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鵬、天を駈る  作者: 吉野
1章、『◯◯◯◯◯◯』
10/248

第10話 煉獄の計、抜殻の計

謀の真相、その2


実行編

 そして最後は仕上げだ。










「こちらに来た13日……


平手様が攻め込んでいる間に村衆を雇って雪斎の


坊主の本陣へ荷車を1台、夕方前に送っています。」




殿と、唸っていた2人が顔を上げる。








「お題目は『今川さまの揺るぎない勝利の前祝い、


そしてこれから治められる皆さまへのご挨拶』。





荷車にはあらかじめ用意した


米を三(ぴょう)・炭を10(たば)・酒を6(たる)


そして油が3樽ほど。


これを兵糧置場へ置くよう、誘導させています。」








少しぬるい白湯を飲みほす。





「実はこれには荷の下の方に


『火の付いた縄と火薬で夜遅くに


火の手を上げる仕掛け』


をした酒樽が混じっておりました。」











「なるほど!それがあの夜の『かがり火』か!!」




三郎五朗様が膝を納得されたように膝を打つ。


あの勝利の一夜、その興奮を思い出したようだ。


平手様も(うなず)かれる。












しかし、




「…………………違うな。」


殿がキッパリと否定された。









「………何と?」


思わず平手様がたずねる。


三郎五朗様も殿を見られた。









()()雪斎だぞ。


そのような小細工を察せぬはずがなかろう。


おそらく看過(かんか)された(はず)だ。」






見合わせる2人を尻目に、


『そうであろう?』とこちらをじろりと見る。











思わず笑みが(こぼ)れる。



(しか)り。


そのまま燃えてくれれば、ありがたかったのですが」










姿勢を直し、3人を見返す。



「この策は雪斎に


()()()()()()()()()()()()()()としています。」





立ち上がったのち、


手に持った扇を軽く振る。


右から左へ――――




「こちらの()()()()()()()()()()()


と思わせるのです。」









「くくく…………っ」


殿が(のど)を震わせて笑う。




「そもそも、織田方が来てから村衆が荷車を


引いて来る……というのが不自然なのです。


雪斎ならば、必ずそれを調べます。


そして……………」







殿が続ける


「『織田弾正忠が策、破れたり!!』


と思わせる………………わけか。」




ひどく楽しげに。









ひとつ、頷く。


「これで織田の方針は『今川の早期撤退』であると


認識されますので、相手は兵糧の守りを固めます。」



扇で地図の上、山の頂を小さく輪でなぞる。










「ですが、そのことで……」





次に山そのものを―――




「本陣そのものが手薄になってしまうのですよ。」


ぐるりと描いた。









「くはははははっ!!」



静かになった室内に殿の笑い声だけが響き渡った。





「これを煉獄(れんごく)の計とでも名付けますか?」














 ひとしきり笑われた後で姿勢を直し



「そういえば報告をひととおり読んだが


お前の名が無かったな……………何故だ?」


そう、尋ねられた。








「坊の名が、ない………ですと?」


平手様、三郎五朗様も反応される。






ひと息、ついて答える。



「………まぁ……そうですね。


この一連の策についてはその全てを殿の名で


――または実行当日に平手様の名で行うことを


厳に、密に命じております。


私の名が出ることは有りませんよ。」








「何故だ? 名声は欲しくないのか?」


「それでは恩賞も貰えぬぞ?」




お二人が随分と不思議そうな顔をされる。


そして殿も。











「…………その疑問こそが答えです。」





「―――? どういう事だ?」



平手様が尋ねる、心底に理解できぬと。








――――これは、わからなかったか。



「『侍たるもの戦で名を売らねばならぬ。


武功をその手で稼がねばならぬ』。」




何を当たり前の事を、といった顔をされるお三方。













()()()()()()()()()()()()()。」












     固まる








 それを良いことにそのまま続ける。



「今の世の中は常働きにおいても戦においても、


"己の名"の主張が成されます。


恩賞を、名声を受けとれぬためです。」




そうでしょう?


そう言いたげに首を傾げる。



頷かれるお三方。


しかし、それは












「もし――己の名の主張を一切しなければ、


一時的に戦から……それどころか世の中からも


姿()()()()()()()()()()のですよ?」







 反応は2つに分かれた。





若いため、いまだピンと来ない三郎五朗様。


そして、










絶句・愕然とする殿と平手様である。













「そう…………太原雪斎もまた、長年


"僧"としてでなく"武士"として生きてきました。



故にこう、考えてしまうのです。


『事を成す者が己の名を名乗らぬわけがない』。


この戦において、彼はあくまで


『殿と平手様、三郎五朗様』を敵としております。


………………実際に策を練り、そして実行した


私の存在を認識出来ていなかったのです。




だから私が好き勝手出来ました。」











  そ し て 、 雪 斎 は



そ れ ゆ え に 判 断 を 誤 っ た 。














 しばらく、痛いまでの沈黙に包まれた。





「あえて言うなら抜殻(ぬけがら)の計ですかね?」










 


 一説において太原雪斎の敗因は


『信秀・政秀・信広』しか敵として

想定出来なかったことである、と説明している。



その裏に『四人目の策士』がいたことを

把握出来なかったのだ、と。


歴史資料において『村井妙見丸』が確かにこの戦に同行していたことが確認されている。


信秀ら3人"だけ"を敵として見たために

『荷車の火計』を見破ったことで

思考が終わってしまった。


 そのために、隠されていた

『戦場を、軍勢そのものをを焼き尽くす大火計』

の存在をを見過ごしてしまったのである。

マメ知識?



『煉獄の計』



そもそも、日本で火計自体が余り使用されない。


『野山の資源がもったいない』とか


『下手に火をつけると収拾つかなくなる』


ためである。


城に対してすら『城がもったいない』と城自体を


潰すとき以外用いようとしなかったりする。



そのため、兵糧を燃やすことは簡単に思いついても


『山を燃やす』というブッ飛んだ考えには


思い至らない(傾向がある)。




『抜殻の計』



武士は戦場で目立ってナンボの存在。さもなければ


恩賞をフツーに『無かったことにされる』から。


長年そういう観念の中にいると、


『功績を主張しない人間』の存在をスッポリ


忘れてしまう。


ある意味戦国時代のバグ技。


これを利用すると『スネーク』になれます。


(むしろ忍者がそう。)


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