サヨナラ紅葉さん・・・・
今日はアメリカに旅立つ前日です。
レッドリーフ・テニススクールを退職する僕は、最後の挨拶にいきました。
四ヶ月ちょっとという短い間でしたが、とても密度の濃い時間を過ごしました。
「夏目コーチ、元気でね!」
「ガンバてっな。」
すれ違う生徒さん達に、僕は励ましの言葉を頂きました。
未熟な指導しかできなかった自分に対して、余りある程の気持ちを頂きました。
そしてスクールのスタッフの方々に、退職の挨拶をして廻りました。
「おう、夏目。
体調には、くれぐれも気をつけるんだぞ。
カラダが資本だぞ!」
日向コーチから、いつも通りの力強い言葉を頂きました。
「向こうで困ったことがあったら、いつでもこちらに相談してもいいからね。」
自分はもう退職するというのに、支配人からは思っても見ないお心遣いを頂きました。
「皆さん、有り難うございました。」
僕は何も出来ないけれど、みんなの励ましに応えることが大切だと思いました。
僕はレッドリーフ・テニススクールを後にしました。
そして僕は、紅葉さんのお見舞いに病院にいきました。
とうとう僕が紅葉さんと会うのは、今日で最後なのでした。
でもいざその日が来ても、自分にはあんまり実感が湧かないのでした。
「こんにちは。紅葉さん。」
僕はあくまでいつも通りに、病室のドアをあけました。
「いらっしゃい!!巳波君!!」
なぜか紅葉さんはとても上機嫌な様子で、僕を迎えてくれました。
「明日もう出発だよね。
本当は忙しいのに、今日もアタシのお見舞いに来てくれたんだね!」
紅葉さんはなんの飾り気もなく、僕が来たことを喜んでいるように見えました。
「うん、紅葉さん。
明日にはもう出発なのに、今ひとつ現実感が湧かないというか・・・・・。」
そして僕は紅葉さんに対しては、率直な気持ちを伝えることが出来るのです。
(ごそごそ・・・・)
なにやら、紅葉さんは何かをまさぐっていました。
「ふーん、ふーん・・・・。
巳波くん、コレあげる!」
彼女は、なにか小さなモノを右手のひらに乗っけていました。
小さくて紅い・・・、これはカニ?
そしてそのカニにはチェーンがついていました。
(こ、これはキーホルダー!?)
「こ、このキーホルダーはなんでしょうか?
紅葉さん・・・。」
僕は、なぜキーホルダーなのかいまいち理解できませんでした。
「これは、アタシのゲン担ぎのキーホルダーだよ!
巳波くんにツキが廻るようにしてあげる・・・!」
どうやら、コレは紅葉さんが普段から大事にしているお守りの様でした。
しかし、彼女はどうしてこんな大切なモノを僕に・・・・・・・・。
「紅葉さん・・・・、ちょっとコレは・・・。」
僕は紅葉さんの心遣いを、断ろうかと思いました。
「明日は見送りには、行けないけど・・・・・。」
紅葉さんは、僕の言葉を遮るように言いました。
「たまには、このカニさんを見て欲しいな!」
そう言いながら、僕にカニさんのキーホルダーをグイッと手渡してきました。
僕は・・・・・、紅葉さんの気持ちを察してキーホルダーを受け取りました。
・・・・・・・明日に渡米する僕は、紅葉さんの事が心配で仕方がなかった。
そのとき・・・・・!!
「やっぱり寂しいよ・・・・。」
紅葉さんは僕の右腕にしがみついて、顔を伏せて振るえていた。
(紅葉さん・・・・。)
彼女はやっぱり・・・・、自分はこの女性を置いていくことはできない・・・・・!
「も、紅葉さん・・・。」
いたたまれなくなった僕は、紅葉さんの顔をそっとのぞき込みました。
============== ガバッ!! =================
「うわっ!!」
「なんちゃって!!」
紅葉さんは満面の笑顔だった。
「巳波君が、夢を叶えようとしているのに、嬉しいにきまっているじゃないの!」
そうして彼女は、僕の両肩をポンっと軽く叩いた。
どうやらいつもの紅葉さんお得意のおどけ方を、披露されたのでした。
「でも・・・・。」
一転して紅葉さんは、フウっとため息をついた。
「もう、こんな事も言えるのは、今日で最後なんだね・・・・。」
紅葉さんは、本当に寂しそうに笑った。
「アタシは絶対大丈夫だから、巳波くんも頑張ってプロになって!」
彼女はそれでも、僕に励ましの言葉をかけてくれました。
「はい!」
紅葉さんはクイっと小指を立てながら、僕に右手を差し出してきました。
「紅葉さん・・・。」
僕は彼女の考えていることを察しました。
「ゆーびーきーりーげーんまん・・・・・・・」
僕と紅葉さんは、指切りげんまんをしました。
何を約束したのかは、今は読者の方々には明かせません・・・。
それから僕と紅葉さんは、最後のお話を存分にしました・・・・。
ついに、僕が紅葉さんと別れを告げて去る時が来ました。
すると彼女は、ベットから身を乗り出して来ました。
(ええ・・・・!)
僕は急のことに対して、どうして良いのか分からずに目をつむってしました。
(んん・・・・?)
僕は薄目を開けていました。
自分の顔の至近距離には、紅葉さんがいました。
彼女は両手で、僕の頬に優しく触れてきました。
「もし、アタシに弟がいたとしたら、きっと巳波くんみたいな子だったとおもうの。」
この言葉が、紅葉さんは僕をいままで構ってくれた答えなのでしょうか・・・・・。
「紅葉さん・・・。」
ここまで来たら、自分は多くは語る必要はないと察しました・・・・・。
本当に僕は紅葉さんに、礼をして病室を去ることにしました。
「巳波くん・・・・。」
紅葉さんは、別れを決心した僕を呼び止めました。
「やっぱり明日は、空港に見送りに行こうかなあ!!」
(えええーーーーー!!!!!!!!!!!!)
紅葉さんは、突然にとんでもないことを言い出しました。
「え、えええー!!!
紅葉さん!今は無理をしたらダメですよー!!」
流石に今の紅葉さんに無理をさせる訳にはいかず、僕は必死に止めようとしました。
「タッハハハ!!
冗談よ!冗談・・・・・。」
紅葉さんはニコニコしながら両手を振って、本気の発言ではないことをアピールしていました。
「ふう・・・・。」
紅葉さんの”おふざけ”には、慣れているもののホッとした僕は、肩を撫で下ろしました。
「行ってきます!紅葉さん!」
気を取り直した僕は、紅葉さんに最後の挨拶をしました。
「行ってらっしゃい、巳波くん・・・・。」
僕を見送る紅葉さんの笑顔は、とても寂しそうでした。
でもしかし、僕は思い切って紅葉さんの元を旅立ちました。
僕は、紅葉さんの病室の扉を閉じました。
「サヨナラ紅葉さん・・・・。」
病院の門を通る瞬間、僕はとてつもない寒気に襲われました。
本当に、紅葉さんは大丈夫なのでしょうか。
僕は大きな疑問を残したまま、彼女のいる病院を去っていきました。




