バベルの使者、刻露清秀(こくろせいしゅう)
何のかんので、これからイベントは開催されます。
実はこのイベントは、各テニス用品メーカーの商品の展示・体験会の位置づけも兼ねております。
各メーカーとも、それぞれ営業担当の方々を派遣してきて、実に力が入っています。
このテニス用品のメーカーとの関係は、僕らテニスで身を立てる人間には非常に重要なものなのです。
プロテニス選手は、ほとんどの人がメーカーと契約しており、そのメーカーの製品を使用することになっています。
実は、コーチ業を営む人もメーカーと契約をしている方がいます。(そうゆう意味では、レッスン・プロ(※注釈)の人もツアー・プロ(※注釈)と変わりません。)
日向コーチも、メーカー契約しております。
でも、僕はメーカーとは契約しておりません。
というか、メーカーから契約の話が来るほどの、人物になっていないと言うことです。
それでも、もし僕がツアープロになれば必ずどこかのメーカーとは契約することになるでしょう。
※注釈・・・・ツアー プロ (Tour pro)
ツアー (賞金対象) トーナメントに出場する資格のあるプロのこと。他にテニスを教えて生計を立てるレッスン・プロと呼ばれるプロもいる。
ちなみに、こんな僕でもお気に入りのメーカーはあるんです。
それはバベル(Babel)という、フランスに本社を置くテニス用品のメーカーであります。
特に僕が使用するバベルのテニスラケットは、とてもしっくり来ます。
言い換えれば、大変肌にあうといった感じです。
そのフレームの形といい、柔らかな質感といい、水色の縞模様のデザインといい・・・・・。
もしも、このラケットが女の子だったら、間違いなく結婚を申し込んでいることでしょう・・・・。
(はっ、いけない・・・。よだれが出ていた・・・・・!)
「なにをニヤニヤしているのよ、巳波君。」
(ハッ・・・・・!!!紅葉さん・・・・!)
紅葉さんが、唐突に声をかけてきました。
「あのね、是非巳波くんに紹介したい人がいるの。」
(え、一体どんな人なんだろう・・・・・?)
そう思ったら、紅葉さんの隣に男性が立っていました。
「はじめまして、バベルの営業担当の刻露と申します。
以後、お見知りおきを・・・・。」
そういってニコっとしながら、その男性は僕に名刺を差し出しました。
「あ、どうも・・・・。」
僕は、男性から名刺を受け取りました。
「すいません、僕は名刺を持ち合わせておりませんでして・・・・。」
「いえいえ、有り難うございます。」
この男性は、意外と腰が低そうです。
(しかし、バベルの営業担当の人をなんで、紅葉さんは紹介したのかなあ・・・・。)
「この人は、刻露清秀さん。
巳波くんも使っているラケットの、バベルのメーカーの人だよ。
見ての通り、凄いイケメンでしょ!?」
紅葉さんが、割っては入ってきました。
「はは・・・・・・。
冗談はよしてくださいよ・・・。
秋原さん・・・・。」
刻露さんは、ちょっと困ったような様子でした。
確かに紅葉さんの言うと通り、刻露清秀さんはハッキリいってイケメンです。
本当にどこのモデルがやってきたのかという、スタイルです。
身長も185cmくらいあるでしょうか・・・・。
大きな紅葉さんでも、十分釣り合うくらいの長身です。
「えーとね・・・・・
この子は、夏目巳波くん。
将来はツアープロになる予定だから、今のうちから清秀さんも売り込んで欲しいな。」
紅葉さんは、いきなり一方的に僕のことを、刻露さんに売り込みだしました。
「そ、そんな、紅葉さん。
僕が、ツアープロになるなんて・・・・。
そんな保証はどこにも・・・・・。」
僕は、しどろもどろでした・・・・・。
「アタシが保証する!!」
紅葉さんは、親指を立てて根拠のない断言をしました。
その横で刻露さんは、呆れたような笑顔を見せていました・・・・。
刻露さんは、僕が手にしているラケットに目をやっていました。
「夏目さんは、弊社のテニスラケットをご愛用されておられるようですね。」
刻露さんは気を取り直したように、僕に問いかけをしてきました。
「は、はい。
このラケットはとても気に入っております!!」
僕はまるで自分自身が褒められたように、喜んで答えました。
刻露さんは、軽く目をつむり持ち込んできた荷物の中を、ゴソゴソと手を動かしました。
そして、ケースに入った物を取り出しました。
(な、なんだろう・・・・。)
「夏目さん。」
「は、はい・・・。」
「是非、これを試していただけませんでしょうか。
弊社の新作テニスラケットです。」
そういって、刻露さんは僕にテニスラケットを手渡してきました。
しかも、2本もです。
「ええ?」
急なことで、僕はどのように返答して良いのか分かりませんでした。
「巳波君。
清秀さんは、巳波君にこのラケットをあげるから、頑張ってって言っているのよ。」
紅葉さんは、僕にわかりやすいように解説してきました。
「ま、まあ、そうゆう事ですよ・・・・。
これからも、応援してますよ。」
刻露さんは、紅葉さんに圧倒されながらも、営業してきました。
実は、この刻露清秀さんは、後々に僕のテニスに深く関わってくる運命の人なのでした。
「それは、そうと・・・・・・。」
刻露さんは、キリッと顔を引き締めて紅葉さんの方に向きました。
「ん?
なあに?清秀さん・・・・。」
紅葉さんは、相変わらずリラックスした態度でした。
「秋原さん、弊社に鞍替えしていただくお話はどうなんでしょうか?」
刻露さんは、急にビジネスライクな雰囲気に変化しました。
(そうか、紅葉さんはプリンセス(princess)(本社アメリカ)の契約プロなんだ。)
「うーん、でもこれ気に入っているから難しいなあ・・・・・。」
紅葉さんは、自分の持っているテニスラケットを撫でながら言いました。
「はあ・・・・・。」
刻露さんは、この返事を予想していたらしく落ち着いていました。
「まあ、これはこれ。
清秀さんは、清秀さんって事で・・・・。」
意味不明な台詞を出し、紅葉さんは右手の人差し指を口にやり、ウインクしました。
「・・・・・・・・・・・・。」
刻露さんは、表情を変えずに絶句していました。
それでも、モデル体型のイケメンであるという事実は、揺るぎませんでした
僕は、最新のバベルのテニスラケット(二本組)を手に入れられて、心の中でご満悦でした。




