夏目さんこっちですよー
テニスアカデミーは、ニューヨークの郊外にあるのでした。
僕と刻露さんは、車で移動していました。
「あの、刻露さんは、どうして僕を迎えにきてくれたのですか。」
僕は日本で会っていた彼と、ここで会っていることに対して違和感を持っているのでした。
覚悟を決めて旅立った後に、刻露さんと会ったのです・・・。
正直に言って、自分としては拍子抜けしていました。
「私は所属している会社で、米国での営業を多くしています。
そしてこれから、ご案内するアカデミーも私の仕事と密接に関係しているのです。」
僕の疑問からしていれば、及第点の解答だと思いました。
自分は刻露さんには、お世話になっているのは間違いないし、これからもおそらく頼りにしていかなければならないでしょう。
(・・・・・・。)
そうこうしているうちに、どうやら目的地にたどり着いたようでした。
大都市ニューヨークとはいえ、ここは郊外・・・・、一転してスッキリとした印象の場所でした。
僕は、本当に良い意味で落ち着きました。
「さあ、こんどこそアカデミーにたどり着きましたよ。」
刻露さんは、僕に降車を促してきました。
そう・・、自分は緊張してもう少しこのままクルマに乗っていたい気分なのでした。
でも、僕は自分自身で背中を押して、アカデミーの門を叩くために自動車を降りました。
「手続きは、どうぞお任せ下さい。
夏目さんは、今日からアカデミーで練習に参加していただきますよ。」
刻露さんは、僕と並んで歩きながらこれからの説明を始めてきました。
「とりあえず、アカデミーの担当のコーチにご挨拶に行きましょう。」
「は、はい分かりました。」
僕はまったく彼の言う通りにするしか、選択肢がありませんでした。
スタスタと歩いていく刻露さんに、自分は周り少々見回しながらついて行きました。
フェンス越しのテニスコートはたくさんありました。
テニスアカデミーとはいえ、日本の小綺麗なテニスコートとはちょっと違った感じがします。
なんだかどうも、若干無骨な雰囲気が見受けられます。
そしていくつかのコートでは、プレイしている人たちがいます。
「ここは、プロ選手も練習したり、試合前の調整に利用されたりしますよ。」
刻露さんが、僕が辺りを見回しているのを察してか、注釈的な事を言ってきました。
そして、その建物にたどり着くこととなりました。
クラブハウスに入ると、サングラスをした白人の男性が立っていました。
それはまるで、テレビのドラマや映画で見る米軍の上官の様な感じの人でした。
「夏目さん、こちらがコーチのサンダー・ライトさんです。」
刻露さんが、僕にこの人を紹介してきました。
「日本から参りました、夏目巳波と申します。」
僕は、ガチガチに緊張しながら、このコーチに対して会釈をしながら名乗りました。
「わかった。
さっそく、準備をしてから練習に入るぞ。」
コーチは、名乗っただけの僕に対して、早速に指示を出してきました。
「は、はい、わかりました。」
その有無を言わせぬプレッシャーを込めたようなコーチの物言いに、僕はいそいて従おうとしました。
そして、大急ぎで準備をするために駆けだしたのでした。
そうです、この人の命令には絶対逆らえないと本能的に体が反応してしまっていたのです。
「あっ・・・・、夏目さん・・・・・」
離れていく刻露さんの声がかすれていきました。
(はあっ・・・・・・はあっ・・・・・・)
荷物を持って、全力で僕は駆けていきます。
その荷物は、なかなか重いのですがそれでも頑張って走っています。
しかし・・・・・
(ふう・・・ふう・・・・・・)
それでも荷物は重かったのでした。
自分の脚は、たちまち重くなりその移動スピードはたちまち落ちていったのです。
それに僕は、なにか大事なことを忘れている気がするのですが・・・・。
それは・・・・・・・・
「な、夏目さんーーーーー。」
スピードダウンした僕を、後ろから刻露さんが追いついてきました。
「夏目さんこっちですよー。」
刻露さんは、どうやら誘導しようと指をさしているようでした。
(そ、そうかーーーーー!!)
僕は更衣室の場所も知らないのに、走りながら彷徨っていたのでした・・・・。




