それは貴方自身が一番、理解しているんじゃないかな。
何故2人がこの場に・・・。というか、この僕自身も今ここにいる意味は全く分かっていないのです。
「刻露さん・・・。」
全く状況の飲み込めない僕は、刻露清秀の方を見やりました。勿論、彼は僕が戸惑っているのは百も承知の様子なのでした。
「夏目様。」
「はい。」
「そんなに堅苦しくしなくても大丈夫ですよ。これはあくまでも慰労の場なのですから。」
「慰労の場・・・。」
そう呟いた僕は、男女2人の選手の顔に目がいきました。
「なるほど。」
それなら分かる気もするのですが、いささか疑問が残るのです。
実際、誰が僕たちを集めたのか・・・・。
そうなんです。このパーティーは何処の主催なのでしょうか。
「まだ始まるまで時間がありますからね。」
よく見ると折り畳み式の長い机とパイプ椅子が並んでいました。そこにはスーツスカート着用の受付らしき女性が座っていました。いかにも清楚なスーツ姿でした。
「あっ!」
さて僕は何に驚いたのでしょうか。それは勿論、長い机でもパイプ椅子でもありません。そこに座っている女性に対してです。
「お疲れ様。」
彼女はニコッと微笑んでいました。
「な、何で貴女が?」
気がつくと自分は彼女の前に立っていました。
「見ての通り受付ですよ。夏目さん。」
やはり彼女は受付嬢なのでした。でも僕の味方であると認識していた彼女が、当たり前のようにここにいる事が自分には納得いきません。だって僕は、あの刻露清秀に連れられてこの店に来たのです。彼は僕の運命を直接操っている張本人・・・。やはり彼女も刻露清秀と同じ穴の狢、だったのでしょうか・・・。
「なんで?」
極めてシンプルな問いを、彼女に対して発しました。これで十分に何を言わんとしているか察してもらえると、自分としては思ったからなのです。ところが、それは一筋縄ではいきませんでした。
「業務の一環ですよ。」
彼女は真顔で言いました。何と言う突き放した態度なのでしょうか。それは煙に巻くどころの話ではないのでした。それに対して僕は、自分自身でも想像がつかない言葉を発してしまったのです。
「では今まで僕に対してしてくれた事も、業務の一環なのですか?」
その瞬間、自分はハッとしたのです。何故なら触れてはいけない部分に手を伸ばした、という自覚があったからなのでした。つまりそれは、お互いに言わない方が平和である、と言う意味です。しかし僕はそれに触れてしまった・・・。
覆水盆に返らず、後悔先に立たず・・・。そのとき僕の頭には、自分の知りうる限りの格言が飛び交っていたのでした。そしてそれは我ながら的を得ていて、正しかったのです。
「そうです。業務の一環ですね。」
その義務的な微笑と復唱的な台詞は、僕に絶望的確信を与えるには十分なものなのでした。
その時、僕は思いました。
(なんて冷酷な女なのだ。シオン サンカンという人は・・・。)
いたたまれなくなった僕は、会場を出たのでした。
===== バタン =====
「はあっ。」
その狭い空間に、僕は立っていました。座る場所はあるのですが、とてもそんな気分になれません。そもそも直接的に用があり、ここにいる訳ではないのですから。
(シオンさん・・・。)
彼女は自分の味方だと思っていました。刻露清秀からアカデミーの退校を勧告されて行き詰まっていた僕に対して、シオンさんは危険を犯してまで救ってくれたのです。この僕にテニスを続ける環境を与えてくれたのです。彼女は救いの女神とも言える存在だったのでした。
しかしそれも自分の希望的観測、則ち思い込みである事が判明してしまったのです。
(やはり自分は掌で踊らされていたのか・・・。)
薄々、気が付いていたことが確信に変わってきました。間違いなく、この自分は操り人形・・・。
===== 前に進むのよ =====
「はっ・・・!」
これは懐かしいというべきなのでしょうか、あの声が聞こえてきました。
「・・・誰・・・?」
余りに久しいからなのか、名前が出てきません。
===== 貴方が私を呼び出したのよ =====
「え?」
そんなことを言われても、そんなことをした覚えは自分には全くないのでした。
===== ううん。はっきり覚えているかどうかは、どうでも良いのよ。 =====
「どうでも?」
===== そうよ。たとえ貴方が誰かの掌で踊らされているとしても、そんなことは全く問題のないことなのよ。 =====
やはり彼女は僕の心の内を完全に見透かしている様なのでした。
「どうして?」
===== それはね。そうだとしても貴方の人生は間違いなく前に向かって進んでるからなのよ。
前に向かって、、、、。それは貴方自身が一番、理解しているんじゃないかな。=====
その彼女の言葉を聞いた瞬間、何かが自分の身体から剥がれる音がしたのでした。それは自分の心の垢と言うべきもの、だと思えるのです。かつては自分の身体であったもの。しかしもう新しい身体が生み出され、外に押し出す運命にあるのです。そうか。そうなんです。今さら僕は、立ち止まって悩む意味も必要もないのです。そもそもそんなことで悩むのに時間をかけること自体、とても勿体無いことなのです。
僕は今を目一杯足掻き、生きるしかない。
そして1人、呟いたのです。
「有り難う。桜さん。」




