最悪の出会い
基本的に女性は戦いには参加しない。単純に力で劣るからだ。鐘の周辺に集まっていたのが女、子どもばかりであったのもその為である。
だが、レミアの父はかつて冒険者であり、その彼から狩猟を通じて技術を学び、まさに男勝りの戦闘能力をもつに至った。彼女がこういった危機に駆り出されるのはそういう訳なのだ。
レミアは西の畑に着いたが、特に戦いの形跡はなかった。だが、若い男達は困った顔をしながら話し合い、その視線を向ける先、収穫目前の黄金色の小麦畑の先に黒い影がもぞもぞと蠢いているのが見える。
よく見れば、畑の柵が壊され、チラホラと食い荒らされている畑が散見される。
レミアは“偶然にも”近くにいたアンドルの頭をバシッと叩く。
「イテッ!」
「アンドル、簡潔に状況を伝えなさい」
「……いきなり叩くことないだろ!」
「いきなり叩かれるようなことをしたのよ、アンタは。身に覚えはないの?」
「はぁ? 俺は村の青年団の一員として、すぐに魔物の対応に行っただけだぞ」
アンドルは抗議の視線を向けるが、レミアは呆れ果てた顔で彼に諭すように言う。
「それが親失格な行動だってわからないの? 母親が死んで、一番辛いのは誰だと思っているの? 村を守るヒーローぶってないで、少しは残された家族に目を向けなさい」
「……村がヤバイって時に、そんな私情持ち込んでる場合かよ」
いつまでも過ちを認めないアンドルにレミアは沸々と怒りが込み上がってくる。
「あんた一人いなかったところで、状況は変わらないのよ! 無駄に屁理屈こねてないで、さっさと息子でも慰めに行きなさいよ、この鼻茄子!」
「てっめぇ! 俺が一番気にしてるコンプレックスを……」
「ああ、もういいから。スティル、説明して」
レミアは言いたいことは言ったという風で、先ほどまでアンドルと話していたスティルに説明を求めた。
アンドルも納得はしていないようだが、このままミニファンゴを放置しておくのもよくないので、なんとか出かかった言葉を飲み込んだようだった。そのしかめっ面からはとてつもない負のオーラを感じるが。
だが、スティルはそんなこと意にもかえさないといった様子で淡々と語った。
「昼過ぎに一匹ミニファンゴが森から走ってくるのを確認。取り敢えず近くにいた人たちで戦ったんだけど、後続に三匹来た為撤退。青年団が着いた頃には、ミニファンゴが十匹まで増えた為、今は様子見ってところかな」
「くそっ。このままじゃ収穫に大打撃だ。早くなんとかしないと」
青年団は10人。レミアを入れても11人。武器はレミアを除けば全員剣。
ミニファンゴは基本2人で囲み倒すという戦法が取られる。1人では回避だけで精一杯になってしまうためだ。なので、安易に動けば全滅しかねない。
「私が弓で五匹まで数を減らすわ。あとはあんた達で出来るわよね?」
レミアは少し不安そうに聞いた。
「当たり前だ。あんまり見くびるんじゃねぇ」
「僕たちの連携なら大丈夫なはず」
2人の歯切れの良い返事にレミアは口角を吊り上げる。
「じゃあ、この作戦で決まりね。このことをみんなにも伝えないと」
レミアたちは青年団一通り皆に伝え終わると、すぐさま決行に動いた。既に作物の3割ほどを食い荒らされ、青年団の士気(怒り)も高い。
レミアたちはミニファンゴの100m離れた場所にしゃがみ、待機している。丁度伸びきった小麦の背丈もあり、気づかれることはないが、ミニファンゴは警戒心が高くこれ以上近づくことはできない。
そして、レミアは弓を引き絞り、狙いを定める。
「『標的決定』」
冒険者がよく使う技の一つ、特技。攻撃の命中率をかなり上げる特技だ。
「『長射程』」
これも有効射程を伸ばし、威力減衰を軽減する特技だ。
「『沈黙の矢』!」
そして、レミアはその詠唱と同時に十分に引き絞った弦を離した。そこから放たれた矢はヒュンッと音を立て、次の瞬間には黒い影へと命中し、断末魔の叫びもなく沈黙した。
「一発で仕留めるのか……。やっぱり弓の腕“だけ”は凄いな」
「『弓の腕もスタイルも性格も最高です、レミア様!』って言わないと次はアンタの尻を標的にするわよ」
沈黙の矢は相手を一撃で仕留めた場合、相手の魂を即座に刈り取る弓による暗殺特技である。ミニファンゴは通常矢一本で死ぬほど耐久力は低くない。
頭に当てない限りは。
即ち、そういうことなのである。
「2人共、戯れなら後でやって。レミア、今はミニファンゴに集中して」
「はいはい。わかってるって」
スティルが2人の言い合いをバッサリと切り、レミアも渋々と2射目を引き絞る。
「『沈黙の矢』」
レミアの手から離れた矢は瞬く間にミニファンゴへと刺さり、また1匹沈黙した。
周りのミニファンゴも仲間が倒れ死んでいるのに目もくれず、ひたすら作物を貪り続けている。
「拍子抜けね。仲間の死で少しは警戒してくると思ったのに」
本当はもっと群れが警戒を始めるはずで、こちらが気づかれるまでに素早く5匹を仕留める計画だったが、どうやら徒労に終わりそうだ。
「こちらとしては有難い状況だ。残りも全て倒してくれよ。弓の腕“だけは”確かなレミア様」
「アンドル、帰ったら尻に針山ね」
「さっきより酷くなってんじゃねえか!?」
「ダメだよ。最高でも人参までじゃないと」
「スティルはまず俺のケツに何かが入ることを止めてくれよ!」
先ほどまでは突然の出来事にピリピリしていたからだろうか。こんな時なのに、皆からふと笑いが溢れてきた。
今でも危険な状況には違いないが、でも大丈夫だとわかり、安心したからか心も軽くなってきた。
「さて、さっさと仕留めて帰ろうぜ」
「そうだね。レミア、よろしく」
「オッケー、『沈黙の矢』」
レミアはもう一度、矢を引き絞り、放つ。命中率も上がり、威力も高いその矢は一直線にその頭へと命中した。
「よしっ、次」
レミアは一つ息をつき、次の矢へと手をかけた瞬間。
『ブブォォオオ!!!!』
1匹のミニファンゴが大きな鳴き声を上げながら、走り始めた。それも、レミアのいる方向へ一直線に。
それに続いて、今まで作物を貪るだけだった他のミニファンゴ達も一斉に突撃を始めた。
「お、おい、レミア! お前気ィ抜いてミスったんじゃねぇのか!? お前いつも肝心な時抜けたことするからよォ!」
ミニファンゴ達の突撃に、慌ててアンドルは立ち上がり、声を荒げる。
「そんなわけないでしょ! 今回はちゃんと当たった。……はずなのに、何故生きて」
段々と近づいてくる先頭のミニファンゴ。そこで3人はやっと気がついた。確かに矢はミニファンゴの頭を捉えていた。
だが、そのミニファンゴは2つ頭を持っていた。
「二頭猪!?」
魔物は稀に群れの長に該当する強力な個体、多くの頭を持つのが特徴の『多頭種』が存在する。
その個体は通常種の数倍以上の強さを持ち、耐久力も並外れた危険種に該当するものが多い。
ある程度、戦いを経験してきたレミアも初めての危険種の出現に頭が追いつかず、固まってしまっている。
「クソッ! このままじゃマズイぞ!」
「……レミア! 矢で射っていないもう一つの頭を射抜くんだ! 流石の二頭猪でもこれなら倒せるはずだ!」
混乱の中、いち早く立ち直ったのはスティルだった。スティルは残った可能性の一つを思いつき、レミアに提案する。
レミアも現実味のある彼の発言で冷静を取り戻し、すぐさま矢を引き絞る。
二頭猪もすぐ目の前、迷っている時間はなかった。
「『多段矢』!」
数ある特技の中、彼女は多段矢を放った。多段矢は一本の矢が散弾の様に分裂し、対象に傷を負わせる特技である。
先ほどからの突進でかなり距離を詰めてきた二頭猪に対して、こちらは頭に一本でも当てれば勝ち。
レミアの撃った多段矢は正面から向かってくる二頭猪に対して、確かに真っ直ぐに捉え、ヒットした。
「よしっ!」
「やったか!?」
そう確信したのも束の間。
『ブロロロロォ!!』
二頭猪の叫びが村中に木霊する。勝利を期待していた3人の顔は一気に青ざめていく。
「な、何故?」
見れば、二頭猪はレミアの矢を浴び死んだ方の頭を盾にして突っ込んで来ていた。全てその頭にレミアの攻撃は防がれていたのだ。
「レミア! 危ない!」
スティルの叫びも虚しく、レミアはただ目の前の光景に呆然としていた。
猪突猛進の二頭猪。
迫り来る死。
死ってなんだろう。現実を逃避したい心。
でも身体は正直で、恐怖で全く動けない。
段々、世界がスローモーションに見えてきた。きっとそれは自分の死の前兆で……
「レミアァ!!」
間に合わない。それでも、アンドルはギリギリのところで身体を滑り込ませようとしたその時、
「『簡易拘束』!」
聞きなれない声がした後、レミア達の後ろから一筋の光が通り、その瞬く間に二頭猪は光の籠の中に捕らえられていた。
『グボォォオオ!!』
だが、その籠も二頭猪が暴れ回り始めると共に、ピキピキと音を立てて破られようとしていた。
「ふんっ。流石は危険種といったところか。だが、村にここまで被害を出した君を許すわけにはいかないなぁ、子ブタちゃん」
妙にキザったらしく、作り込んだように聞こえたが、自信と勝気が篭ったその声に今は自然と安心を与えてくれる気がした。
『ブロロロロッ!』
光の籠の中を暴れ狂い、今にも籠が壊れそうな時、終わりの声がやってきた。、
「悔いるといい、二頭猪。『極隕石』!」
途端、天から赤い光が二頭猪に降ったかと思えば、一瞬にして二頭猪だけを黒焦げにしてしまった。
そして、黒焦げになった二頭猪のなれ果ては力なく地面に崩れ落ちた。
「……助かった……のか」
「いや待て、他のミニファンゴは!?」
ハッと我に返った3人は辺りを見渡すが、既にミニファンゴの姿はなかった。
ただそこには、刀を持った赤髪の女性と魔法杖を持った水髪の女性、あと補助杖を持った黄色の髪の女の子が3人立っているだけだった。
「怪我はないかい? お嬢さん」
ふと後ろには、先ほどの魔法を撃ったと思われる魔導師の男が立っていて、手を差し伸べられている。
「あ、ありがとう……」
さっきの恐怖で足がすくんで座り込んでいたことに気づき、少し恥ずかしくなりながらもその好意に甘えて、手を取り、引き起こしてもらった。
視線は気まずかったので、合わせないようにしていたが。
「それにしても良かった。あと少しでこんな愛らしいお嬢さんが失われていたかと思うとゾッとするよ。これが失われれば世界の損失、だからね!」
なんだか、語尾に☆が付いてそうな話し方。イラッときた。よく見ると、髪はウェーブがかかった金髪で服は全体を白で纏めたローブを着ている。
なんだろう。見た目だけで言えば、父から聞いた“白馬の王子さま”といった風だと言えばわかるだろうか。
だが、立ち振る舞いからキザで、話し方も作ったようなウザさが加われば、ただただムカつくだけの野郎に過ぎないと思えてきた。
……最初、少しだけカッコいいと思ってしまった自分を返して欲しい。
「……エレスティー、わたしのことは気にかけてくれないのですか?」
そこへやってきたのは先ほど見た青髪の女性、この男、エレスティー(?)に甘えるように側に寄ってきた。それに続いて赤髪、黄色の髪の少女とやってくる。
「いや、そんなことないよ、セナ。君に傷があった日にはこの先一年は寝られなくなってしまう。大丈夫? 怪我はなかったかい?」
「あらあら、エレスティーったら。大袈裟ですよ、フフ」
「エレスティー、ワタシも頑張ったのだが?」
「エレスティー様、ペナも、ペナも頑張りましたよぉ」
「うんうん。2人の活躍も見ていたよ。おかげで怪我人も出さずに済んだよ。ありがとう」
エレスティーは3人を交互に撫で上げ、その場からなんだかふわふわとした雰囲気が溢れていて、見てて胃もたれしそうである。
それに、エレスティーという男がずっとニコニコと女の子を代わり番こにと愛でているのが、なんとも苛立たしい。
まるで、昔の誰かを見ているようで……。
「あぁ、そういえば、お嬢さん。貴女にお話したいことがあるんです」
「……は、はぁ?」
なんだか、急に真面目な顔になったかと思うと、急にその場でターンを一回転して、一言。
「僕は貴女に一目惚れしました。どうか我々のファミリーに加わって欲しい!!」
フッと右手を前に差し出し、左手を胸に添えて、決めポーズ。
それが余りにも、キザで、不誠実で、タラシで、色ボケで、うざくて。
いや、それ以上に嘗て見たあの男に似ていて。
だから、私は彼の手を取って。
そのまま、無防備な顔に掌底をお見舞いしていた。