ことの始まり
レミアはここ、ニュート村出身の村娘である。
昼食を終え、他の村人たちと同じく自分の家の畑の作業へと向かっていた。最近は春も深まり、小麦の収穫も近くなってきたので、魔草の出現に気を張り詰めなければならない。
魔草には隣の作物から栄養を吸い取り、枯らすという迷惑極まりない特性があるので、すぐに抜き、燃やさなければならないからである。
だから、いくら昼食後の眠気がひどいからとはいえ、寝てしまうわけにはいかない。
瞼は落ちきっているが、寝ているわけではないと信じたい……。
だが、そんなレミアに目が覚めるような事件が起こった。
カーン、カーン、カーン……。
警鐘。村の危機を知らせる為の鐘の音である。
***
警鐘は滅多に鳴ることはない。警鐘が鳴るとき、それは人命が関わる程の危険がある時なのだ。
レミアが鐘の元へと着く頃にはほぼ村人達はそこへ集まっていた。
「おお、レミア! 遅いではないか!」
レミアに声をかけるのは、黒い髭をこれでもかと蓄えた老人、このニュート村村長ゲルマンである。もうすぐ還暦を迎えるのに、弱々しさが一切ないのはさすがは村の長ともいうべきか。
「ごめん、村長。ちょっと、うとうとしてて……」
「全く、お主という奴は。いつも肝心な時に間が抜けとる。大体この前も……」
「村長、お説教なら後で聞くから」
長くなりそうな話をレミアは手で制す。
「……それで、状況は?」
周りでは婦人、子どもが不安そうにして、村の若い男衆がいないところを見ると、何となくは見当がつく。
「ふむ。どうやら北の森からミニファンゴが降りてきたみたいでな。若いもんには西の畑へ討伐に行ってもらった」
ニュート村は北に森、南に川、東西に耕作地をもつ村だ。レミアの畑は東にあり、道中危険がなかったのも、ミニファンゴ達が北西から来たからだと思われる。
因みにミニファンゴは猪と同じ見た目をした魔物である。
「ほれ、主の弓と矢筒は用意しとる。頼んだぞ。早く増援に向かってやってくれ」
「わかったわ」
レミアはそれらを受け取り、西の畑へ駆け出そうとするが、何かの力で身体がフッと戻される。
振り返ってみると、茶髪の小さな男の子、アンドルの息子のベンがレミアの服の端を掴んでいた。
「……西の畑、いっぱいミニファンゴがいたって……。とうちゃん、だいじょうぶだよね? かえって、くるよね?」
いつもは活発で明るいベンが今は眉をひそめ、心配で今にも泣きそうである。
ミニファンゴはあまり群れを作らない性格で一匹だけなら大した脅威にはならない。
しかし、稀に群れをなして村を襲うことがあり、その度に少なくない死傷者を出す程の戦いが起こってしまう。
この村も一年前にそれを経験しており、その恐怖が今、ベンを苦しめているのだろう。
恐らく今回も死者が出る。それがベンの父、アンドルになる可能性も少なくないだろう。
しかし、レミアは言う。
「アンドルは必ず帰るよ。なんたって、私が付いているんだもの」
「……ほんとう、レミアお姉ちゃん?」
「本当よ。お姉さんに任せなさい! だから、ベン。それまでにその顔、どうにかしときなさいよ! 男の泣きっ面なんて、オークの顔より酷いんだから」
レミアの言葉に元気をもらえたのか、ベンは服の端を放し、目尻についていた雫をゴシゴシと服の袖で拭うと、レミアに向かってニカッと笑った。
「うんっ! お姉ちゃんもちゃんと帰ってきてね!」
レミアはベンを見て頷くと、急いで西の畑へと向かった。
(無茶な約束しちゃったかもね……)
しかし、それでもレミアは彼を不安な顔のままにはして置けなかった。
置いてけぼりにされる感覚は、嫌だった。
(いざとなったら、化かしてでもベンの元へ連れて行ってやるんだから、あのバカ)
今日もう一話更新します