三陣も決して安全とは言いきれない。




織田も一度に放てる矢の数には限りがある筈だから


(まと)まった数で一度に攻め寄せるのが


正しいことはわかっているのだが。



――――――だが、しかし。








……………………まあ、要はだ。



どうやって()()()()()()()()()()()()()()()


軍勢の位置取りを争っているわけだ。




自分達だけが勝ち馬に乗るために、


生きた楯役を他人に押し付け合っているのだな。





そもそも連合を組んだ彼らだが、


元々は小競合いをしている間柄。




他の連中が傷つくことはむしろ大歓迎なのだ。





ゆえにいかに自分達は矢面(やおもて)に立とうとせず、


余所(よそ)を前へ前へと押し出そうと企てる。



織田の火力を利用して他家を潰そうと考える。




まだ兵力で勝っているからと。


まだ有利だからと。






………………曰く、



"やれ、ここは力のある長野どのが"。


"いやいや、ここは勇猛で知られる関どのこそ"。


"まあまあ、ここは名門北畠に連なる神戸どのに"。


"今こそは正成(まさしげ)公に連なる(くすのき)どのの出番では?"


"ここは近くにあり織田をよく知る伊藤どのが"。


"いやいや"。


"さあさあ"。


云々(うんぬん)





この様な事を延々とやっている。



・・・・浅はかな話だ





情報を遮断しているので連中は知らないのだ。


既に津島では、そして熱田においてですらも


奴等は物笑いの種となっていることを。





『北伊勢の長評定(ながひょうじょう)』と。




それこそ、既に彼らは後世に名を残すことだろう。


北伊勢に生きる者達の恥としての大きな汚名を。





―――――なんでそう事細(ことこま)かく知っているか?



小僧の部下が紛れ込んで、いちいち


"(わら)(ばなし)"を流してくるからな。




飯時に、話のタネには尽きん。






さらに半月ほど経ち、十一月(しもつき)半ばに入る。



そして、ようやく時が動くときが来る。


北伊勢連合軍の後方より、軍勢が現れたのだ。





その旗は此度(こたび)の戦に参加していなかった


北勢四十八家の、残りの十三家の旗。



『すわ、留守をしていた連中が待ちきれずに


援軍を率いてやってきたか!!』





大喜びで盛り上がり士気を高める連合軍。



そして動揺する弾正忠家。






『勝った、これで我等の勝ちは確定だ!』



大いに沸き上がった連合軍は、援軍に現れた


彼らを迎え入れようとして後方の陣を大きく開き、










―――――援軍に来た(はず)の彼等から


敵意の(こも)った矢を浴びせかけられた。






大混乱する連合軍。



味方であるはずの彼等から攻撃を受け、


意味もわからず右往左往するばかり。




軍勢としての(てい)を完全に失う。







そして更にその後方、伊勢の方角より


新たな軍勢が現れる。



数は七千ほど。






敵も味方も大きく(どよ)めいた。


特に愕然とする北伊勢軍。



――――それが到底あり得ない事だったからだ。






その軍勢にはためく旗印(はたじるし)は、


織田木瓜(おだもっこう)


(まぎ)れもなく、弾正忠家の旗である。




そして共に(ひるがえ)るは、黄色一色に縦三枚の



 『 永 楽 銭 』 






かつては"うつけ"とまで呼ばれた、


ウチの(せがれ)である。










弾正忠家、明白(あからさま)なまでの時間稼ぎ。



最初に(きも)を思いきり潰したために


連合軍は超慎重になる。




そればかりか、なんかアホな事を始めた。





この一ヶ月の評定が、"あちらの世界線"では


『北伊勢の長評定』として後の世に伝わる。




意味としては、


"大事な事を投げ出し目先の争いに気を取られる"


などとして使われる。



ハッキリ言って、北伊勢の人間には恥でしかない。


"小田原評定"よりも、はるかにヒドイ扱い。





そして、満を期してのノッブ様登場。



…………しかし?


なんで敵の後ろから?




種明かしは少し先になります。







マメ知識




『口火を切る』



元はと言えば、火縄銃の"火縄"に付けた種火の事。


これと、"火蓋(ひぶた)を切る"が


ゴッチャになって"物事を開始する"等の意味に。



なお"火蓋を切る"の火蓋は


トリガーをひくと火縄が落ちる"火皿"を


普段隠しておくカバーのこと。



火縄銃の中に火薬と弾を込めて


火皿に火薬を盛った後に、


誤射・誤爆を防ぐために一回火蓋を閉める。



撃つ直前にこれを開ける(切る)と、


いつでも撃てる用意が出来る。



この状態のことが語源。





『膠着』



文字通り、(にかわ)が着いて固まった状態。


昔のボンドである膠は固まると


物と物とを引っ付けて固まってしまう。





『迂闊』



古典表現"うかと()"から来たとされる。


"うか"という状態で居ること。


"うか"とは"うっかり"などの意味で


あわせて"うっかりとしている状態"をさす。



これに漢字をムリに当て字したらしい。


漢字の"迂闊"は、かなりひどい遠回りの事。



内容が全然、違ったりする。




『矢衾』



"ふすま"の様に見えるほどの


圧倒的な数で飛んでくる矢のことをさす表現。



なお、この(ふすま)は、建具の(ふすま)ではない。


昔の掛け布団代わりに使われていた衣のこと。



つまり襖の様に、一枚紙の様に見えるのではない。


衾のように、着物を投げた様に見えることになる。





『十一月と書いて"しもつき"』




正しくは霜月(しもつき)である。


当時の人間は"十一月"なんて表現はしないため。


なお、十一月は"しもつき"とは読めません。


あくまで本作品での当て字です。





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